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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン29

 訓練室から男たちが続々と吐き出されている。その中でも特に若い連中はひどく息をはずせませていた。

「ずいぶんとしごいたようだな」

 若い兵士たちと同じようにシャワー室に向かっていたリョウは立ち止まった。目の前に立ちふさがったのはダレスだ。

「だが連中も喜んでいるだろう。俺を倒したあんたに教わるんだ」

 ダレスはそういうと豪快に笑うと、改めてリョウを見下ろし、

「それにしてもあんたがあんな鬼教官に変貌するとはな」

「グラントゥール人はどちらかというと白兵戦闘が苦手のように見えたからな。少し力を入れたのさ。白兵戦は戦いの基本だ。まずは自分の身を守れないとな」

 あんたの言うとおりだと、ダレスは大きくうなずいた。

「最近は艦隊戦が多いからな。主砲を喰らえば爆発して終わりという戦いだ。だが我らグラントゥールのもともとの戦い方は、敵艦に乗り込んで戦う白兵戦だ」

「私たちは海賊ですからね。敵艦に乗り込み、艦を奪い、人質を取って身代金を得るか、物資を強奪するのが仕事でしたから」

 そう答えたのはロンドヴァルトだ。

「だが今のきみたちにそんな様子はないな。宇宙に一大勢力を張る軍隊だ」

 ダレスとロンドヴァルトはお互いの顔を見やった後

「一見そう見えるだけですよ。わたしたちの本質は変わりません」

 と断言する。

「それにしてももっと早くあんたのことを知っていればよかったよ。そうしていれば、あいつらももっと多くのことを学べたんだろうが……」

 若い兵士たちを視線を向けてつぶやいたダレスは向き直って、

「レディは何も言っていないのか?」

「なにをだ?」

「決まっているだろう。あんたの去就だよ。俺としてはあんたが俺たちと同じグラントゥールの一員となってくれるとうれしいんだがな。兵士たちはあんたからいろいろと学べるし、なによりあんたは戦力になる。レディがあんたを収容所に戻すつもりでいるのなら、俺が直訴するぞ。あんたが必要だってな」

「ダレスっ!」

 ロンドヴァルトが咎める。

「別に剣を向ける訳じゃない。ただ意見を言うだけだ。グラントゥールでもそれは許されている。そうじゃなければ俺たち下っ端の考えが上の連中に伝わらないだろうが!」

「確かにそうだが……」

「上の判断が間違っていたら下の者がそれを糺す。それが俺たちグラントゥールだ」

「もちろんその通りだ。だがまだレディはどんな判断もしていないんだぞ。それを推測して私たちが判断することはできないだろう」

 形勢は一気に逆転したようだ。

「マーシアは無慈悲な人じゃない。ちゃんと提案は受けている。それより俺たちが訓練室を使った後はきみの番じゃないのか? 確かスケジュール表にはそう書いてあったが」

 ダレスはあわてて時計を確かめる。

「今日は久々にエリック卿と試合をするんだった」

「それは遅れるとまずいよ。急いだ方がいい」

 ロンドヴァルトにいわれまでもなく彼は訓練室に向かって走り出すと飛び込むように中に入った。


「相変わらず目の前のことしか見えていないんだからな」

 ひとりごちたロンドヴァルトは温かくダレスを見送った視線をまっすぐリョウに向けた。

「彼をうまく追い払いましたね」

 ロンドヴァルトは共犯者のような笑みを浮かべて言った。

「追い払った覚えはない。ただ俺は事実を言っただけだ」

「たとえそうでも、彼にはあれ以上追求されたくなかったのでしょう。あなたに負けてからのダレスはすっかりあなたの信奉者になってしまった。彼はあなたと一緒に戦いたくて仕方がないんですよ。だからレディにあなたを連れて行ってくれるように直訴までしようとする。先ほどもいったように、彼が自分の意見をレディに言うのは別に禁じられてはいませんけどね。でもあなたは自らその話が提案されていることをダレスに告げた。しかしそのことをあまり追求はされたくなかったのでしょう? レディの提案はダレスが考えているほど単純なものではなかった。違いますか?」

 リョウは小さく息を吐き出した。ロンドヴァルトはすべてを見抜いているようだ。

「グラントゥール人にはまるで二種類のタイプが存在しているみたいだな」

 不意に話が変わって、ロンドヴァルトが首を傾げる。

「ダレスのように一つのことに夢中になり、また一度受け入れれば完全に仲間としてみてくれる者たちと、にっこり笑ってはいるが、どこか今一つ掴みづらい者たちとにな」

 ロンドヴァルトは軽く声を上げて笑った。

「強いていうなら、わたしは後者の方ということですね」

 リョウははっきりうなずく。

「それは仕方ありません。わたしはいずれ一族を束ねる身なので。ダレスのように自分の身の回りのことだけ考えていればいいという立場ではありません。自分の胸の内をすぐにあからさまにすることはできないんです」

 ロンドヴァルトはひたとリョウを見据えると、

「レディはあなたをヒューロンから連れ出せした上で、自由に手に入れることができると告げたのでしょう。ただしそれには条件があるのではありませんか?」

 ロンドヴァルトの勘の良さにリョウは感心しながらも答えなかった。

「でもその条件はあなたには飲むことが難しい。だから悩んでいるんでしよう?」

 リョウはハッとしてロンドヴァルトを見た。

「だって、ダレスとの戦いの前と後ではあなたの様子が少しばかり変でしたから。ダレスは気づいていないですけどね。私たちが出立する頃合いからみて、そうではないかと推測したんです。レディがここまで面倒をみたあなたをあっさりと放り出すはずはないですから」

 ロンドヴァルトは内緒話をするようにリョウに体を寄せると、ささやいた。

「なにも悩む必要はないようにわたしには思えますが、あなたはまじめなんですね」

 彼は言葉を切った。

「なぜレディを利用しないんです? 宇宙に出てあなたが自由になった後の行動を、誰が見張っているというんです? 約束違反をしたといってレディが追いかけてくるとは思いませんけどね」

「きみはマーシアの条件を知っているのか?」

「いいえ、でも想像はつきます。あなた自身に問題があるのなら、あなたをここまで保護していないでしょうから、問題はあなたではない。わたしにもあなたのことを調べる権限はありますからね。調べた結果を考えると、問題はあなたの仲間たちです」

「マーシアはニコラスたちを自分の敵だと言った……」

 リョウはマーシアの言葉を思い出すようにつぶやいた。

「問題は彼らの後ろにあるものです。わたしはそれがレディの敵だということを知っています。だから推測できたんです。レディの出した条件がね。ただ一つだけ理解していてください。彼らは今のところグラントゥールの敵ではありません。ただレディの敵だというだけです。そしてあなたのことも今の段階ではレディの個人的な問題でしかありません。レディが望めば、わたしたちはあなたを宇宙に連れていくでしょう。しかしわたしたちから離れた後、あなたがなにをしようと追跡する義務はないのです。なぜならわたしたちが、レディの個人的な問題に首を突っ込むいわれはないからです」


 マーシアの個人的な問題――その突き放した言い方がリョウの勘に障る。

「その個人的な問題に君たちは三ヶ月近くもつきあわされているんじゃないのか?」

 ダレスとエリックの練習を見ようとリョウの元を離れたロンドヴァルトにリョウはそう返した。彼らがヒューロンに滞在していることにうんざりしているのははっきりとわかっていた。何しろつい先頃まで冷たい視線を浴びせられていたのだ。

「うんざりしていなかったとは言いません。ダレスがあなたを受け入れるまではね。しかし本当にそれがいやなら転属願いが出ていますよ。でもそんなことはない。誰もがレディの判断を信じているんです。レディがどういう意味であなたを助けたのかわたしたちは知りません。たとえ気まぐれでもレディがそうしたいというのならかまわない。レディの意志に従うことはわたしたちの意思です。またこの件をレディの個人的なことにしておいた方が、あなたのためでもあるんですよ。グラントゥールは約束を違えた裏切り者を容赦するほど寛容ではありませんから」

 訓練室に向かったロンドヴァルトは不意に振り返って、

「早くシャワーを浴びにいったらどうですか? 汗くさいし、風邪を引きますよ」

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