ヒューロン46
「これが全部俺たちの物資なのか?」
ニコラスは隣のドックに係留されているウィロードル商船団の船から搬出される物資の量に驚いていた。
「いつもはこの半分なのに……」
ジュリアも目を丸くする。
「アリシアーナ姫が配慮してくれたのかしら」
立ち会っていたジェブが笑った。
「そのファイルを確認してみたらどうだい? それがアルシオールから輸送を依頼された分だ」
二人は急いでファイルをめくった。
「いつもと変わらない。じゃあ、それ以外の物資はどういう理由で俺たちにくれるんだ? どんな意図がある?」
「見て、あそこ」
ジュリアが貨物の一つを指さした。ニコラスがファイルから目を離す。
「あれはセレイド触媒の入っているケースでしょう。いつもとランクが違うわ」
ジュリアが示したケースにはSマークが三つもついていた。
「あれはトリプルSの製品よ。いつもアルシオールが送ってくれるのはBランクだったはずよ」
「いったいどういうことなんだ。アルシオールが最高級品の触媒を送ってくるはずはないのに」
「その通りだな。ファイルのリストに載っていない物資は正確にはおまえたちのものじゃない。これらは俺たちの清掃係への餞別の品なんだ」
「ただの清掃係なのに、ずいぶんと豪勢な餞別を送るんだな」
そう言ったとたんだった。荷物を移動していた作業員たちが歓声を上げて、船から出てきた人物を取り囲んだ。彼らは皆十五、六の少年たちだ。
「あれがあんたの言う清掃係なのか? ずいぶんと慕われているな」
「だがあの新入りたちにとっては優れた教官だった」
ジェブも彼の人気を目の当たりにしたのは初めてだった。
彼らに取り囲まれた男は頭一つ彼らより出ているようだが、背中を向けているので顔はよくわからない。体型は細身だが無駄な肉はないようだ。彼は肩にデイバックを担いだまま、少年たち一人一人に声をかけているようだ。
「まったく律儀な奴だな。だがあれじゃいつまでたっても仕事が終わらないじゃないか。第一ここは新兵訓練艦じゃないんだぞ」
ジェブはつぶやくと声を張り上げた。
「貴様ら、いつまで遊んでいるんだ。とっとと仕事に戻れっ!」
その言葉で彼を囲んでいたものたちは、あわてて彼に別れの言葉を告げると持ち場に戻っていく。
「すまん、ジェブ。仕事の邪魔をさせてしまったようだ」
ニコラスとジュリアはその声にハッとした。二人は互いの顔を見た。ジェブに気を取られていたリョウは、不意に足を止めた。彼の向こう側に立っている人物に気づいたのだ。ニコラスたちもまるで信じられないものを見るかのように呆然としている。
互いに見ている者が信じられなくて三人とも動けずにいた。
「改めて紹介しよう。彼がうちの清掃係のリョウ・ハヤセだ」
ジェブの軽口のような言葉が三人の間の均衡を破った。真っ先に動いたのはジュリアだった。彼女はリョウの胸に飛び込むようにして抱きついた。リョウは肩に担いでいたデイバックをそっと下ろすと震えるジュリアの肩を抱いた。
「生きていたんだな……」
ゆっくりと近づいてきたにニコラスが、
「心配かけさせやがって、このバカ野郎」
目を真っ赤にし、悪態をつきながら彼の肩を抱いた。リョウもそれに答えるようにニコラスの肩に手を回した。
「帰ってきた。俺はやっと帰ってきたんだ」
ジェブはその小さなつぶやきをしっかりと聞いていた。
レルヒ星域に展開したグラントゥール軍を指揮しているのは、マーシアだった。一進一退の攻防の中、マーシアは消耗戦を強いられていた。敵は予想以上に戦力を隠し持っていたのだ。
白い旗艦の艦橋での司令官席でマーシアはいつも腰に下げている銃の代わりに白い指揮棒を手にしていた。前面のスクリーンには戦況が表示されている。
「砲火を右翼に集中させよ」
マーシアが戦況の変化にすかさず対処する。
「レディ。ネルシード伯爵から通信が入ってますが、どうしますか?」
「ネルシード?」
マーシアはスクリーンから目を離さずにつぶやいた。そしてその理由を思い出してつなぐように指示する。戦況が表示されている画面ではなく、マーシアの手元のスクリーンにアランの顔が映った。
「そちらは大変そうだな」
とのんびりした声がマーシアに聞こえる。彼との会話はこの周りにしか聞こえない。
「何の用だ? 彼に何かあったのか?」
「別になにもないが、ちょっとご機嫌を伺いにね」
マーシアの顔が険しくなる。
「貴様につきあっている余裕はないんだが」
「だからさ。おまえがこの戦いで戦死したら、俺としてはちょっと後味が悪いんで、連絡を入れたんだよ」
「だからいったい何のようなんだ?」
「あいつからの伝言だよ。『信じてくれてありがとう』と」
マーシアの目が大きく見開いた。
「彼がそういったのか?」
「ああ、俺が直接聞いたよ」
その顔から険しさが消える。
「なら、私も彼との約束を果たさなければならないな」
「どんな約束をしたんだ?」
「宇宙で再会するんだ。ただし、生きてな」
アランは声を上げて笑った。
「だとしたらその戦いで死ぬわけには行かないな」
「ああ、そうだ」
アランとの会話をしながらも、マーシアの目は戦況図をしっかり捉えていた。
「生き残ったら連絡をくれ。すぐに補給物資を持っていく」
アランとの通信が切れると同時に、マーシアは司令官席から立ち上がり、指揮棒でスクリーンの一転をさして、命じた。
「これより我がグラントゥールは紡錘陣形をとり中央を突破する。この中央の部隊をたたけば、後は烏合の衆と化すだろう。総員直ちに準備せよ」
マーシアの命令は瞬く間にグラントゥール全艦に伝わっていた。そして彼らは一糸乱れぬ艦隊運動で、中央を斬り裂いていった。
帝国歴483年12月。ヒューロンを脱出した『イクスファの英雄』、リョウ・ハヤセは仲間たちと合流した。同じ月、マーシア・フェルデヴァルト率いるグラントゥール軍と帝国軍は、レルヒ星域の反乱を制圧する。
そして時は、後に運命の484と言われることになる帝国歴484年を迎えるまで残り三日と迫っていた。
第1章 完




