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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム01

 リョウはニコラスのあとをついて行きながら、辺りを見回した。彼が初めてこの艦に乗り込んだのはヴァルラート歴480年6月のことだ。あれから三年以上もの月日がたつ。新造されたばかりの最新鋭艦だったこの艦もあちこちに傷や汚れがついている。それだけこの艦が人々の生活の場として馴染んできたという証でもあり、生死の境を生き抜いてきた証なのだ。


「懐かしいか?」

 ニコラスは振り返った。

「どうかな。俺はほんの数時間しかいなかったんだぞ。通路とブリッジしか知らないんだ」

 ニコラスの瞳が陰る。

 あの日、リョウは仲間たちを脱出させるために艦を離れた。そして今日まで戻ることはなかった。彼はこの艦が発進するのを見届けたあと帝国に捕らえられ、反逆者として強制収容所に送られた。

 一方ニコラスは、リョウがすべてをかけて自分たちを守ってくれたことに応えようと、彼の代わりに艦長席に座り、仲間たちと今日まで生き延びてきたのだ。もちろん当初の仲間がすべてそろっているわけではない。二人が離れている間に多くの命が失われた。


「あの男は一体誰なんだ?」

「確かブリッジの奴が、ウィロードル商戦団が、もてあました清掃員をこっちに押しつけてきたと言っていたぜ」

「じゃあ、あいつがそうなのか? だがなぜ艦長が自分で案内しているんだ? それに向こうの区画は士官の居住区だろう?」

「まさか清掃員に使わせるんじゃないだろうな」

 通路ですれ違った若い兵士たちが驚いたように振り返る。小声でしゃべっていることは丸聞こえだ。ニコラスは彼らをじろりと睨みつける。とたんに疑問と疑惑でこちらを盗み見ていた彼らはそそくさとその場から立ち去った。


「レオニード中尉の一睨みは、まだ衰えていないな」

 彼はリョウの下で戦闘機隊の隊長を務めていた。成績の優秀な者、技能の高い者などは貴族が艦長を務める艦に優先的に回されてしまう軍の中で、リョウたちに配属されたのは、他の部隊の厄介者たちだ。だがそれらを鍛え一人前のパイロットに変えていったのは、ニコラスだった。ひと癖もふた癖もあるパイロットたちを、ニコラスの一瞥が従わせていたのだ。新人の隊員が彼の一睨みで失神したという逸話まであるほどだ。

「彼らはたいしたことはないさ。俺の昔の部下たちに比べればかわいい――あとで正式におまえを引き合わせないとな。いつまでも清掃員扱いされるわけにはいかないだろう。ところで本当にウィロードル商戦団で清掃係をしていたのか?」

 士官の居住区画は、しんと静まり返っていた。共有区画と違って落ち着いているのはやはりここが士官たちの場所だからだろう。

「他に仕事がなかったんだ。彼らは俺にただ飯を食わせる気はなかったしな。『働かざる者食うべからず』と言うのがモットーらしい」

「苦労させたな。すまん、俺たちが助けに行くべきだったんだろうが……」

 リョウは首を振った。

「ヒューロンでの強制労働に比べたらウィロードルでの生活は休暇を楽しんでいるようなものだ。それに俺の救出は無理だ。俺がどこにいるかおまえには調べる術はなかった。帝国の収容所は辺境星域に数え切れないほどあるんだ。しかも俺の情報は抹消されている。国家規模の情報機関が手を尽くしても探し出すのは難しい」

 ふと、リョウはマーシアのことを考えた。彼女なら、彼女のグラントゥールなら、たとえ地の果てにいようとも必要とあれば必ず探し出すだろう。だが彼らは特別だ。


「あの兵士たちは新しく入った者たちなんだろう?」

 リョウは歩きながら、自分の知っている仲間がどれだけ残っているのだろうと考えた。興味深げに自分たちを見る兵士たちを彼は知らない。

「あの三人はアルシオール王国の人間だ。人手が足りないことを知ったアルシオールのアリシアーナ王女が貸してくれたんだ」

「アルシオールか……」

 ヒューロンの白い大地で起きたマーシアの暗殺未遂事件。そしてアルシオールに対するマーシアの感情。

「アリシアーナ王女との関係は良好なのか?」

「ああ、一応はな。王女にはとてもよくしてもらっている。最もその側近とはいろいろあるんだが、とりあえず行動不能になることはない」

「それは良かった。この状況では補給物資をどう手に入れるかが悩みの種になるからな」

 うなずくニコラスの目は真剣だ。

「おまえの知らない顔と言えば、アルシオールの兵士たちだけではない。この艦にはヨハン・シュルツ解放戦線の生き残りもいる。残念だが、おまえの知っている部下たちは数えるほどしか残っていない」


 最後の言葉は重い。それだけ激しい戦いが繰り返されたのだろう。

「だがルークは生き残っているよ。彼のおかげで窮地を救われたことも少なくないんだ」

 リョウの顔に笑みが浮かんだ。

「あいつがねぇ……。イクスファでは艦を敵陣に突っ込ませるところだったが……」

「だがそのおかげで連中は統制を乱したんだろう?」

「ああ。だから俺も反転攻撃に移ることができたんだ」

「今じゃ、立派な航海長だ。ワープポイントに艦を寸分の狂いもなくワープアウトさせる航海士は帝国軍でもそう多くはない」

「それはすごいな」

 リョウは正直に驚いた。

「イクスファでの失敗が奴を成長させたんだと俺は思うよ。上官がおまえで良かったんだ。そうでなければ、あいつは生きてはいなかっただろう」

 そういうとニコラスは足を止めた。


「ここがおまえの部屋だ」

 暗唱コードを打ち込むとドアが開く。

 ベッドと小さな机と椅子が押し込まれるように置かれ、壁にはモニターが取り付けられている。

「クローゼットはこっちだ」

 ニコラスは壁の一画の扉を開いた。ハンガーがいくつかぶら下がっている。士官用の個室と言っても尉官クラスが使う部屋だ。

「すまない。おまえにはもっと広い部屋がふさわしいんだが、今はこのタイプしか空いていないんだ」

 この艦は元々、帝国の艦だからその仕様もほとんど帝国の艦船と変わらない。確かにかつて帝国軍にいたリョウが使っていた部屋は、上級士官の部屋でここよりも広かった。

「かまわないさ」

 リョウはニコラスの肩をたたくと、荷物をベッドの上に置いた。視線が机の上に置かれているものを捕らえた。


「これは……」

 リョウは誘われるように机に近づいて、絵筆を手にした。スケッチブックにデッサン用の鉛筆、絵の具まである。リョウは驚いた顔で振り向く。

「用意したのは俺じゃない。ジュリアだ。あいつはおまえが必ずここに帰って来ると信じていたんだ。だからずっとこれを用意していた。全部おまえが愛用していたメーカーのものだと聞いているが、合っているか?」

 リョウは絵の具を手にして確認すると、うなずいた。

「よく覚えていたものだ」

「あいつは物覚えがいいんだ」

「あとで礼を言わないとな」

「それならすぐに言える。これからおまえを医務室に連れて行かなくちゃならないんだ。ジュリアがおまえの健康チェックをしたいとさ」

 リョウは振り返ってニコラスに向かってにやりと笑った。

「ジュリアは相変わらずのようだな。俺たちを尻に敷くつもりらしい」

 ニコラスはがっくりと肩を落とし情けない顔で

「俺はすでに敷かれているよ」

 リョウは吹き出した。おそらく他のものには決してみせることはないニコラスの姿だ。


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