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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン24

 リョウは一度目を閉じた。そして再びマーシアを見つめる。

「きみが直接指揮を執ったのか?」

「そうだ」

「だがなぜ?」

「なぜ?」

 マーシアが聞き返した。

「当然だろう? わたしはグラントゥールの人間だぞ。部隊を率いて戦闘指揮を執る権限を持っている。忘れたのか? グラントゥールは帝国側にたっているんだと言うことを」

「忘れた訳じゃない。だがおれは、きみがサイラート帝には親近感を抱いていても、帝国自体には否定的な感情を持っていると感じていた。それは違っていたのか?」

「わたしは今まで、帝国の存在を否定したことがあったか?」

 逆に聞き返されて、リョウははっとした。確かにマーシアが明らかに帝国を否定したことはない。ただリョウが彼女の言葉のニュアンスからそう感じ取っていただけなのだ。


「おまえは勘だけは鋭いな」

 自信をなくし視線を落としていたリョウは思わず顔を上げる。

「どういう意味だ?」

 マーシアは立ち上がり、強化ガラスの壁の前にたち、外の景色に目を向けた。光の具合でその壁には戸惑っているリョウの顔が鏡のように映っていた。その彼に向かってマーシアは言葉を続けた。

「おまえが言ったことは間違っていないと言うことだ。わたしはサイラート帝のことはとても好きだ。尊敬さえしている。だが、この帝国は彼一人ではもはやどうにもならないところまできている。国家には寿命があるように思う。帝国が成立するきっかけは銀河連邦政府があまりにも腐敗していたからだった。人々はそうではないものを望んだ。そしてその結果として今の帝国が興ることになった。だが今、その帝国もあまりにも大きくなりすぎて、末端まで目が行き届かなくなっている。しかも特権ある者はその義務を忘れて権利だけ行使しようとしている状態だ。立て直すことはかなり困難だろう」

 マーシアは振り返ってリョウをみた。リョウにはなぜかその彼女の顔が苦しげに見える。

「わたしには力がある。いざとなれば帝国をつぶすだけの能力も軍事力もな。だがそれを行使することによって失うものがある。わたしは帝国の滅亡よりも、それを失うことの方が怖いんだ」

 マーシアは悲しげに笑ってみせる。

「おまえからみれば、わたしは勝手な卑怯者に見えるのだろうな」

 驚いたリョウは顔を上げた。マーシアが自分をさらけ出している……。常に自信に満ちた彼女からは想像もできない姿に、リョウはなぜか心が痛んだ。彼女はいったいどれだけの重荷を抱えているのだろう。


 リョウは壁に映るマーシアに向かってかすかに笑った。その反応にマーシアが振り返った。

「きみは卑怯者じゃない。確かに帝国のために戦っているだろう。だがそれはどこも一緒さ。反帝国運動組織を支援している国々だって、表向きは帝国のために力を貸しているんだ。グラントゥールだけのことじゃない」

 そう言うとリョウは、いたずらっ子のような光を瞳に浮かべて

「とはいえ、きみはしっかりと反帝国活動をしているよ」

 マーシアが怪訝そうに首をかしげる。

「だってそうじゃないか。俺は反逆者だ。その俺をきみは匿い帝国に引き渡しもしていないんだぞ。それだけで立派な反帝国活動だ」

 その大仰な言い方に思わず吹き出したマーシアは、再び席に戻った。再び二人の間にはいつもの雰囲気が流れる。


「わたしは確かにヨハン・シュルツ解放戦線を潰した。だがその三分の一は無事に脱出している」

「追撃しなかったのか?」

 マーシアはうなずいた。

「オルグ・シュルツのいなくなったヨハン・シュルツ解放戦線は海賊行為を頻繁にするようになったんだ。それも帝国の商船を狙うのなら、通商破壊活動だという言い訳も立つだろう。しかし彼らは小さな惑星国家の商船を狙うんだ。確かにその方が被害は少ない。だが狙われた側にとっては死活問題なんだ。自給自足できる惑星はそれほど多くはない。特に国家の規模が小さくなればなるほどな。それにヨハン・レーヴェンは、同じ反帝国運動を行っている組織にも攻撃を掛けていた」

「なぜ、そんなことを、手を組めばそれだけ規模が大きくなり、力もつくはずじゃないのか?」

 独り言のようにつぶやいたリョウはマーシアの視線を感じた。

「ヨハンにとって、帝国への抵抗運動は自分が権力を手に入れるための手段でしかなかったと言うことだろう」

 マーシアは言葉を切るとぽつりと続けた。

「オルグとともにいたときは、彼もそれなりの理想は持っていたのだろうが……」

「だがいつしか変わっていった……」

 マーシアはうなずいた。

「人は変わる。環境が変わればいつまでも同じ状態でいることはない。それが人間だ。そして彼は間違った方向に向かっていった。だから滅ぼしたんだ。彼がもっと力を付けるようなことになれば、帝国が消えた後の混乱はひどくなるだろうからな。普通に毎日を過ごしている人たちにとって、銀河を統治しているのが、帝国であろうとそうでなかろうと、あまり関係はない。毎日健やかに生きていくことができればいいのだからな。違うか?」

「そうかもしれないな」

 リョウはマリダスでの日々を思い起こしていた。学校の数が足りなくて満足いく教育を受けることはできなかったが、それでも銀河を支配しているのが帝国であるということはあまり意識しなかったように思う。


「おまえの仲間たちは無事に脱出した。おまえが奪取した最新鋭艦のおかげだな。あれは帝国の中でも一番出来のいい艦だったという話だ」

 まるでおまえの目は高いなとほめられているような気分に、リョウは口元をほころばせた。とりあえず彼らはその時点では無事だったということだ。だがすぐに次の問題が浮かぶ。マーシアの言うとおり、艦は一隻だけではどうにもならない。ヨハン・シュルツ解放戦線が壊滅したとなると、補給に苦労するのは明らかだ。リョウがいない今、そして彼らが飛び立ったときのままなら、指揮を執っているのはニコラスだろう。ニコラスはリョウの同期であると同時に、親友でもありそしてあの寸前まで彼の部下だった男だ。指揮官としたの能力は十分だ。

「その後はどうなったんだ?」

 その声に不安は隠せない。

「逃げ延びたもののうちの多くは、別の組織に吸収された。だがヨハン・シュルツ解放戦線は先ほども言ったように同じ運動をしていた組織も攻撃していたために、待遇はよくないはずだ。おまえの仲間はそれを嫌って少数の仲間とともに自分たちだけで戦うことを選んだ」

「自分たちだけでって、そんなことは可能なのか?」

 マーシアは首を横に振った。

「おまえならどうしていた?」

 マーシアは彼がヨハン・シュルツ解放戦線に仮に合流できていたらどう対応したのだと訊いてきた。

「おれなら待遇が悪くても、受け入れてくれるところに合流する。望むなら戦力が不足している組織だ。苦労するだろうが、いずれ俺たちが役に立つとなれば待遇も変わる。俺たちの目的は勢力争いじゃなくて、帝国の打倒だからな。帝国は一つの小さな組織が倒せるほど柔な存在じゃない。帝国を本気で倒すためには反帝国組織がまとまらないと、おそらく無理だろう」

「それでいいのか?」

 マーシアはちょっとからかうように尋ねた。

「小さな組織だと、大きい組織に飲み込まれてその他大勢と扱われだけだ。歴史書では一行も名前が載らないぞ」

「あのな、おれは一度も英雄になろうと思ったことはないぞ。歴史書に名を残すために戦っているわけじゃない」 

「確かにおまえらしい答えだな」

 マーシアが同意する。

「それにきみの弁によれば、おれは政治には不向きかもしれないが、そんなおれでもこれだけはわかる。小さな組織がそれも一つだけで帝国なき後の混乱状態を治めることは不可能だ。それなりの組織がなければこの宇宙を治めることはできない」

 そう答えつつ、リョウはマーシアを見て思った。マーシアは自分を卑怯だと言った。力がありながらそして帝国というものに否定的なのにも関わらず、自ら動こうとしないことに対して。だがマーシアは帝国に従いながらも、次の時代への橋渡しをしようとしているのではないだろうか。グラントゥールそのものの性格からいって彼らは自ら政権を執るようなことはしないだろう。彼らの望みは自由であること何者からも独立していることだ。権力を握るということは同時にそれに縛られるということなのだ。彼らは自ら次の権力者を作り出し、そのことによって自由と独立を得るのだろう。


「ニコラスたちはどうやって組織を維持しているんだ?」

「偶然だったが、スポンサーを見つけたんだ。彼らは自分たちとスポンサーの協力で帝国に対抗できると考えている。だが彼らは利用されているだけだ」

 マーシアは薄く笑った。それは彼女がよく敵に見せているものだ。マーシアは立ち上がると、執務机に向かい、引き出しから手帳サイズの機械を取り出した。

「これはなんだ?」

「情報端末だ。イリス・システムにつながる。知りたい情報があればこれを使って調べればいい。グラントゥールの情報網は帝国とは比べものにならないぐらい優秀な上に、客観的だ。それがグラントゥールにとって気に入らないことでもしっかりと調べられる。個人的な感想は別項に書かれているからすぐにわかる」

 リョウは無造作におかれた情報端末を手に取りスイッチを入れた。するとすぐに画面が立ち上がり、コードを聞いてくる。

「名前を入れるといい」

 マーシアのアドバイスに半信半疑ながら、自分の名前を打ち込んだ。その瞬間、リョウは思わずぎょっとしてのけぞった。マーシアがクスクスと笑う。そんなマーシアを恨めしげにちらりと睨む。驚いて当然ではないか。この小さな画面に美女が、しかも全裸で現れたのだ。リョウはあわてて目をそらした。

「なぜ顔を赤くしているんだ?」

 マーシアはようやくリョウの異変に気づいた。

「おまえの仕業なのか?」

 リョウは憮然として端末をマーシアに見せた。そこには全裸の美女が様々なポーズを取っている。

「これは……」

 マーシアもさすがに一瞬、あっけにとられたが、すぐに立ち直る。

「エリックだろう。おまえが狼狽する顔を想像して、自分の退屈しのぎをしているんだろうな」

「いい迷惑だな」

 マーシアは設定を変更してリョウに端末を返した。

「だが男はこういうものをとても好むと思っていたが、おまえは違うのか?」

 全く邪気のない口調にリョウは唖然とし、そして深く息を吐いた。

「いきなりこういうものがでてきたら、誰だって驚くよ」

 マーシアは眉を軽く動かして

「肝心なことを抜いたな」

 見抜かれたようだが、リョウはあえて答えるつもりはなかった。マーシアを前に答えられるはずはない。

「これを本当に俺が使っていいのか? イリス・システムは帝国の情報も得ることができるんだろう。俺が帝国の機密を見ることもできるんじゃないのか?」

「見たいのか?」

 真顔で聞き返されて、リョウは答えに窮した。本気でそう思っていたわけではない。リョウからみればニコラスたちの動向を知ることができればそれでいいのだ。ただ彼女が余りにも無造作に情報を提供してくれようとしているのが気になるのだ。もちろん彼女に悪意があるわけではないことはわかるのだが……。

「おまえがわたしの保護下にある限り、イリス・システムは自由に使える。レベルはエリックと同程度で十分だと思うが、それ以上の情報が欲しいというのなら、レベルを引き上げることは可能だ。帝国の中枢の機密が欲しいのか?」

 リョウは小さく息をついた。

「今のおれが帝国の機密を手に入れてどうするんだ? 何の役にも立たない。情報は使わなければ意味がないんだ。その手の情報は、砂漠で水が飲みたいと思っている人間に黄金を差し出しているようなものだ」

「うまい表現だな」

 マーシアは笑った。

「だからさ。情報は使わなければ意味がない。ためておいたところで何の役にも立たない。だからおまえがどれほどの情報を手に入れても少なくとも今の段階ではあまり意味はないんだ」

「今の段階では、か……後で利用しようとしたらどうするんだ?」

「だからイリス・システムが使えるのはわたしの保護下にあるときだといっているんだ。第一、おまえは情報端末でコンタクトを採る方法しか知らないだろう?」

「ほかの方法もあるのか?」

「もちろん。上級指揮官というのは結構大変でね。覚えなくてはいけないことが山のようにある上に、それを使いこなさないといけないんだ。それがきちんと記録されていると便利なんだが、その手の情報はグラントゥールではいっさい残さないんだ」

「ということは、どうやって知るんだ?」

「口伝だよ。グラントゥールでは重要な事柄になればなるほど人から人へと伝えられるんだ」

「人伝えだと第三者が知ることはないか……」

「一応、そうなる。もちろん、それはそれで弊害もないこともないんだが」

「知っている人間がなにも伝えずに死んでしまったら、終わりということだろう」

 そうだ、とうなずくマーシアをみていたリョウは執務机に山になっている書類に目を移して、

「あれもその一環なのかもな。口伝するほど重要ではないが、電子記録ですませるほど軽いわけではない、ということだろう」

 マーシアも書類の束に目をやって、大きく息を吐いた。

「そういうことなんだろうな。それにしても片づけても片づけても片づかない。少々うんざりだな」

 リョウは軽く笑った。そして情報端末を手にすると立ち上がった。

「感謝しているよ、マーシア」

 マーシアはリョウをまじまじと見た。

「礼を言われるほどのことじゃない。いちいちおまえの要望を聞いている暇がないだけのことだ」

 マーシアはちょっと顔を背けて憎まれ口をたたく。リョウには彼女の気持ちがよくわかっていた。リョウは自分の好みの葡萄酒を用意してくれたことに改めて礼を言う。そして部屋を辞去しようとしたそのとき、マーシアは彼を呼び止めた。振り返ったリョウにマーシアは真剣な口調でこう告げた。

「わたしはおまえがどう思おうと、おまえの仲間たちの存在を認めてはいない。それだけは言っておく」

 改めてそう告げたことにリョウは彼女の誠実さを感じた。

「わかっている」

 リョウはそういうと、部屋の外に出た。

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