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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン28

 しぶとい。

 リョウと向き合ってからいったいどれだけの時間がたっただろう。リョウに斬りつけたソードが寸前でかわされる度にダレスは怒り狂った。だが不思議なことに頭の一部はは冷静さが戻っている。

 ダレスは、あえて降りかぶったソードがよけられるのを承知で、そのまま振り下ろした。その攻撃をかわすためにリョウの体が右に流れた。次の瞬間、ダレスは勢いのあるソードを止め切っ先を上に返すと移動したリョウの頭に向かって振り下ろす。今まで一辺倒のソードの使い方しかしていなかったダレスとは思えないほどの切り替えだ。それに対し、重心の移動によって体勢が崩れたその一瞬を狙われたリョウは躱すことができない。とっさに重心を体の中心に持っていき、両手のソードを頭上で交差させた。次の瞬間、強い衝撃が両腕に伝わる。彼は腹に力を入れてダレスが振り下ろしたソードを持ちこたえた。さすがに並の力ではない。

「受け止めたか……なかなかやるじゃないか」

 ダレスは飛び退りながらソードを構え直した。リョウも正面から対峙するつもりで、ソードを構える。ダレスが単純な男でないことはこれでわかった。リョウの中にふつふつと戦士としての闘志が沸き上がってくる。

 そして再び流れるような戦いが始まった。


 重厚なダレスの攻撃をリョウはかわすだけでなく、絶え間なく攻撃を掛けていた。リョウの動きは俊敏だった。ダレスのように重い打撃でなくとも、繰り返し同じところに正確に繰り出されるソードによる衝撃は次第にダレスの顔に苦痛の色を浮かべさせた。

 そしてついに巌のようなダレスの体がわずかに傾いだ。リョウはその一瞬を見逃さなかった。もちろんダレスも自分がどういう体勢になったのか瞬時に理解し、次の一瞬ですべてが決まると悟った。

 その瞬間、二人の体から目に見えぬすさまじい力があふれ出す。そして裂帛の気合いとともに互いのソードが相手めがけて動いた。

 二人の体が交差する。リョウの右手からソードが落ちる。意識を取り戻していたダレスの部下たちが息をのんだ。ダレスがうめき声を上げ、崩れ落ちる。リョウは右手をだらりとたらしながら、振り返った。勝負は誰の目にも明らかだ。


「全くあんたははとんでもない野郎だよ」

 しばらくして、倒れたダレスが声を出した。彼はうつ伏せの体を返し、上体を起こした。まっすぐリョウを見つめる瞳にはすでに敵意はない。

「華奢な体のくせに、この俺を打ち倒すとはな。あきれるぜ」

「華奢……」

 戦いに負けてとたんにぞんざいになったダレスの言葉にリョウは少々驚いていた。だがそれは言葉にではなく、華奢だといわれたことに対してだ。彼の体は決して華奢ではない。確かにぼろぼろの状態からようやく元に戻ったが、三年間の過酷な採掘作業で彼の体は帝国軍にいたときよりも鍛えられていた。特に持久力はかなりついている。もっともそうでなければ、生き残ることはできなかったのだが。リョウは改めてダレスを見下ろした。巨漢のダレスから見ればリョウの体は華奢なのだろう。

「だがあんたと戦えてよかったよ。俺はここまで打ちのめしてくれた男はそういないからな」

 ダレスはそう豪快に笑うと、部下の手を借りて立ち上がった。


「一つ約束してもらえるか?」

「なにをだ?」

「機会があればまた俺の相手をすると」

 リョウはダレスをじっと見つめた。そこには純粋に手合わせをしたいという思いだけが感じられた。彼はどうやらリョウを受け入れてくれたらしい。

「わかった。約束しよう」

 ダレスはその言葉に満足そうにうなずくと、戦いの勝者に向かって、グラントゥール流に胸に手を当てて敬礼をした。次の瞬間、彼の部下たちが姿勢を正し、敬意を払った。リョウはその中を静かにドアに向かっていった。


 ドアが完全に閉まる気配を背中で聞いたリョウは大きく息を吐き出し、通路の壁に体をもたれさせた。勝負を挑まれた者の意地で、リョウは平然と訓練室を出たが、本当はこのまま座り込んでしまいたいぐらい疲れ果てていた。それほどの戦いだったのだ。戦いにおいてダレスは超一流だ。かろうじて勝てたのは、収容所での暮らしが生きることへの執着を強くさせ、また運が彼よりもよかったにすぎない。

「ずいぶん、へたり込んでいるな」

 リョウは目を開け顔を上げた。目の前にマーシアが立っていた。後ろにはもちろんエリックがついている。

「見ていたのか?」

 マーシアがコントロールルームからやってきたのだと気づいた。

「あの男は……」

 そういいかけてマーシアは口ごもった。

「マーシア、彼は……」

 リョウは少しばかりとがめるように口を開いたが、すぐにマーシアの手が上がって彼の言葉を押しとどめる。

「たしかダレス……ダレス・ハンストロームといったな」

 そうだとうなずいた。ふとエリックを見ると、彼はひどく驚いていた。

「名前を覚えたんですか? あなたが?」

 それはよほど意外なことだったらしい。マーシアはむっとした顔でエリックをにらんだ。

「そいつのせいだ。おまえの部下ならわたしの部下も同然なのだから、名前ぐらいきちんと覚えろと、怒鳴ったんだ」

「ああ、あのとき……」


 エリックもハーヴィが人質に取られた一件で、彼とマーシアのやりとりを思い出したようだ。

「俺はそれが当然だと思っていたんだが……。何しろ部下は俺の命令を実行する為にいるんだ。そのために命を落とすこともある。それだけはどうやっても避けて通れないときだってあるんだ。せめて名前だけでも覚えているべきだと俺は考えている。グラントゥールでは違うのか?」

 揶揄するような口調をエリックは軽く受け流した。

「グラントゥールでは人それぞれだよ。いろいろと事情があるからね」

 リョウの知らない何かをまるで自分を知っているんだと言いたげな口調に、彼は眉をひそめた。エリックが知っていて、俺が知らないマーシアのことがあるのだろう。

「肩が痛むようだな」

「ああ。すごい一撃だった」

「ダレスはエリックの部下たちの中でも一、二を争う猛者だ。それを倒した以上、おまえの噂は瞬く間に広がるな」

 とマーシア。

「それはそうだろう。俺たちの戦いはこの館中で見られるようにしていたと、確かロンドヴァルトがそういっていた」

「そこからグラントゥール中に伝わるんだ。ダレスはグラントゥールの中でも勇猛でならしていたからね。マーシアに保護された死に損ないの男がその彼を戦いで倒したと聞けば、誰もがきみに注目する。この戦いを見たわたしの部下たちはあなたを受け入れるだろう。でも話を聞いただけの者たちはあなたの腕を試したがるな。自分で確かめないと納得しない連中も多いから」

「じゃあ、これからもこんなことが続くのか?」

 リョウはうんざりした。必要以上にこんな命がすり減るような戦いはしたくはない。ここは戦場ではないのだから。

「挑戦することと、その挑戦を受けること。それはグラントゥールの宿命だ」

「マーシア、俺はグラントゥール人じゃないんだぞ」

「だが、彼らに受け入れられた以上、彼らはおまえを自分たちの仲間と見なすだろう。すなわちグラントゥール人とな。おまえがどう考えようとそんなことは彼らには関係ない」

「俺の意志は無視なのか?」

 マーシアはうなずいた。

「きみが自分はグラントゥール人ではないというのなら、それでかまわないんだ。わたしたちにはそれはどうでもいいことだから」

 エリックのだめ押しにリョウは深くため息をついた。

「挑戦されたら受けた方がいい。下手に逃げるとおまえに敗れたダレスの評価も下がる」

 マーシアの言葉に顔を上げたリョウは静かにうなずいた。ダレスと戦ったのもマーシアの名誉を守るためだった。そしてダレスに勝った自分がその後の戦いから逃げていたら、結局マーシアの名誉まで汚すことになるのだ。


「肩を早くヴァートン博士に診せた方がいいぞ」

 肩を強打された腕はまだしびれがとれない。

「だが左側でなくてよかったな」

 マーシアがにやりと笑った。その意味を瞬時に理解してリョウも思わずほほえむ。

「左側だったらどうなっていたんだと思う?」

 マーシアが指を二本立ててリョウに突きだした。うん? と首を傾げる。

「二時間の説教だな。しかも立ったままで」

 思わずギクリと頭をのけぞらす。それは遠慮したい。その顔を見て、マーシアが吹き出す。えっと驚いた顔をしたのはエリックだ。

「とにかく早く診せろよ」

 マーシアはそう告げるとリョウに背を向けた。その肩がまだ震えているように見えるのは、笑っているのだろう。


「マーシア」

 マーシアが通路の半ばまで歩いて行く途中で、彼は思い切って呼び止めた。その重く真摯な口調に気づいたマーシアが静かに振り返る。そこに笑みはない。

「いつ出発するんだ?」

 マーシアはリョウをしばらく見つめた後、口を開いた。

「一週間後だ」

「一週間……」

 マーシアはうなずく。

 一週間が過ぎれば、彼は再び囚人として収容所で死ととなり合わせの生活に戻らなければならないということだ。自由はすべて失われ、ただ帝国のためにセレイド鉱石を採掘するためだけの存在となるのだ。リョウは冷たい汗が体から噴き出すのを感じた。あの生活がどれほど過酷で屈辱に満ちたものか知っている。なによりここの温かく優しい生活に慣れた今、再び戻るのは恐怖にも近いものがある。そんな思いを読みとったのかマーシアは沈黙を破るように

「おまえが望むのなら、おまえを宇宙に連れていくこともできる」

 マーシアの口調は不思議と何かいいにくい何かがあるような感じがした。

「俺は帝国に反逆した囚人だぞ。そんなことは無理だ」

 不意にマーシアの顔に不敵な笑みが浮かぶ。


「わたしはグラントゥールの人間だぞ。帝国に反逆した囚人を自由にしたところでサイラート帝には何も言わせるつもりはない」

 マーシアはそういい放つ。相変わらずの強気だ。実際そうなのだろう。では一体何が彼女を躊躇させたのだろう。

「問題があるんだな?」

 リョウの指摘にマーシアは小さく息を吐く。

 彼の言葉にマーシアは言い迷っていたものを吹っ切ったようだ。

「その通りだ。おまえを宇宙に連れていくことは簡単だ。そして自由を与えることもな。だがそれには一つだけ条件がある」

 リョウはマーシアを見つめて、次の言葉を待つ。

「かつての仲間と完全に手を切れ。宇宙に出た後いっさい連絡を取ることもするな。彼らはわたしの敵だ」

 有無をいわさぬ声だった。

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