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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン40

 格納庫は先日のマーシアの暗殺未遂事件の際に、陽動目的に爆破されていたのだが、彼らの素早い修理のおかげでその機能はほとんど回復している。

「ずいぶん激しく戦ったそうだな」

 雪上車を点検していたエリックが顔を上げた。

「部下たちは久々の白兵戦に喜んでいたけどな。そっちの方が大変だったろう? 何しろこちらにはそれなりの人数がいたが、そちらにはおまえ一人だ」

「地の利があったし、なによりマーシアはすばらしい戦士だ」

 エリックがうれしそうにほほえんだ。

「ところで妨害装置を持ってきているか?」

 リョウは裾を持ち上げて足首に巻き付けてある装置をを見せた。

「準備がいいな。行き先は伝えていなかったはずだが?」

「念のためだよ」

 リョウはそう言いつつ、雪上車に乗り込んだ。エリックが運転席のコントロールパネルを操作すると正面のドアが開き、冷たい空気があっと言う間にリョウを包む。防寒スーツを着ていても寒さを感じる。闇色の空には雲一つなく、凍り付くような大気の中、星が輝いている。


「これから収容所に向かう。いいか、リョウ、そこからの位置関係をしっかり覚えておくんだ」

 彼がどこに連れていこうとしているのかわからないながらも、それがとても重要であることをリョウは即座に理解した。

 星明かりの中、リョウは見慣れた場所に近づいているのに気づいた。わずかな木立。このあたりで狩りの獲物にされた彼は追いつめられたのだ。マーシアと出会ったのもこのあたりだ。

 マーシアに出会わなければ、あのまま無様な死体となって今でもこの雪の大地の上に転がっていただろう。それを思うと体が震えだしそうだ。だがリョウはそれをこらえて、前を見据えた。このあたりからは収容所の管轄だ。リョウはエリックを見やった。彼は平然としているが前方に向けられている視線は真剣だ。道理で妨害装置をつけているか聞いてきたわけだ。リョウの足には発信器が埋め込まれていて、彼がどこにいようと収容所の監視システムは把握できる。ここまで彼が近づいていると知ったら、それにエリックが同行していたら、トラブルになること避けられない。エリックのことだから当然それは理解しているだろう。それでもなお、彼は雪上車を進めていた。遠目にフェンスが見えてきた。サーチライトが建物を照らし出す。


「意味のないことなんだけどな」

 リョウはこみ上げてきそうになる吐き気を紛らわせるかのようにつぶやいた。エリックが振り向く。

「サーチライトさ。貴重な電力の無駄遣いだよ。囚人たちに逃げ出そうという気力と体力のあるものはいない。採掘作業をこなすだけで精一杯なんだ。収容所に戻り、夕食をすませれば後は部屋でそのまま眠ってしまう。そうしなければ、翌日の作業についていけないからな。作業効率が悪い囚人はその場で置いてけぼりを食わされる」

「そうなると凍死か……」

「だからみんな生きるために浅ましくもなる。希望を失った人間から死んでいくんだ」

「あまり気分のいい話じゃないな。ここはマーシアの星だぞ。後始末はきちんとしてもらいたいものだな。いくら一週間もすれば雪の下で見えなくなるとはいえな」

 エリックはフェンスの近くまでいって雪上車を止めた。

「看守たちの巡回もなしか?」

「彼らがそんなことをしているのを見たことはないな。今頃ぐっすり眠っているだろう。だがあのフェンスの内側にはセンサーがついているはずだ。近づけば警報が鳴る」

 リョウは思い出したようにふと笑った。

「どうした?」

「いや。看守たちも大変なんだなと思ったのさ」

「珍しく同情するのか?」

「同情はしない。連中の仕打ちは忘れられないからな。だが収容所は夜が明ける前には起き出すんだ。身支度をさせられて、まるで家畜の餌のようにバケツに入った携帯栄養食を食べると、すぐに採掘現場に送られる。看守たちは俺たちから見たら豪勢な食事や寝床があるだろうが、結局監督しなければならないから、俺たちと同じように起床して寒いところで監視していなければならないんだ」

「監視業務も囚人と同じように外にいるのか?」

「いや、収容所の看守たちの棟よりは寒いという意味だよ。あそこは豪華でね。マーシアの館よりも金はかかっている。その分囚人たちの棟はひどく粗末だがな」

「連中が囚人たちの分の費用を横領しているって言うことか」

 リョウはうなずいた。囚人たちにかかる費用は採掘された鉱石の売り上げから、支給されていた。もちろんその金額は売り上げから見れば些細なものだが、それすらも看守たちは自分たちの懐を潤すために取り上げてしまうのだ。囚人たちは最低の食事と古びて効果も薄くなっている防寒スーツを支給されて、朝から晩まで採掘作業をさせられる。その間看守たちは採掘現場のそばの小屋で暖をとりながら、仲間の看守たちとカードに興じているのだ。しかも彼らには温かな昼食も用意されている。囚人たちに昼食はない。小屋から漂ってくるにおいに空腹を刺激されながら、つるはしをふるうのだ。


 エリックはフェンスを背にして雪上車を走らせた。星を見ながら、リョウはこれから向かうところの位置関係を、収容所を基準にして考えられるようにわざと寄ったらしい。

「ここだ」

 エリックは収容所からさほど遠くない場所で雪上車を止めた。いくつかの斜面を登り下りしたから、振り返っても収容所の建物は見えないが、マーシアの館よりも距離的に近いに違いない。ヘッドライトが木立を照らしていた。雪上車から降りたエリックは眉間にしわを寄せた。しかしすぐに右端から二番目の木の幹に触れる。

「いつも迷うんだよな」

 エリックは肩をすくめて、幹の一部を押した。すると木の皮が開いて、中からコントロールパネルが現れる。

「見事なカムフラージュだな」

 リョウは感心した。全くわからない。だがいったいここになにがあるというのだろう。

 エリックはパネルを体で隠すのではなく、あえてリョウにキーを打つところを見せた。

 エリックの指が『希望』と打ち込みそしてエンターキーを押すと、木立の奥で斜面になっていた部分が振動し、覆っていた雪を振り落とした。現れたのは白いドアだ。遠目からは雪の斜面と同じように見えてしまうだろう。エリックが脇のスイッチにふれると、扉は左右に開いた。しばらく閉め切られていたのか、中からよどんだ空気が流れてくる。


 リョウはエリックの後に続いて下に向かう通路を進んだ。

「あの収容所ができたのは十年前だと知っているか?」

「いや、知らない。もっと古いものじゃないのか?」

 エリックの唐突な問いに戸惑いながら、リョウは収容所の様子を思い浮かべた。どれもこれもがみすぼらしくて、あちこちがさび付いている。

「ヒューロンの環境は厳しいからな。こまめに手入れをしないと百年ものの資材もあっと言う間にぼろぼろになってしまう。今の館だって、しょっちゅう手入れをしないと五年もたたないうちに廃墟のようになってしまうだろう」

「今の館と言ったな?」

 この三ヶ月グラントゥール人と寝食をともにしたリョウは彼らの意地悪い性質の一部を理解していた。彼らはさりげない会話に重要なキーワードを紛れ込ますと言う癖がある。気がつかないのなら、その先を教える必要はないと考えるのだ。だから彼らとの会話を上の空で聞いていることは絶対にできない。さりげなければさりげないほど、その情報の重要度は高いのだ。

「今の場所以外にも館があったのか?」

 リョウは正しいスイッチを押したらしい。うなずいたエリックから、情報が開かれた。

「収容所の近くに規模の小さいものがあったんだ。どうやら収容所の人間は、その館の資材を自分たちのものにしてしまったらしい。看守たちの居住棟がそうだろう」

「収容所はそれまではこの惑星には存在していなかったのか?」

「収容所ができたのは、十年前だ。だが館の場所が移ったのはそれ以前だな。これはその名残だ」

 エリックはそういうと、ドアの脇についているパネルにコードを入力した。ここにはいるためのコードが『希望』で、このドアを開けるコードは『旅立ち』だ。何か意味があるようにリョウには感じられた。

 左右に開いたドアの向こうには小型艇がいつでも発進できるようにカタパルトに据え付けられていた。

「旧式の小型連絡艇だ。カタパルト発進する。しかも小さいながらワープ航行が可能だ」

「ワープ航行が可能?」

 小型連絡艇のを見上げていたリョウが振り返った。エリックはうなずく。

「一つの座標しかワープできないけどな。だがワープアウト地点は交通の要所だ。必ずどの艦もワープアウトする地点なんだ。だから緊急信号を発信していれば、運が良ければ救助される。中に入ってみるか?」

「いいのか?」

「もちろんだ」


 連絡艇の中は必要最低限のものだけが用意されていた。グラントゥールのものにしては珍しく個室などの贅沢なスペースはない。コクピットのシートがリクライニングできるようになっていて、そこで搭乗者は休むのだ。シート配置は四人分あるが、後列の二席は予備席のようだ。

「まるで練習艇のようだな」

 兵士として帝国軍に入隊した彼は、新入りの時によくこのぐらいの大きさの宇宙艇に乗って、訓練を受けていた。

「基本的には帝国軍のものと変わらない。ただしメンテナンスは自動で行われているが、ここは基本的に帝国が管理している区域だ。グラントゥールの人間が最終的に飛べるかどうか確認してはいない」

「一度も飛んでいないのか?」

「飛んだのは一度だけだ。そのときは無事に目的地点までワープできた。だがそれ以降、ここは閉鎖していたからな。まともに飛ぶかどうかは保証できない」

 操縦席に座って計器にそっと触れていたリョウは、

「俺をここに案内してくれたということは、これを使ってもいいと言うことなんだな?」

 リョウは後ろに立つエリックを振り仰いだ。

「マーシアは知っているのか?」

 エリックは呆れたようにリョウを見下ろした。この段階になってもこの男はマーシアの心配をしている。彼女の立場を考えているのだ。こんな男は今までどこにもいない。自分の身の安全よりもマーシアのことを考える貴重な男だ。


「わたしはマーシアにこう聞いただけだよ。ここの暗証コードを教えてほしいと。ここの暗証コードを知っているのはマーシアだけだ。彼女はすぐに教えてくれた。マーシアは目的を聞かなかったし、わたしも言わなかった」

 エリックはそういうとニヤリと笑った。要するに口にはしないが予測はしていると言うことだ。リョウも思わずニヤリとする。

「問題は収容所からここまでのどうやってくるかということだな。それさえ、クリアしてしまえば……」

 脱出できる。リョウは心の中で言い足していた。

「時間はある。収容所の中で死にさえしなければ、考える時間はあるんだ」

 リョウはなにも映らないスクリーンに目を向けて、

「俺は必ず脱出する。必ずな」

 リョウは強い口調でそう告げた。

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