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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン33

 リョウは改めて木立を見回した。

「連中が完全に体制を整えないうちにこちらも準備をしておこう」

「準備?」

「こちらは二人しかいないんだぞ。しかもエリックたちはすぐには駆けつけられそうにないんだろう?」

「通信設備が破壊されたようだからな。おそらく館にも攻撃が行われたのだろう。看守たちがそこまでするとは思わなかったが、彼らが看守たちでないのなら、館に攻撃を掛けたのも看守たちではないだろう。エリックたちはそちらの防衛に駆り立てられているはずだ。あそこもまたグラントゥールの出先機関だからな。機密を守らなければならない。こちらに回せる余力はない」

「結局、二人で対処することになるのさ。だが向こうは少なく見ても十五、六人はいる。先ほど何人かは死んだと思うけどな。それでも人数的には不利だ。罠を仕掛けないとな」

「罠か……あまり好きにはなれないな」

 枝のしなり具合を見ていたリョウは手を止めた。


「好きになれないって……暗殺者をここで始末するために自分が囮になる罠を張ったんだろう?」

「ほかにベストな手が思いつかなかったからだ。艦隊戦の最中に命を狙われることは遠慮したいからな。艦隊戦ではわたしの決断一つで大勢の命が失われることだってあるんだ。だから常に最上の状態でいたい。だが今は……それにたかが十五、六人だろう?」

「力押しで立ち向かうつもりだったんだな?」

 リョウは咎めるように言った。

「それのどこが悪い? そのために十分な訓練を積んでいるんだ。それに最新式の武器もな。第一、雪で足を滑らせる兵士相手にやられる気はない」

 リョウが振り返ると、こちらに向かってこようとしている例の一団が雪に足を取られ転んでいる。雪には慣れていないらしい。

「アルシオールはあまり雪が降らないんだ。彼らは雪上での訓練もやったことはないだろう。自衛軍が守るのは、主に首都近辺だからな。残りは宇宙にいる」

「ならばこちらにも勝機はかなりあるという事だな。少なくとも俺は一見この固い雪の下に、ぱっくりと口をあけているクレバスがあることを知っている。通常は雪がゆるむことはないから落ちたりはしないがな」

「ミレールクレバスに連中をおびき寄せる気か?」

 リョウはうなずいた。


 収容所のまわりにはクレバスがいくつもある。ヒューロンの気候では雪が固くしまり、クレバスの上を覆っているために落ちることはないが、それでもまれに風などの気象条件によってはクレバスを覆う雪が薄くなったりひびが入ったりして、凶暴な大地の傷を見せるときがある。リョウはこの三年に一度だけ、採掘場から戻る途中の集団が雪の大地が割れてクレバスに落ちたのを見たことがあった。数分割れるのが遅ければリョウが犠牲になっていただろう。クレバスに落ちた囚人を看守たちは危険を冒して助けることはしない。今も彼らの遺体は凍ったまま再びふさがれたクレバスの中にあるはずだ。

「ミレールならここから遠くない。連中は使える雪上車ですぐに追ってくるだろう。だからここで少し足止めしておく必要がある」

 リョウはポケットを探った。

「無事だった雪上車は一台だけのようだな」

 木の陰からリョウから受け取っていたスコープを目に当ててマーシアはつぶやいた。

「おまえは足止め用の罠を仕掛けていろ。その間にあの一台をつぶす」

 マーシアはスコープをリョウに返し銃を確かめた。

「無理はするなよ。きみを失うために俺がいるんじゃないんだからな」

 片手をあげてその言葉に応じたマーシアはゆっくりと木立から抜け出て、彼らの前に姿を見せた。


 木の陰から攻撃をしてくると思っていた彼らは一瞬ぎょっとした。攻撃する間を失った彼らに、ニヤリと笑ったマーシアは銃の引き金を引いた。銃口から光の塊が雪上車めがけて飛び出していく。その反動で、マーシアの体が後ろに飛ばされた。雪原に背中から落ちたマーシアの周りで雪が舞い上がる。

「マーシア!」

 リョウが叫んだ。マーシアはすぐに立ち上がり頭を振って雪を払い落とすと、リョウの元に戻ってくる。

「今のはいったい何なんだ? きみが反撃され吹き飛ばされたかと思ったぞ」

 声は少々震えていた。

「エネルギーカートリッジを全部一度に使ったんだ。戦車を破壊すると言うわけには行かないが、足止めする程度の力はある。だが反動はすごいな」

「よく銃が持ったな」

「それを想定した強度の銃なんだ。もっとも実践で使ったの初めてだが……」

 リョウの顔が再び険しくなる。

「ぶっつけ本番か……」

「試験はしたさ。いつだって最初はある。これだって前から計画したことではないだろう?」

 マーシアが示したのはリョウがポケットの中にあった細いひもで作った仕掛けだった。目立たないように地表ぎりぎりに張り巡らされたそれ足をひっかけるようになっている。

「どうするんだ?」

「連中は雪に慣れでいない。だから慎重にここに入ってくるだろう。そして足を引っかければ、上から雪が降り注ぐ」

「雪に慣れていなければ驚くだろうな」

「そこを狙うんだ。それで数がまた減るだろう。一番の問題は新任の所長だ。彼は一番後ろで陣頭指揮を執っていたからな。彼をつぶす必要がある。それもう一つ……」

「丘から狙ってきた狙撃手だな」

 距離と方向からその狙撃手が彼らに合流した可能性は低い。だからよけいその動静が気になる。あの長距離ライフルで、彼らと対峙しているときに側面から狙われたくはない。

「だが今その心配をしている余裕はない」

 マーシアはそういうときの陰で銃にエネルギーパックを挿入し、構えた。

「おまえは次の罠を張りにいけ」

 リョウはうなずいた。マーシアもゆっくりと後退する。


「あの女はあの中だ。いいか、時間はないぞ。グラントゥールの連中が向こうの事態を収拾する前にけりを付けるんだ」

 部下たちを叱咤する声が風に乗って聞こえてくる。次の瞬間木立の中めがけて彼らが銃を放った。マーシアの周りに削り取られた木片が飛ぶ。銃撃の隙をついてマーシアは姿を現し、一発必中の腕を彼らに見せつけた。先頭を切っていた三人の兵士が白い雪原に倒れ込むのを確認することなく、マーシアは奥に逃げた。その背中を見せつけられ、わずかの間に、しかもたった二人に、仲間を大勢奪われた兵士たちはその瞬間、冷静さを失った。命令ではなく彼らの意志でマーシアたちを血祭りにあげなければ気が済まない状態となっていたのだ。

 彼らは勢いよく木立の中に飛び込んできた。その瞬間、リョウが張り巡らした紐に足を取られる。

「なにをやっているんだ!」

 後続の兵士たちの怒声が飛ぶ。と、彼らの頭上に冷たい雪が降り注ぐ。長い間木の上にあった雪は、風の影響を受け氷の塊のようになっていた。それがいきなり降り注いだのだ。彼らはその痛みにマーシアたちの存在を忘れた。その刹那、幾つもの光弾が兵士たちの額に命中する。


「木の陰に隠れろ」

 まるで名残惜しむかのように、氷の塊が犠牲者の上に降り注ぐ。

「相手は一人なのに……隊長」

 悪態をついた男は、後ろを振り返った。その視線の先には収容所の所長が険しい顔でたっていた。

「つれてきたのは精鋭の兵士たちだったんだがな」

 忌々しげにつぶやいた所長は突然飛んできたものにハッとした。

「身を隠せ、伏せろ」

 所長はとっさに叫ぶと自分も雪の上に伏せた。

 小さな金属の塊が太陽の光を反射しながらこちらに向かってくる。彼らの上に来たのをまるで見計らうかのように光弾が貫く。激しい光があたりを包む。

 爆発音にリョウは思わず振り返った。木立のあたりに黒い雲が立ち上っている。木が燃えているのだろうか、炎も見える。

「リョウ……そちらの……そちらの状況は」

 通信機から途切れとちぎれにエリックの声が聞こえる。

「こちらはリョウ・ハヤセ。マーシアは……」

 リョウは顔を上げて木立の方を確認する。マーシアが走ってこちらに向かっている。

「マーシアは無事だ。そちらはどうなっている」

「こっちは通信設備と格納庫を破壊された。襲撃者は8名。殲滅したが、すぐにはそっちに救援を出せない。それから彼らは看守の格好をしていたが、看守たちではないようだ。十分に注意しろ」

「わかった」

 通信機をしまったリョウは振り向き、マーシアを見た。


「今のは何だったんだ?」

「エネルギーカートリッジを爆弾代わりに使ったんだ。これで残り四人になった」

「所長を入れてだな」

「もちろん。そっちの準備はどうなった?」

「こちらもいい。後は連中がここにたどり着いてくれることを祈りたいな」

「その心配はない。聞こえるだろう」

 リョウが耳を澄ますと雪上車の音が聞こえる。だがそれはあまり調子のいいものではない。

「あの音じゃ、いつエンストしてもおかしくはないな」

「だがわたしたちに追いつくためには必要だろう。少なくとも人が走るよりは早いからな」

「だったらせめてここにたどり着くまで車が持つことを祈るか。神の恩恵があれば、クレバスの上でエンストを起こしてくれるだろう」

 マーシアは揶揄するようにリョウを見た。

「おまえ、神を信じているのか?」

 リョウはマーシアを見下ろしてにこりと笑って答えた。

「いや、信じていない」

「だったら、気安く神の名前など出すな。神に失礼だろう?」

 『神に失礼だ』と言い方に、リョウは思わずほほえんだ。そうしている間にも敵は近づいてくる。

「そろそろ逃げるか」

 とマーシア。

「わざとらしいがな」

「だが彼らには後がない。わたしを倒さない限り、帰れないんだ。いやでも追って来るさ」

 二人はクレバスの上を駆けだした。

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