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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン27

 リョウは特別訓練室の中央に立っていた。

 前回ここに立ったときには、マリダスそっくりの街並みがあったが、今は何もない。広く殺風景な空間が広がっているだけだ。リョウは手にしているエネルギースティックを軽く握り直して感覚を研ぎ澄ます。スイッチを入れれば、スティックの先からエネルギーが凝固しも刀身の形で現れる仕組みだ。銃は職務上必要なときか、または上級指揮官によって許可をされた者しか携帯できないグラントゥールの兵士にとって、このエネルギーソードは一般的な装備だ。もちろん帝国軍でも標準装備品だ。白兵戦には必需品とされ、リョウもまた帝国軍の兵士として訓練を受けている。彼にとってもなじみの武器といっていい。


 不意に訓練室の空気の流れが変わった。ドアが開いたのだろう。振り返るとダレスを先頭に十人ほどが整然とこちらに向かってやってくる。彼らは皆、戦闘中に着用する上下一体化したスーツを着ている。もちろんリョウもここにくる前に、ロンドヴァルトから受け取った戦闘用スーツに着替えていた。素材は軽く、身につけていることが全く気にならない。要するに体の動きを邪魔することのない上等なスーツなのだ。ここにも帝国とは違うグラントゥールの精神が現れている。


 ロンドヴァルトによれば、この戦闘服は特別訓練用に改良されているという。またエネルギーソードも特別訓練専用らしい。特別訓練用のソードの攻撃は訓練用の戦闘服スーツによって、電撃に変化するのだ。体は切断される代わりに電気ショックを受けることになる。そしてその攻撃力が強くなればなるほど受ける力も強くなり、一時的な麻痺になって戦闘ができなくなるのだ。そしてカウント内に動くことができなければ、死亡と見なされる。


「準備はよろしいですか?」

 天井の方からマイクを通じてロンドヴァルトの声が響く。リョウもダレスたちも一斉にうなずく。

「やり方は帝国軍の訓練と全く変わりません。ただ衝撃が本物により近いと言うことをのぞけば、ですが。なお、戦いの継続が不可能と感じた場合は、速やかに降伏してくださってもかまいません。そうでなければあなたが気を失うまで戦いは続きます。また最大限の注意は払いますが、この訓練で死者がまったく出ないと言う訳ではありません」

「わかった、俺も十分に注意する」

 リョウはカメラのありそうな方に向かって答えてから、ダレスに問うた。

「それでどうするんだ? 一人ずつかかってくるのか? それとも全員か?」

「ずいぶんとでかく出たな。こいつらは俺の部下の中でも優秀な戦士たちだ。貴様なんかひとひねりだぞ――おい、おまえが先鋒だ」


 ダレスに指名された男がリョウの前に進み出てスティックのスイッチを入れる。スッと光が伸びる。リョウのスティックからも青い刀身が伸びた。

 次の瞬間、リョウは男のソードを受け止める。一見してリョウが押されているように見えた。男の顔には余裕の笑みが浮かんでいる。だがあえて防戦に回っていたリョウは男の癖を完全に把握した瞬間、鋭い一撃をがら空きになっていた脇腹に打ち込んだ。男の体が硬直し、崩れ落ちる。劣勢に見えていた状態からの反撃にダレスたちが唖然とする。


「次は誰だ?」

 その言葉につられるように別の男が前に出た。今度は自分の癖を読まれるのをおそれてか、すぐにはかかってはこない。互いの体から放たれる気と気が、完全に拮抗している。動くに動けない状態に見えるが、時間がたつにつれ、男の肩が上下し始めた。リョウはソードを動かす。その攻撃を受けようとした瞬間、再びリョウのソードは変化し男のソードをを持つ手を斬りつけた。電撃により、男はソードを取り落とす。リョウはその男の喉元に切っ先を突きつけた。ソードを拾い上げようとしていた男は中腰の姿勢で動きを止めた。

「まだ続けるか?」

 リョウは穏やかに男に尋ねた。ぎりりと悔しさに奥歯をかみしめる音が聞こえそうだ。しばらくリョウをにらんだ末、男は息を一つ吐く。

「俺の負けだ。降参する」

 男はそろそろと両手をあげる。リョウは少しばかり切っ先を引くと、足下に転がっているエネルギーソードの柄を蹴り出した。



※※※


「瞬く間に二人も倒してしまいましたね」

 笑みを含んだ声にロンドヴァルトははっとして振り返った。特別訓練室のコントロールルームに入ってきたのは、エリックだけではなかった。

「レディ!」

 ロンドヴァルトはあわてて立ち上がる。

「わざわざご覧になりにいらっしゃたのですか……」

 思わずつぶやいた彼に、マーシアは座るように言い、

「直接見てみるのも悪くないと思ってな」

 と答えた。ここでの映像は、館内のどこでも見られる状態にしている。だから手の空いている者は、食堂や娯楽室などで見ているはずだ。ふつうならいちいち訓練の映像などを配信したりしないのだが、この一件はすでに多くの兵士たちにも興味を持って知られており、誰もが注目していたのだ。もちろんマーシアも部屋で見ることはできる。わざわざくる必要はないのだが……それだけ気になるということなのだろうか? そんなことを思いながらロンドヴァルトは再びダレスたちの戦いに目を向けた。今、四人目の男が倒されたばかりだ。時間はいくらもたっていない。

「どうせなら、全員でかかってきたらどうだ?」

 マイクがリョウの声を拾う。

「貴様……いいだろう、行け」

 ダレスが怒り心頭なのがその口調からわかる。自慢の部下が瞬く間に倒されていくことに屈辱を感じているのだ。彼らは後でたっぷりとダレスにしごかれることになりそうだ。ダレスのしごきはエリック卿の部下たちの中で有名だった。下手をすれば二、三日動けなくなることもあるのだ。その彼の暴走を押さえるのもロンドヴァルトの仕事といってもいい。


「さすが六人を一度に相手をするのは彼にしても困難でしょうね」

 ロンドヴァルトは答えを求めるかのようにマーシアを振り返った。その彼女が口元に笑みを浮かべている。

「銃ではないからな」

 銃ではない? ロンドヴァルトは首を傾げた。

「銃は遠距離攻撃用のものだ」

 ロンドヴァルトはうなずいた。そんなことはあえて訊かれるまでもない。

「距離をとり、六人が同時に引き金を引いても攻撃者側には心理的負担はない。だがソードは白兵戦用の武器だ。とはいえ、それなりの長さがある。柄の近くで突き刺すことは不可能だし、斬りつけることも難しい。ソードで一番重要な部分は刀身の中程から切っ先にかけてだ。要するにそれだけの距離が必要なんだ。そして味方を傷つけないためにも味方同士の間でも最低限の距離が必要となる。ましてや一人の人間に向かっていくのだ。その分、互いの距離も短くなる。また味方といっても全員が同じ動きをする訳ではない。どうしても周りにも気を配る必要がでてくる。むしろ六人同時に攻撃を仕掛けるよりも、それぞれの方向から波状的に攻撃を掛ける方が効果があるんだ。リョウはその波状攻撃に耐えられるかどうかが勝負の鍵になるな。しかもまだあの男が残っている」

 マーシアは心配とはほど遠い口調でつぶやくと、エリックを見た。


「わたしの部下の中でも彼は戦士としてかなり役に立ちます。耐久力がある上に破壊力も普通ではありませんからね」

「もし彼が負けたらどうするのですか?」

「別にどうもしない。それが彼の実力だからな」

 エリックがマーシアの言葉を補うかのようにロンドヴァルトを促す。

「リョウはすでに五人もの人間を倒している。それに今も一人倒した」

 ロンドヴァルトは振り返ってカメラが映し出す映像を見た。確かに彼の周りにいるのは六人が四人にまで減っている。しかもダレスが今にも飛び出したい様子を見せている。飛び出していかないのは彼の戦士としてのプライドが押しとどめているのだ。ロンドヴァルトには彼が舌打ちしているのが聞こえそうだった。部下たちの不甲斐なさと同時に、今すぐにでもこの男と戦いたいという思いにじれているのだ。


 リョウは向かってきた男のソードを己のソードで受け止めると同時に、横から近づいてきた男に視線を向けた。そのとたん、その迫力に圧せられた男は思わず動きを止めてしまう。次の瞬間、リョウはソードを打ち合わせていた男を激しく攻撃し、勢いに押された男の肩を斬り下げだ。男の手からソードが離れる。リョウはそのソードを左手で拾い上げると、二方向から向かってきた男たちのそれをそれぞれ受け止めた。

「彼は両手使いなんですか?」

 日頃の生活から利き腕は右だとはかりロンドヴァルトは思っていたのだが、今のリョウは左手でも右手と同様にソードを操っている。左手のソードを押し戻すと同時に相手を蹴り倒す。ソードを逆手に持ち変えて、背後から迫ってきたもう一人の体に突き立てる。実際は切っ先が触れたとたんとたんコンピュータがそういう状況であることを判断し、スーツを通じてショックを与えるのだが、その一撃はかなり強烈で男は気を失った。その間も右手側の男は攻撃に転じようとしたのだが、なぜか呪縛されたかのように動けずにいた。リョウが誘うようにわずかにソードを引く。そのわずかな隙をついて、男はリョウに斬りかかるが、これもあっけなく床の上に転がされてしまう。その返すソードで、リョウは残りの二人を瞬く間に屠った。


 両方の手に剣を提げたままリョウは、呆然としているダレスに向き直った。

 ダレスにしてみれば、リョウと戦いたいという者たちの中でも特に腕の立つものを選んだはずだった。それなのに十人とも、リョウにはほとんど衝撃を与えることもできずに敗れてしまったのだ。ダレスはリョウの視線に気づいて顔を上げた。十人を倒しても勝ち誇るでもなく、まるで大したことでもないかのような表情にダレスの顔が怒りに紅潮した。

「貴様ら、いつまで伸びている気だ! とっとと起きろっ!」

 最初に倒された男たちがようやく意識を取り戻していた頃だった。彼らは頭上のダレスの声に跳ね起きる。そして自分の仲間たちが倒れていたことを知り、愕然としてリョウを見上げる。

「なにをしているっ! すぐにそこをあけろ」

 再びダレスの怒鳴り声。意識を取り戻した彼らはあわててまだ気を失っている仲間たちを引きずりダレスの後ろに回った。

 ダレスはゆっくりとリョウの元に近づいてくる。

「俺の部下を十人にも倒したんだ。少し休みをやろう。俺としても疲れはてた男と戦うのはごめんだからな」

「その必要はない」

 リョウは冷ややかに返した上で、ダレスを見やり、

「だがおまえが休みたいというのなら、止めはしないが」

 まさにダレスを侮るような口調に彼はうなった。

「貴様、いわせておけば!」

 次の瞬間、ダレスはエネルギースティックをベルトから引き抜き、スイッチを入れた。青い光の刀身が伸びきったと同時にダレスが斬り込んできた。リョウはソードを構えなかった。ただぎりぎりまで待って、寸前のところでひらりとかわす。


「挑発している?」

 やりとりを聞いていたロンドヴァルトは驚いたようにつぶやいた。

「怒り狂ったダレスとまともにやり合って勝てる相手はそうそういないのに……」

「リョウは採算のとれない計算をする男ではない」

「では勝算があるというのですか? あの体で全力を尽くして戦えば、ダレスは二時間以上は戦い続けられますよ」

「だが挑発されて怒り狂えばよけいな体力を消耗する。あの調子では二時間も戦い続けるのは無理だろう」

 ロンドヴァルトはマーシアから再びダレスに目を移した。たしかにダレスはいつもよりも攻撃の仕方に余裕がない。攻めに攻めているという感じだ。その点リョウはソードをあわせることもなく躱し続けている。それがダレスの神経を逆なでしている。だがリョウも一瞬の遅れが致命傷になることはわかっているはずだ。ダレスの打撃は今まで彼が相手にした兵士たちとはけた外れのパワーを持っているのだ。あたりどころが悪ければ一瞬で気を失う。しかもダレスの体はその手の打撃にはかなり強い。多少の打撃などものともしない体だった。


「だが我を忘れるほど挑発に乗るような愚か者なら、ここにいることはないだろうな」

「マーシア。きみはどっちを応援しているんです?」

 マーシアはエリックを振り返って、

「わたしは勝った方を応援する」

 とにこりと笑った。エリックも笑って応じる。

「それはずるいですね」

「そうか? わたしはそうは思わないが」

 ロンドヴァルトは思わず目を丸くしていた。ロンドヴァルトは、比較的マーシアの側で働くことができるが、それでもエリックたちほど近くではない。彼やダレスが見るマーシアはいつも凛としていて、戦いに行く者たちに勇気を与えるような、戦女神のような存在だった。それが今、エリックに向かってとはいえ、超越したような感じではなく、まるで普通の人間のよう笑っていた。それがとても珍しく、何か特別なものを見たような感じだ。

 ロンドヴァルトは再び視線をダレスに戻した。この話をダレスにしたら、彼は信じるだろうかと思いながら。


 戦いはまだ続いていた。

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