ヒューロン03
ヒューロン杉が点在する中、不意に建物群が姿を現した。中央のひときわ大きな施設を中心に、大小様々な半円球状の建物が通路でつながり、きれいな幾何学模様を白い大地に描いている。ここは惑星ヒューロンにおけるグラントゥールの活動拠点だった。
そしてそれらの建物群とは少し離れた場所にそれらとは大きさが異なる建物が取り残されたように立っている。他の建物が近くの建物にすべてつながっているのとは違って、そこには向かう通路は一つしかない。
その中にマーシアはいた。
大きな執務机の左右に書類が山積みにされている。マーシアはその隙間からエリックの背に恨めしげな目を向ける。その気配にエリックはドアの前で振り返った。
「そんな顔してもだめですよ。オーヴェンス星域の海賊退治の任務をキャンセルして、ヒューロンに滞在すると決めたのはあなたなんですから」
「だからといって、何もこんなに書類を持ってこなくてもいいだろう。みんなおまえの機動要塞においておけばいいのに……」
「そんなことをしたら、わたしの要塞は書類だらけにっなってしまいます。ただでさえ、わたしも片付けるようにせっつかれているんですからね」
うんざりした顔で紙の山に手を伸ばしたマーシアに、
「どうせいずれは片付けることになるんですよ。この滞在中に少しは減らしておいた方がいいでしょう?」
「おまえも自分の分を持ってきているんだろうな?」
「まさか。わたしの分は軌道上に置いてありますよ」
マーシアが目を細めた。衛星軌道上にはエリックの宇宙機動要塞が浮かんでいる。二人はそれで宇宙を航行しているのだ。マーシアの元に戻ったエリックはにこっと笑って、
「ここでのわたしの任務はあなたの護衛ですからね。グラントゥールの宇宙機動要塞司令官としての職務と、ローデンベルク家当主としての立場はすべてあの要塞においてきています。護衛任務には書類仕事はほとんどないのでとても気に入っているんです」
「ずるいやつだな」
マーシアはエリックを軽くにらむと、右側の一番上の種類を手に取った。
「ところで彼の状態はどうなんですか?」
エリックの視線が、部屋の中央に設けられている仕切りに向けられた。曇りガラス状の仕切りには大きな繭のようなものが置かれている。
「状況はあまりいいとはいえない」
マーシアは書類から目を離すと、手元のコントロールパネルを操作した。曇りガラスの仕切りが床に吸い込まれるように消える。仕切りの向こうから見えていた繭のようなものは、医療機器の一つで細胞再生装置だった。
マーシアはエリックとともに装置の傍らに立った。装置の中は特殊治療液で満たされ、リョウはその中に沈んでいた。この細胞再生装置と特殊治療液はグラントゥールが開発したもので、怪我をして失われた部分を元のように再生するためのものだ。ヴァルラート帝国でも採用されているが、ここにあるものは最新鋭の性能を備えていた。特殊治療液との相性さえよければ、切断された腕をもう一から再生することも可能だ。これほどのものは帝国にはない。
「装置に入ってから、すでに五日目ですね。彼の左腕は再生できたんでしょうか?」
マーシアは装置脇のボタンを押した。二人の目の前にデータが現れる。
「修復率79パーセントですか……」
「タイムリミットはあと二日だ。それ以上は細胞再生装置を使うことはできない」
エリックはうなずいた。細胞再生装置での治療は心臓と肺に負担をかけるのだ。その上細胞再生装置の性能が高ければ高いほど、失われた部分が再生しても死亡するという事態が頻繁に起きる。この機種の場合、七日が治療の限度だった。もしそれまでに細胞再生が完了していなければ、中の人間は治療を開始する時点よりも遙かに危険な状態になるのだ。
「本当の正念場はこれからだ」
細胞再生は終わりに近づくほど、再生のペースは上がり、その分心臓にも負担がかかる。再生中での死亡率は修復率が80パーセントから上がり始めるのだ。
「彼の心臓は耐えられますか? すでに細胞再生治療の前処置の段階で心臓が止まっているんでしょう?」
「二度だ」
「二度も……」
「初めて会ったときは大丈夫そうに見えたが、あの時点で彼の全身状態はかなり悪かったんだ。あのヴァートン博士が頭を抱えるぐらいにな」
「それでも博士は細胞再生治療を開始できるほどの手当をしたというわけですね」
「自分の医術に不可能はないと豪語しているだけはある」
マーシアの言葉にエリックは笑った。
「あなたが帝国兵を殺してまで助け、ヴァートン博士が自分の技術のすべてを注ぎ込んだんです。生還できるといいですね」
「ああ、あとは彼次第だな。生きたいと強く望んでいれば、生き残れるかもしれない」
マーシアがつぶやいた瞬間だった。いきなり細胞再生装置から警報が鳴った。データを示す映像は脳波と心電図を写した。その波形が明らかに乱れている。マーシアはとっさに通信機に飛びついて、
「医務室、至急ヴァートン博士をよこせ」
繭状の再生装置の中では濃厚な特殊治療液の中で黒い影が苦しげにのけぞっているのがぼんやりと映っていた。
※※※
白衣を着た初老の男が胸にぶら下がっている聴診器を持ち上げ、ベッドに横たわっている患者の胸に当てる。病衣をはだけたその胸の傷跡を見て、マーシアは思わずはっと息をのんだ。ヴァートンはおや、とマーシアを振り返った。
「驚くとは珍しい。傷は見慣れているのではなかったかな?」
「戦闘の傷はな。だがこれはそういう傷じゃない」
ヴァートンはうなずくと、よく見えるようにもっと大きく病衣を広げた。
「これは鞭だよ。背中はもっとひどい跡が残っている。傷跡が盛り上がっているんだ。そしてこれは切り傷だ。深く切られた上にろくに手当もされていない」
マーシアの目は脇腹の大きな傷に向けられた。そこだけ皮膚の状態が違う。
「これはやけどの跡だな。形からすると小さなフライパンのようなものを押しつけられたようだ。このケロイドは比較的低い温度でのやけどだろう。ここもそうだ」
彼は別のところに同じような傷を見つけて、マーシアに示した。
「それにここには煙草の火で文字が書かれている」
彼の胸の周りには小さな丸いやけどの跡が規則正しく並んでいた。薄くなったりしている跡もあるがその丸いやけどをたどれば文字が読めるようになる。
「これは『ご主人様、お慈悲を』だな。何という連中だ!」
ヴァートンの言葉には怒りが込められていた。マーシアは薬で眠っているリョウの顔を見下ろした。穏やかな顔に、初めて会ったときの彼の顔が重なる。自嘲的だったし、絶望にうちひしがれてもいた。だがその瞳の奥にはまだ人としての誇りが残っていた。
「連中を皆殺しにしておくべきだったな」
マーシアのつぶやきを聞いてヴァートンは眉を動かした。なんだ? と言いたげにマーシアがヴァートンを見ると、
「彼はまったくの赤の他人で、義理はないはずなのに、なぜそこまで気にかけるのか興味深いな」
「博士、わたしはあなたの観察対象にされるのはあまり愉快ではない。そういうのは実験動物だけにしておいてくれ」
ヴァートンはにこやかな笑みを顔に貼り付けると、
「そういうわけにはいかない。彼もきみもわたしの大切な患者なんだ。あきらめたまえ」
マーシアは一つ大きく息を吐いたが、反論しようとはしなかった。
「どうやら何とか無事に回復に向かっているようだ。ひどく虐待されていたが、彼の体の本質は損なわれていなかったのが幸いしたな」
記録によれば、リョウ・ハヤセは優秀な兵士だった。兵士としては白兵戦が得意で、彼の体はまだそのときに鍛えられた状態のままのようだった。ヒューロンでの食うや食わずの中、激しい労働が筋力を保たせていたのかもしれない。
マーシアの細い指が、彼の胸に触れた。女である自分とは違う感触だ。その指に刺激されたのか、彼の筋肉が震えた。自分が何をしているのか気づいて、マーシアは慌てて手を引っ込める。なぜか顔が火照る。
「男の裸に触れて、赤くなるなんて、かわいいな」
「博士!」
マーシアは思わず声を荒げた。
「わたしは色情魔ではないぞ」
「誰もそんなことは言っていないよ。何より男の裸に興味を持つのは健全な証拠だ。何もいきり立つことはあるまい? みんなとても心配しているんだよ。恋人が今まで一人いないのは少しばかり異常ではないかとね。教育プログラムにどこか欠陥でもあったのではないかと。おまえが興味を持つものといったら、最新鋭の兵器の開発とか、戦闘の状況とかだからな」
「それはフェルデヴァルト公爵も同じだろう。彼はは結婚もしていないし、恋人もいない」
だが、その言葉を聞いたとたん、ヴァートンの表情が曇った。
「フェルデヴァルト公爵にはちゃんと恋人がいたんだ。ただサイラート皇帝が即位する時の継承権争いに巻き込まれて亡くならなかったら、今頃は結婚していただろう。それ以来、彼は自分の責務と結婚した状態だからな。おまえにはそうなってほしくはないんだ。せっかくの人生なんだ。楽しまなくてはな」
マーシアを諭すその言葉は、優しく心に響いた。もし自分に祖父という存在があったなら、こんな感じなのだろうかとも思う。
「わかった。だがな、ヴァートン博士。わたしはあの書類の束を片づけるのに大変苦労しているんだ。その上、恋人などと言う煩わしい人間関係はお断りだ。第一なんだって、グラントゥール人は時々とんでもなくレトロなものを使いたがるんだ? 事務士官がよこす決裁書類はみんな紙でできているし、それにいちいちペンでサインをしなければいけないんだぞ。博士だって、聴診器を使っているし。グラントゥール人は最新鋭の戦艦や、惑星改造システムなど、新しいものが大好きなはずなのに、なぜ書類なんかに紙を使うんだ?」
「それはそれ。これはこれだ」
ヴァートンは聴診器を愛おしげに持ち上げると、
「装置が吐き出す数字をみていると自分が医者ではなくエンジニアになった気分がするんだ。これで患者の体の音を直接聞き分けることが大切なんだよ」
「事務士官もそんな感じなのか?」
「よほど書類仕事がいやなんだな」
ヴァートンは笑いをこらえながらマーシアをみる。
「自らの手でサインすることが大切なんだろう。電子署名ではなくてな。自分の名前を書き込むことでその決済に対する心構えを強いているのだろう」
確かにペンでサインするという行為はまるで儀式のようだが、しかし一つ一つの事案にしっかりと向き合うことになるのかもしれない。
「博士のいいたいことはわかった。だがフェルデヴァルト公爵家の美術品を帝国の展覧会に貸し出すのに、わざわざそこまでの心構えを要求されるんだ?」
そのうんざりした口調にヴァートンが爆笑した。
「フェルデヴァルト公爵家の美術品って、あの変わり者の第九代当主アーサー卿のやつか?」
「ああ、あの丸と三角とかが描いてあるものらしい。子供でもかけるような絵だ」
「運搬費用は全部帝国持ちかな?」
マーシアはうなずいた。
「それなら好きにさせるといい。事務士官は時々くだらない書類を混ぜるんだ。きっとその方が変化があると思っているんだろう。少なくともわたしは笑ったからな」
「よけいなことだな」
ヴァートンはふんと鼻を鳴らすマーシアの肩をたたき、
「まあ、どうせ暇なんだ。つきあってやるといい」
まだ笑っているヴァートンをドアまで送ったマーシアは
「ところで、例の検査の結果は出たか?」
「難しいところだな。許容範囲の上限値ぎりぎりだ。後で詳しい検査結果を提出する。紙ではなく、最新式の電子書類でね」
片目をつぶるヴァートンにマーシアはくすっと吹き出した。
ドアがシュッという音を立てて閉まると、マーシアは大きく息を吐き出した。広い部屋に二人きりだ。とはいえ、一人は意識が戻らず、生命状態をチェックするモニターの規則正しい音が部屋の静けさを強調していた。マーシアが書類の山を減らす為に机に向かおうとしたそのときだ。
「うまいこと話をはぐらすことに成功したようだな」
ちょっとからかうような口調に、マーシアは顔を上げた。ベッドには上体を起こした彼が、穏やかにほほえんでいた。
※※※
「おまえ、いつから目が覚めていた!」
マーシアは思わず声を荒げた。昏睡状態だと思いこんでいたせいとはいえ、気配を感じ取ることができなかったことにマーシアは動揺した。今までこんなことはなかった。
「驚かせてしまったようだな」
「ああ」
素直に答えたあと、マーシアは自分自身、本当に驚いていた。いつもなら感情を見透かされても、それを認めたりはしない。だがこの男はなぜか簡単に、彼女の心の中に入ってくる。それなのに不快感はない。まったく不思議な男だ。
「どこから話を聞いていたんだ?」
「恋人がいる、いないというあたりかな。耳は聞こえていたけど、体がなかなか動かなくてね」
「瞼はあけられただろう?」
「じゃまをしたくなかったんだ。楽しそうに話をしていたようだし。だけどきみのような美人が一人なんて、周りの男たちの気が知れないな」
その言葉に女性に対する嫌らしさはみじんなもないのに、なぜか癇に障った。マーシアは鼻と鼻がふれそうなぐらい顔を近づけるとにやりとして
「重病人に、気を使わせて申し訳ないことをしたな」
と、ささやきながらさりげなく手を彼の肩をつかんだ。そこはちょうど肌の色の変わり目だ。そこから先は細胞再生装置によって修復された場所だ。その境界となるところは感覚が通常よりも敏感になる。軽く掴まれただけで、彼は痛みに息すらできなくなる。
「重病人はおとなしく寝ていろ」
マーシアは痛みあえぐリョウを冷たく突き放すと、通話装置のスイッチに手を伸ばした。
「待ってくれ!」
リョウは肩を押さえながら、振り返ったマーシアを見上げて、
「からかうつもりはなかったんだ。気を悪くしたのなら、申し訳なかった。だが頼むから人を呼ぶ前に、状況を教えてくれ」
マーシアはまじまじとリョウを見下ろした。彼はとても不安そうに見える。いったいなぜ? 原因になりそうなことを思い当たっているうちに、ハッと気がついた。
「あんな些細なことで、わたしが拘束すると思ったのか?」
「違うのか? そのために人を呼ぼうとしたのではないのか?」
「おまえを拘束してどうするんだ? 帝国に引き渡すとでも思ったのか?」
答えを聞くまでもなかった。
「わたしはおまえを保護するといったはずだ。覚えていないのか?」
「あまりはっきりしていないんだ。だが……」
信じられるのか不安だということなのだろう。マーシアには理解できた。まだお互いに出会ったばかりで、お互いに相手がどう反応するのか手探りなのだ。
「安心しろ。わたしは約束は破らない。ただしわたしを信じるかどうかはおまえしだいだ」
リョウの肩から力が抜けた。少しは不安がぬぐい去られたようだ。
「収容所で特に注意しなければならなかったのは何かわかるか?」
不意にリョウが口を開いた。
「看守の機嫌だよ。看守の機嫌を損ねることは命取りなんだ。気に入らない囚人だと見なされれば、食事はもらえない。ただでさえ満足に食べられないんだ。その上、セレイド鉱石の採掘は重労働だからな、眠っているうちに死んでいく奴も多い。もっともそれならまだいい方なんだ。歩き方が気に入らないといわれて、看守たちの退屈しのぎに虐待されるときもある」
「おまえもそうされたんだな」
マーシアは彼の体の傷跡を思い出した。
「俺は体が頑丈にできていたのと、少しばかり要領がよかったから、死ぬことはなかったが、何度も死んだ方がましだと思ったよ」
「だから逃げ出したのか?」
まっすぐに自分に向けられる視線を受け止めたマーシアは、彼の顔に自虐的な笑みが浮かぶのを見た。
「俺たちの意志じゃない。あれは看守たちがわざと逃がしたんだ。もっと正確に言うのなら、追い出したんだよ。狩猟を楽しむためにな」
「狩猟? こんなところに動物はいない……」
次の瞬間、マーシアの顔が険しくなる。
「そうか、獲物は脱走した囚人か……」
その口調には怒りがにじみ出ていた。彼女が自分と同じ感覚を持っていることに、リョウはなぜか泣きたくなるぐらいうれしかった。ヒューロンでの生活で凍り付いてしまった感情が少しずつよみがえってくるようだ。
「だが、囚人を勝手に殺したら、看守たちだって責任を問われるはずだ? なのになぜそんなことをする?」
「食糧問題だよ。宇宙船が持ってくる食料は限られているんだ。人数が多ければ一人あたりの量は少なくなる。その食料ですら、看守たちが横取りするんだ。だから労働効率の悪い囚人を排除をする方が彼らには便利なんだ。囚人が減れば、一人分の食料は増えるし、管理すべき人数も減る。そのうえ狩りまで楽しめるというわけさ。採掘量は生きている囚人をより働かせることで達成できるしな」
リョウは皮肉っぽく笑った。
「看守たちは俺たちを逃がしても、全員確実に殺すことができるんだ。左足に発信器が埋め込まれているからな。逃げられるはずがない。俺もきみに会わなければ、あの時点で死んでいた。そして狩りは終わりだ。あとは刑務局にその月の死亡者数とセレイド鉱石の採掘量を報告するだけでいい。採掘量の確認はするが囚人の確認はしない。この手の収容所は帝国のあちこちにあるからな」
彼はすっかり疲れきっているようだった。細胞再生装置を出てから、今までずっと昏睡状態だったのだ。本来なら意識を取り戻しても体を起こすことなど不可能だ。彼の生命力はかなり強い。だからこそ、収容所の虐待を生き延びたのだ。
「ほかに知りたいことはあるかい?」
「いや」
あとは自分で調べればいいことだ。彼の体の状況から、リョウが偽りを言っているとは思わないが、それでも確認する必要はある。
「俺の状況を教えてくれ」
戦士として、自分の体に起こったことを把握しないと落ち着かないのは、マーシアにもよくわかる。
「ここに運び込まれたとき、おまえはほとんど死にかけていた。出血もひどかったし、なにより凍傷が特にひどかった。左腕と足は切断するかどうかの判断を迫られたが、ここにはヴァートンという細胞再生治療にかけては帝国一といえる腕前を持っている医者がいる。そのおかげでおまえはまだ生きている。腕はほとんど細胞を入れ替えた状態だ。以前のように使うなら、かなりの訓練が必要だな」
リョウは色の変わった自分の左腕を掲げて見た。
「俺はどれくらい再生装置の中にいたんだ? ひと月か?それともふた月か?」
帝国に使っている平均的な細胞再生装置なら、それぐらいの時間がかかっても当然だろう。それでもこのように完璧に治ることはない。
「七日間だ」
「七日間……たったそれだけでここまで治ったのか?」
仰天しているその顔にマーシアは笑いかける。
「帝国のポンコツと一緒にするな。ここにある装置はグラントゥールの中でさえ、最新のものなんだ。すなわち、宇宙一の装置と言うことだ。ただし、最新の治療装置は、七日以上使用することはできない」
「なぜ?」
「急速な再生は心臓や肺に重大な影響をもたらすんだ。そして免疫機能にもな。実際再生治療に移る前処置の段階で、おまえの心臓は止まったし、装置の中にいたときも心臓が止まった。生きるか死ぬかぎりぎりの状態だったんだ」
「俺は何度もきみに命をもらったということになるな」
マーシアはリョウを見下ろした。今にも眠りそうだ。
「気にするな」
マーシアが言い終わるよりも早くリョウは眠ってしまったようだ。
そこへこの施設を管理している司令室から呼び出しが入る。マーシアは個人用の通信機を開くと耳を当てた。たちまちその顔が険しくなる。
「引き渡しに応じることはつもりはないと伝えろ。たとえサイラート帝が直接言ってきても無駄だとな」
通信機をしまったマーシアは、ヒューロンで初めて訪れたであろう安らかな眠りに無防備に浸っているリョウの顔を見下ろした。つくづく不思議な男だと思う。体が弱っているとはいえ、彼も一流の戦士だ。それなのに警戒もせず、自分を信じきってくれているとは……。マーシアは自分の右手に視線を落とした。初めて会ったとき、「生きたい」と望んだ彼にこの手を差し出した。彼は右腕しかまともに動いていなかった。その手を預けたのだ。まだ彼に握りしめられたときの感触が残っている気がする。口元に優しい笑みを浮かべると、マーシアはそっと彼の乱れた前髪を直す。とっさにしてしまったことが、なんだか少し気恥ずかしい。
「私らしくないな」
自分を揶揄するようにつぶやいたマーシアは彼にそっとささやきかけた。
「ゆっくり休むがいい。誰にもおまえの邪魔はさせないから……」