ヒューロン44
「いいのか? あんなことをいって」
艦橋のひときわ高い場所に座っていたアランはくるりと椅子を回転させた。そこにはがっしりとした体格の男が立っている。もちろん腰には銃をつけていた。
「あんなこと、とはどのことだ、ジェブ? ジュリアをほめたことか? それともニコラスをけなしたことか?」
「両方だよ」
彼は言葉を切って眉を上げた。
「だが一体いつあんな小さな艦の乗組員の名前を調べたんだ? 今までぜんぜん興味なかったのに?」
「興味がなかったのは、あの艦への輸送に俺が直接関係していないからだ」
「でも関係しているのは我が商船団なんだが……。そうか、今までの書類にまだ目を通していない、ということか?」
アランは彼の責めるような視線を避けるかのように、椅子を回転させると、
「俺は部下を信用しているんだ。連中もやるべきことはわかっているはずだからな。それに……」
アランは肩越しに獰猛な笑みを浮かべて自分の顔に付いた傷に触れた。
「三年前、俺に逆らった奴がどうなったかを、みんな知っている。俺を裏切るようなことはない」
三年前、アランの目をかすめて、物資の横流しをしていた連中をアランは捕まえ、自らの手で殺したのだ。その際の傷がまだ頬に残っている。その傷は再生治療で消えすこともできたのだが、彼はあえて残していた。それは自分への戒めだ。あの反乱は彼にとって苦い経験だったが、学んだことも多かった。
「うちの清掃係を俺の部屋に呼んでおいてくれ。ようやく奴をお払い箱にできる」
「本当にお払い箱にするのか? 誰もがやりたくない仕事を彼は怠けることもなくきちんとやり遂げているのに」
「トイレの掃除なら専用の機械があるだろう。皿洗いにしたって、そうだ。先日、料理長がもっと性能のいいの食器洗い機を補給してくれといったから、俺はわざわざ兵器開発部門に、料理長が望んでいる仕様の食洗機を開発させたんだぞ。そのせいで今度はそちらの方から俺に苦情がきたからな」
ジェブは笑った。
「今ではその料理長も彼を手放すのをいやがっているようだ。あなたが開発させた食洗機よりも彼の方が優秀らしい」
「だったらもっと優秀な食洗機を開発させるさ」
「そんなことをすれば、開発部門の人間がみんなやめていく。それに彼は人に教えるのもうまい」
忌々しげな顔をしていたアランが興味を持った。
「何のことだ?」
「射撃の話だ。彼に仕事が終わったら自由に訓練室を使ってもいいといったんだろう?」
「ああ」
「彼は必ず一時間以上は時間を作って訓練室で自分を鍛えていたよ。そこでおまえの祖父のいとこの叔父の娘婿の妹の孫とあったんだ」
「そんな遠い親戚はまるで赤の他人だな。いったい誰のことだ?」
「イーデン・クレイトンだよ。余りに射撃の腕が悪すぎで、惑星勤務をさせた方がいいと言われて、どこの艦も彼を雇わなかった」
ようやくアランは思いだした。
「大伯母が連れてきたあの少年か。確か百発発射しても的中するのはせいぜい二、三発と言うほどの下手な奴だ。誰も雇わないのは仕方ないだろう。俺だって大伯母の頼みじゃなければ、あんな奴使う気はなかった。大伯母には頭があがらないし、本当の下働きでいいと言ったから使うことにしたんだ。それで奴がどうしたんだ?」
「いくら練習しても的に当たらないで悔しくて泣いていたところに彼がやってきたんだそうだ。そして彼が見かねて射撃を教えたらしい。すると十日もしないうちに、十発中六発は確実に的に当たるようになった。その程度なら、それなりに合格だろう?」
「まあな。ほかの連中も彼に教わりたがっているのか?」
「特に射撃の下手な連中がね。彼を手放すのは惜しいとは思わないか?」
「おまえの言葉は悪魔のささやきだな」
アランは両手を組み合わせてしばらく考えてから軽く首を振った。
「やはりだめだな。これ以上勝手なことはできない。ばれたら俺はマーシアに殺される」
ジェブは笑って、
「わかった。彼を呼び出そう」




