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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン43

 ヴァルラート歴483年

 ウーベ星域第12恒星系惑星センタナ。その衛星軌道上にこの星域では最大級の宇宙港が浮かんでいた。他星域から物資を運んだ宇宙貨物船が、ここで貨物をそれぞれの行き先に振り分けたり、またはそれぞれの星域から集まった貨物を運んでいく集積港だ。またこの星域を航行する船にとって、この宇宙港はワープエネルギーの発生に必要なセレイド鉱石を精製し加工したセレイド触媒の補給港でもあり、その他の物資の積み込み港でもあった。もちろん、惑星上には長い間地上に降りることのできなかった乗員のための娯楽施設も充実していた。


「ようやくついたわね」

 艦橋のスクリーンに映し出されている惑星センタナの映像を、艦長席の隣に立って見ているのは赤毛の女性だ。

「一時期はどうなるかと思ったが……」

 艦長席に座っているのは、金髪の男だった。

「何とかたどり着けたな」

「あなたはよくやったわ、ニコラス」

 赤毛の女性はそういうと彼にほほえんだ。

「ありがとう、ジュリア。それより医務室の方はいいのか?」

「わたしの本業はただいま暇よ。忙しくなるのは戦いの最中と直後だから」

 ニコラスは正面を向くと、

「エディ。宇宙港の管制官と連絡を取って、入港の許可を求めてくれ。7番ドックを希望すると伝えるを忘れるな」

 エディと呼ばれた青年は艦長席にいる二人を仰ぐように見ると

「了解しました、艦長。7番ドックですね」

 彼はジュリアと視線が合うとにっこりと笑った。ジュリアも思わずほほえんだ。

「ずいぶんと愛想がいいじゃないか。あいつはついこの間、二十一になったばかりなんだぞ」

「だからなに? 初々しくてかわいいじゃない」

「おまえ、ああいう若造が好みなのか?」

 口調が少し険悪になっていた。ジュリアはくすりと笑って、ニコラスの首筋にその白く細い指を滑らせる。

「やめろ、部下たちの前だぞ」

 と叱ったが、彼女に効果がないことはわかっていた。彼女自身も本気で彼をその気にさせようとしたわけではない。ちょっとからかっただけなのだ。もちろんニコラスもそのことは知っていた。

「7番ドックの進入を許可されました」

 エディの報告に、

「ルーク、頼むぞ」

「わかっていますって、ニコラス」

 航海長を務めるルークは、ニコラスが帝国軍にいた時代からの同僚だった。だからエディに比べる特と口調がくだけてしまう。だがニコラスはそれを咎めることはできなかった。ルークにとってニコラスは同僚であり、彼の上官は別の人物なのだ。リョウ・ハヤセ。彼がその上官だった男だ。ニコラスにとっては何よりもかけがえのない親友だった。


「あいつさえ、生きていてくれればな」

 入港作業を見つめながらニコラスは悔恨の思いを口にした。

「ニコラス!」

 ジュリアが少しばかり声を荒げた。

「リョウは死んだと決まった訳じゃないのよ。希望を失うべきじゃないわ。アルシオールのアリシアナーナ王女が調べてくれたのを忘れた? 彼は処刑はされていないのよ」

「だが収容所送りになった。収容所から無事に出てこられた囚人は誰一人としていないんだぞ。出てくるのはいつも看守たちだけだ」

「アリシアーナ王女にもう少し調べてもらいましょう。どこの収容所にいるかさえ、わかれば助けることができるわ」

 ニコラスは暗い瞳を彼女に向けた。

「俺がそれをしなかったと思っているのか?」

「ニコラス?」

「あいつが収容所送りになったと聞いてすぐにアリシアーナ様に頼んださ。だが、あの忌々しい側近のリチャードからそれはできないと告げられたんだ。これ以上深く調べるとアルシオール王国にあらぬ疑いがかかるとな」

「あらぬ疑いって……」

 ジュリアはその意味するところを悟って呆然とした。

「アルシオール王国は帝国の忠実なる僕であることを保っていたいんだ。裏では俺たちの支援をしていることを可能な限り隠すつもりだろう」

「わたしたちはいずれ切り捨てられるかもしれないわね」

 ニコラスはうなずいた。

「アリシアーナ様に気に入られているうち大丈夫だと思う。国王は娘である彼女にとても甘い」

「じゃあ、王女様のご機嫌を損ねないようにしないと、そうしないとわたしたちは戦いどころか生きていくのも困難になってしまうわ」

「こういう時にあいつがいてくれたらと思うよ。そうしたらこういうことはあいつに任せられるのに」

「無理よ。リョウは他人の機嫌をとるようなことができる人じゃないわ。だから貴族たちに睨まれたのよ」

「確かにそうだな。あいつがもう少し貴族たちにおもねることができたら、こういうことにはならなかったかもしれないな」

 ジュリアはまじまじとニコラスを見下ろした。

「彼を助けたことを後悔しているの? あなたが軍から追われるきっかけになったから?」

「いや、それは違う。後悔はしていない。しているとすれば、リョウを見殺しにしたことだ。あいつを助けるために動いたのに、結局あいつに助けられた。あいつはいつも自分を犠牲にするからな。それに俺が反帝国運動に飛び込もうと思ったのは、あいつだけがきっかけじゃない。なにより強い動機はな、おまえが俺よりも先にこの運動に関わっていたというこうとだ」

 ジュリアの目が一瞬大きく見開いた。初めて聞くことだったらしい。ニコラスはしゃべりすぎたことに気づいて、気まずそうに顔を正面に向ける。スクリーンにはドックの様子がはっきりと映っている。


 彼らの艦は気密区画を抜けてほかの艦と並んで停止した。気密区画のこちら側は、宇宙服なしで活動できるようになっていた。

「艦長、ウィロードル商船団のアラン殿から通信が入っています」

「アランだって?」

 ニコラスは思わず聞き返し、ジュリアを見上げた。彼女も驚いた顔をしている。

「彼が直接話したいといっているの?」

「そうです。つなぎますか?」

 ニコラスはもう一度ジュリアを見る。彼女も同意するようにうなずいた。

「つないでくれ。エディ」

 エディがやりとりをしている間、ニコラスは大きく息を吐いた。

「彼を知っているの?」

「いや、一度アリシアーナ王女に招待されたパーティで姿を見かけただけだ。かなり尊大な男に感じられたな。アリシアーナ王女に頭を下げようともせずに、むしろ王女を街の女のような目で見ていた。リチャードのいらだちが、はっきりわかるほどだった」

「いやな男ね。でもいったい何のようなのかしら。第一、今までもアリシアーナ様の紹介で、ウィロードル商船団から貨物を受け取っているけど、団長自らが現場にでてくることは一度もなかったでしょう」

「準備できました。スクリーンに映しますか?」

 振り返ったエディにニコラスはうなずいて見せた。

 スクリーンには一人の男が映し出された。濃い茶色の髪は長く後ろで縛っている。白いシャツはボタンがしまっておらず、浅黒い肌が露わになっている。


「まるで海賊のようだわ……」

 ジュリアはうっとりとささやいた。

「これはうれしいことをいってくれる」

 スクリーンの向こうで男がほほえんだ。野生的な印象が少し和らいだ。ジュリアは思わず顔を真っ赤にした。彼女のつぶやきが聞こえていたのだ。

「俺にとって海賊っていう言葉はほめ言葉なんだよ、ご婦人。あなたを間近で見られないのがとても残念だ」

「そんな……」

 ジュリアはますます顔を赤らめた。そんな彼女をちらりとみたニコラスの表情が逆に険しくなる。

「早く用件を言ってもらいたいんだが……」

 アランは眉を動かしてニコラスを冷ややかに見下ろした。その視線から感じるのは敬意ではなかった。むしろ侮蔑だ。その瞬間、ニコラスは彼が嫌いになった。

「わざわざお忙しい商船団の団長殿かお出まし下されたんだ。まさか彼女を口説きにきたんじゃないだろう?」

「無粋な奴だな。まあ、確かに俺は暇じゃない。荷物の受け渡しはたまたま俺の都合がよかったから請け負っただけなんだがな。だが俺は艦長席で我がもの顔でふんぞり返っているあんたの態度が気に入らない。荷物を渡す気が失せたな」

「おい、いったいどういうつもりだ。あんたはアルシオールのアリシアーナ王女からきちんと依頼されているんじゃないのか」

「ああ、そうさ。金はもらったよ。しかしなぁ、貨物の紛失事故というのはよく起きることだ。あんたがたが先日帝国の貨物船を襲ったようにな。俺の船も襲われたんだ」

「ふざけるな。あんたの貨物船はそこにきちんと係留しているだろうが……」

「ほう、おまえには見えるのか?」

 ニコラスは完全に侮られ、からかわれていた。握りしめた彼の拳が白い。


「いい加減にしてください」

 それに気づいたジュリアは顔をあげて、アランを見据えた。

「ウィロードル商船団は契約を遵守することで有名ではないのですか? その誇りは団長自ら打ち捨てておしまいになるのですか」

 アランはジュリアに視線を移して、にこりと笑った。何となく狼が無防備な獲物を前にしてほほえんでいるような感じだ。

「ずいぶんははっきり言うご婦人だ。でも確かに我が商船団は契約を守ることを第一義としている。よし、こうしようか。あんたが直接荷物の引き取り作業に立ち会うのなら、荷物を引き渡そう。たまには現場の仕事も経験してみるといい。他人の席にふんぞり返っているよりな」

「これは俺の艦だぞ」

 ニコラスはアランの侮辱に耐えながら、激高したくなる気持ちを抑えて言葉を絞り出した。

「だがあんたの部下は何人いるんだ? その半数はアルシオールからの借り物だろう?」

 ニコラスは顔をひきつらせた。確かにアルシオールの支援をうけてから、必要な人材は彼らが提供してくれたのだ。

「そうだ。ついでに俺のところの人員を一人やるよ。慢性的に人手不足なんだろう?」

「誰からそれを聞いたんだ?」

「アルシオールのお嬢ちゃんさ。あんたのところが人が足りなくて四苦八苦しているといっていたんだ」

 アランはアリシアーナ王女のことをお嬢ちゃんと呼ぶことに何ら抵抗はないようだ。むしろなぜか蔑んでいるように聞こえる。だがニコラスはその微妙な口調には気がつかなかった。人員が思うように補充されないことは彼の悩みの一つだった。今は一人でも人手がほしいと思っていたところにこの話だ。

「ちゃんと使える奴なのか?」

「ああ、使えるさ。俺のところで働いていたんだ。トイレ掃除をさせたら機械よりもきれいにしてくれる。あとは床磨きに皿洗いも得意だ」

「ふざけているのかっ! 今俺が必要なのはすぐに戦える人間だ。皿洗いしかできない奴を一から訓練している余裕はないんだ」

「皿洗いは気に入らないのか? 文句を言える立場ではないだろう。そいつを断るということはまだ人材に余裕があるということだと思われるぞ。それでもいいのか? 俺は直接そうアルシオールの国王と話すこともできるんだぜ?」

 ニコラスはぐっと奥歯をかんだ。アランの船で持て余されているような人間を彼が受け入れなければならないのがなんと悔しい。

「わかった、受け入れる」

 そういうしかニコラスには選択肢がなかった。アランは少し顎をあげて彼を見下ろした。

「言うのはそれだけか?」

 ニコラスはアランを睨みつけた。そして絞り出すように答えた。

「大変感謝している。アラン殿」

「どういたしまして。そいつを一時間後に荷物の引き渡し場所に向かわせるよ。あんたはきっと俺にもっと感謝することになるだろう」

 アランは大きく笑いながら通信を切った。スクリーンから彼の顔が消えた。


「くそっ」

 ニコラスは艦長席のコントロールパネルの脇を力任せに殴った。

「ニコラス、落ち着いて、きっといいこともあるわ」

「ああ。そう信じたいな」

 彼は息を整え、怒りを鎮めると、立ち上がった。

「ルーク。俺はこれから貨物を受け取りに行く、あとのことを頼むぞ」

「心配しなさんな。ちゃんと面倒を見ますよ」

 彼の言葉にうなずくニコラスは艦橋をを出た。

「わたしも行くわ」

 とあとを追ってきたのはジュリアだ。

「いいのか? いつまでも医務室をあけといて」

「かまわないわよ。何かあればわたしを呼び出すでしょう」

「わかった。じゃあ、行くぞ」

 二人は並んで歩き始めた。

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