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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン31

「ずいぶんと遅かったな」

 更衣室を出たリョウははっと顔を上げた。シャワー室のドアのそばにエリックが寄りかかっている。

「おぼれているんじゃないかと思っていたところだったよ」

 リョウはエリックが投げたタオルを反射的に受け取った。

「まだ濡れている」

 リョウは肩をすくめると再び髪をそのタオルでこする。

「これから何か予定はあるか?」

「いや。この館の中で一番暇なのが俺だと思うが……」

「それなら頼みたいことがある」

「珍しいな。いったい何だ?」

「マーシアの護衛だ」

 リョウは手を止めた。


「それはきみの仕事だと思ったが? 俺が引き受けていいのか? それに俺はまだマーシアに例の返事をしていない」

「わかっている。きみがどちらかに選びかねていることも十分承知している。だからこれは一時的なことだ」

「事情を説明してもらいたいな」

 タオルを肩に掛けたリョウは内容が深刻なことに気づいた。

「ただ護衛をしろといっても、なにからマーシアを守れと言うんだ?」

「暗殺者だよ」

「暗殺?」

 リョウは緊張した顔をエリックに向ける。

「そういう情報が入ってきたんだ。マーシアを狙っている者たちがいる。近々その計画は実行されるだろう、とね。マーシアは自分自身を囮にして、その敵をおびき寄せようとしているんだ」

「ここには収容所の看守たちとグラントゥールの人間しかいない。収容所の看守たちはとてもマーシアの敵になるような存在ではないと思うが……」

 リョウは別の可能性に気づいた。

「まさか、グラントゥールの中に敵がいるというのか?」

 エリックが皮肉っぽく笑みを浮かべた。

「なぜ敵が存在しないと思うんだ?」

「それは……」

「わたしも含めてだが、マーシアの周りにいる人間はグラントゥールの権力を握っているんだ。権力に近いということはそれを気に入らないと思う連中も存在する。みんながみんなダレスのような信奉者じゃない。マーシアは今までに何度も命を狙われているし、そのせいで幾度も死線をさまよっている」

「そんなにっ?」

 驚くリョウにエリックがうなずく。

「権力に近いということはそういうことなんだ。何かを決定すれば、必ず誰かが気に入らないと文句を言うし、一族の面倒事はみんなこちらに回してくる。ほかの一族や帝国との交渉に時間を奪われ、宇宙を自由に行き来する事すらままならない。全く割に合わない立場なんだ。しかもあげくには命を狙われる」

「だが彼女の場合は多すぎする」

 エリックは面白がるような視線をリョウに向けた。リョウが深刻な顔をしているのとは対照的だ。

「マーシアには特別な理由があるんだ。そして情報ルートのひとつからマーシアの暗殺計画があると連絡があったんだ」

「それは確実なのか?」

「一番可能性が高いところからの情報なんだ。しかし残念ながら、まだ実行犯が特定できない」

 エリックは息を継いで、

「わたしは自分の部下を疑いたくはない。だが確実に誰かがマーシアを殺そうとしているんだ。わたしたちはあと三日しかヒューロンに滞在できない。わたしたちはヒューロンで暗殺が実行されるようにしたいんだ。ヒューロンでなら対処はそう難しくはない。だが宇宙に出てしまえばそういうわけらは行かなくなる」

 エリックは静かに話を聞いているリョウを見た。

「グラントゥールでは戦闘指揮官が戦闘指揮中に殺される率が高いんだ。戦闘指揮を執っているとき、指揮官はグラントゥールの慣習によって何も武器をにつけることはできないんだ。しかも神経が戦闘の方に向いているから、狙われやすい。それはマーシアも変わらない」

「だからマーシアは自分自身を囮にするのか?」

 エリックはうなずいた。

「計画の具体的な内容は掴めているのか?」

「おおよそは。暗殺者は収容所の看守たちを利用すると見ている」

 エリックは新しく赴任してきた所長が鍵だと告げた。収容所の看守任務は、帝国軍では懲罰的な任務となっており、一度この任務を命じられれば、軍での出世は終わってしまうのだ。ただし、任期を終えれば除隊することもできるし、その際には不名誉除隊という形にはならずにそれなりに功労金も支払われる。なにより囚人たちが採掘したセレイド鉱石の収益のむ一部を自分のものにできるのだ。しかしながら軍隊では落伍者であることには違いない。それなのに、あの所長は自ら望んでヒューロンにやってきたという。

「確かにおかしいな」

 リョウは収容所での三年間で何人もの看守たちを見てきたが、誰もが最初は自分の境遇を囚人たち以上に嘆いたものだ。たとえ所長として赴任してきたとしてもそれは変わらない。


「マーシアはどういう計画を立てているんだ? 俺が彼女の横にくっついていたら、マーシア暗殺計画を暴露しようとしている計画の邪魔になるだろう? 内部に暗殺者がいるのなら、俺が銃の携帯許可を受けていること、そして俺の力量を知っているはずだ」

 エリックはうなずいた。

「だからこっそりとマーシアを護衛するんだ。彼女にも見つからずに」

「それは……また難問だな。できると思うのか?」

 エリックはにっこりと笑って、

「できるかどうかが問題なのではないよ、そうするんだ」

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