表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
41/142

ヒューロン41

 リョウは二ヶ月ほど自分の部屋としていた居室をぐるりと見渡した。小さなスペースだが、機能性は高くとても快適に過ごせた。リョウはクローゼットを開けた。そこは空っぽだった。収容所に戻る彼が持っていくことはできないのだ。だからそれらをマーシアに返した。マーシアによれば再び原料に戻されるという。

 リョウは名残惜しさを断ち切るようにときびすを返して、通路に出た。

 通路もがらんとしている。行き交っていた兵士たちも今はいない。靴音がやけに響く。食堂の前にきたリョウは少しだけ立ち止まった。彼らのざわめきだけが残っているように感じる。いろいろなことがあったが楽しい日々だった。


 射撃室や特別訓練室などを回ったリョウはようやく格納庫にやってきた。

「遅くなってすまない」

 格納庫ではマーシアとエリックそして彼の再生治療を担当したヴァートンが待っていた。ほかの兵士たちはすでに連絡シャトルで発進準備をしているのだ。

「これを」

 リョウは自分の部屋のカードキーをマーシアに渡した。

「本当にいいのか?」

 カードキーに視線を落としていたマーシアはリョウを見上げた。その黒い瞳には気遣わしげな光が浮かんでいる。自分のプライドのために、マーシアの申し出を断ったというのに、マーシアは心配してくれている。それがたまらなかった。

リョウは思わずマーシアを引き寄せ、抱きしめていた。マーシアが体をこわばらせたのがわかった。だが抵抗はない。彼女がその気になれば、リョウなど簡単にたたき伏せてしまうだろう。一瞬のことに驚いた様子のエリックとヴァートンがくるりと背を向けたのを視界の隅でリョウは感じていた。


「正直に言うと俺は怖い。三年前ここにきたときは、どうなるかわからなかったが、今はどういうことになるか想像がつく。だから余計に恐怖を感じるんだ」

「拷問と一緒だな。拷問も一度受けたときよりも二度目の方が精神的にはきつくなる」

 リョウに包まれながらマーシアが答える。

「その通りだ」

 リョウは一度言葉を切ると、マーシアを見下ろした。

「俺は必ず収容所を脱出する。そして必ず宇宙にいく。敵同士として君と向き合うことになるだろう。俺はそのときでもきみの目をまっすぐ見るつもりだ」

 一瞬、マーシアが息をのみ、次の瞬間、優しくほほえんだ。そしてマーシアはリョウの肩に自分の頬を当てると、その腕を彼の背中に回して、リョウをしっかりと抱きしめた。そして彼にだけ聞こえるようにささやいた。


「わたしはおまえの勇気ある決断に、そしてその誠実さに敬意を払う」

 リョウの瞳が大きく見開かれた。彼は感情があふれるのを押しとどめようとするかのようにマーシアを強く抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ