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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン34

 雪上車が雪を巻き上げながら走っていく。男は燃え上がっている木立の横にたち、スコープをのぞいていた。照準を雪上車からその先の人影に向ける。二人は時折、後ろを振り返りながら、走っている。不意に彼らが止まった。リョウが銃を構えた。角度からそれは雪上車を狙ったものではない。標的の位置は低い? 男はスコープの倍率を上げた。その瞬間、リョウの銃口から青い光弾が放たれた。光弾は雪上車の手前に撃ち込まれた。男はあわててスコープから目を離した。瞬間、白い光が現れ消えた。

「エネルギーカートリッジを地雷代わりにしたのか……」

 つぶやいた男の顔にはすぐに冷笑が浮かんだ。

「だが、セットする位置を間違えたな。あれでは敵に何の被害も与えられない」

 実際、雪上車は一旦停止したものの、再び動き出していた。男は再びスコープの照準をリョウとマーシアに向けた。彼らは逃げ出すこともなく立ち止まったままだ。男の顔に疑念が浮かんだ。男はスコープを雪上車に向けた。その直後、雪上車が雪原に飲み込まれた。


「えっ?」

 男はあわてて倍率を変えた。すると前方に先ほどまではなかった黒々とした穴が広がっている。

「クレバスか……」

 しばらくして、黒々とした穴から炎が吹き上がった。その周りをよく観察したが、誰一人生きてはいないようだ。マーシアを暗殺するために、ヒューロンの収容所の所長として送り込まれた男も、またその目的のために密かに所長の手引きで潜入していた男たちもこれで全滅だ。

「アリシオールはマーシアを殺したがっているくせに、ろくに人材はいないようだな」

 そうつぶやくと、手にしていた長距離ライフルを構えた。だが先ほどまで立っていた場所にマーシアの姿はない。

「当然だな」

 男はライフルをおろした。もちろん今の状態で彼女を狙い撃てるとは思っていなかった。雪上車の人間を倒したことで、マーシアは当分安全だと考え、館に引き返すはずだ。館の方も彼らは攻撃を掛けている。その被害を把握し、事態を収拾するのが、彼女の仕事でもある。

 男がアルシオールの暗殺団に示唆したのは、看守の振りをして館を攻撃すれば、グラントゥールは一人で行動しているマーシアを守りきることはできないと言うことだった。だがあそこにリョウがいたのは計算外だった。あの丘のあの木の下に、何があるかは知らないが、マーシアがそこに行くときはいつも一人だった。だからこそ、彼は狙撃したのだ。リョウさえいなければ彼女に怪我を負わせることは可能だった。そうすればあとは、暗殺者たちが始末するはずだった。看守の制服を着た彼らに襲撃されたと知れば、帝国がグラントゥールに戦いを挑んだも同然だ。グラントゥールは帝国を離れることができる。それが男の考えだった。だがその計画は失敗した。

「少々安易にアルシオールの計画を利用したのが間違いだったかな」

 ライフルを分解した男は、それらを目立たないように防寒スーツのあちこちにしまい込んだ。そして雪上バイクに近づいたときだった。突然青い光弾がバイクのエネルギータンクを貫いた。男は爆風から身を守るためにとっさに雪原に体を投げ出した。爆発が収まるのを待ちながら、男はこの失態に奥歯を噛む。この場から立ち去る足を奪われただけではない。時間も失ったのだ。


 彼には誰が攻撃してきたのか予想がついていた。リョウが彼の足を止めるために撃ち抜いたのだ。リョウたちの持っている銃は男のライフルよりも射程は短い。だが彼らが館に戻らず、こちらに向かっていたら距離は縮まる。そしてリョウの腕なら、射程ぎりぎりでも標的に命中させることができる。

「あのとき、奴を確実に殺しておくべきだったな……」

 彼は暗殺者たちの指揮官であり、彼らを潜入させるために収容所の所長として赴任してきた男に、リョウが捕まったときのことを思い返した。あのとき、彼が確実に殺していればこんな厄介なことにならなかっただろう。だが今更考えても遅い。男は覚悟を決めて、ベルトから銃を引き抜きうつぶせの体の下に隠した。空いた手で頭にかぶっていたフードを外す。この顔を見れば、リョウなら驚くだろう。その一瞬の隙をつく。彼は甘い。人質を取られれば手も足も出せなくなるような男なのだ。そしてマーシアは……。リョウを倒せば、「氷の女王」でも少しは動揺するだろう。マーシアの感情は分厚い仮面の下で永遠に凍り付いていると思われていた。リョウがその氷を溶かすほどの存在なのは間違いないのだ。たとえベッドでの関係がなくても、それだけ深いものがなければ、彼を保護するはずがない。


 男は二人が正体を確かめに近づいてくるのを静かに待った。

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