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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン36

「なぜ、そんなに簡単に命を奪おうとするんだ!」

 ハーヴイの亡骸を見下ろしていたリョウはマーシアを非難した。

「おまえを収容所に売り渡そうとしたんだそ。しかも今回は殺そうとまでしている。おまえの信頼を裏切った相手だぞ。なぜ同情する?」

「同情しているわけじゃない」

 リョウはハーヴィの傍らに膝をついて、その両手を胸で合わせた。

「だが彼はまだ若い。二十歳そこそこだろう。まだやり直すこともできただろうに……ほかに方法はなかったのか?」

 リョウはマーシアを降り仰いだ。

「彼が利用されていたというのなら、考え方を改めることもできたはずだ。それに彼に証言させることもだ。君の命をねらっているのがアルシオールの人間だということを。そして彼らはその罪を帝国に着せてグラントゥールとの間を裂こうとしていることもだ」


 マーシアがリョウの横に膝を突き、彼を見つめた。そしてハーヴィに目を移す。

「おまえは本当に優しい男だな。だがハーヴィにはこれが戦いだと言うことはわかっていた。敗れれば死だけしかないということもな。グラントゥール人である彼が、こういう形でわたしに刃を向けたということは、それだけでグラントゥールの掟を破っているんだ」

「掟がそれほど大切なのか?」

 マーシアは真剣なまなざしをリョウに向け頷いた。

「グラントゥールはもともと海賊だった。自分勝手でわがままな集団なんだ。掟で縛らなければ、すぐに身内同士で戦いが始まってしまう。それではすぐに外敵につけ入れられてしまう。グラントゥールが恐れるのは自由と独立を失うことだ。そのために彼らは自らを厳しく縛り、敵から身を守っているんだ」

 集団が大きくなればなるほど、亀裂が生じやすい。どれほど強大な集団でも分裂させて各個撃破すれば崩壊してしまうのだ。


「それにわたしの命には順番がついているんだ」

 マーシアのその言葉に、リョウは銃の携帯許可を受け取ったときに聞いたエリックの言葉を思い出していた。

「エリックから聞いた。彼はきみの護衛であると同時に、ある条件下ではきみを殺すのだと」

「その通りだ。今のところエリックがリストの一番上だ。だからわたしは彼に銃の携帯を許可している。勝手に順番を変えたら、エリックを侮辱したことになる」

 マーシアはハーヴィの額の汚れを拭う。

「彼もそこまでの地位に上り詰めればよかったんだ。そうすればわたしを殺したところで非難されることはなかっただろう。もっとも今度は彼が殺される可能性が増えることになるがな……」

「マーシア……」

 深くそして重く息を吐いたマーシアをリョウは見つめるしかなかった。殺されることさえも運命だと受け入れているところがマーシアから感じられる。マーシアはしばらく祈りを捧げると立ち上がった。


「この件は公になることはない」

「なぜ? こんなに大勢の人間が死んだんだぞ。それに今、アルシオールの陰謀を暴かなければまた命をねらわれることになるんじゃないのか? どういう理由で彼らがきみの命を狙っているのかはわからないが、彼らはこういう手の込んだことをしてでもきみを殺し、帝国とグラントゥールとの間にひびを入れようとしているんだぞ。グラントゥールが帝国から離れればその可能性はなくなるかもしれないが……」

「それはないな。わたしを殺すことによって帝国とグラントゥールの間にひびを入れようとしたことは確かだが、それはあくまでも副産物でしかない。本当の目的はわたしを抹殺することだ」

「なぜ、そうまできみを殺したがるんだ? アルシオール王国はただの惑星国家だろう?」

「ああ、帝国の中の一つの国家だ」

「それなのに、なぜ? まさかきみがアルシオールの運命を握っていると、彼らは思っているのか?」

 歩きだしていたマーシアがパッと振り返った。軽い冗談のつもりだった。しかし驚いたようなマーシアの顔にリョウが戸惑う。リョウはマーシアの後を追った。

「そうなのか?」

 マーシアの顔をのぞき込むようにリョウが聞く。

「彼らはきみにそんな脅威を感じているのか? でもなぜ?」

 しばらく無言で歩いていたマーシアが不意に立ち止まってリョウの心配そうな顔を見上げた。

「おまえが知る必要はない」

 にべもない口調にリョウは呆然とした。今まで一度もリョウを完全に閉め出すように言い方はしたことはない。まるで彼は絶対に触れてはいけないマーシアの秘密に触れてしまったかのようだ。歩き去っていくマーシアの全身を分厚い氷が包んでいくように見える。このままマーシアを行かせてしまえば、もう二度とあの幾つもの鎧の下にいる本物のマーシアには会えない。不意にそう感じたリョウはマーシアの隣に並んだ。そして何も言わずただ一緒に歩いた。彼女がどこに行こうとしているのかも聞かなかった。そんなリョウの態度に、マーシアはちらりと視線を投げた。

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