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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン21

「きみに礼を言われて赤面するマーシアか……」

 ドアが閉まったとたん、エリックがつぶやいた。

「こんな話、ほかの連中にいっても信じてもらえないな」

 そう言いながら彼はおもしろがっている。

「俺にはマーシアが普通の女性にしか見えないんだが、きみたちには違って見ているらしいな」

 エリックはリョウを見た。

「彼女が普通の女性に見えるきみの方が不思議だよ。彼女が醸し出す雰囲気は、最近の当主連中の中では群を抜いているからな。あれが戦闘時になるとそこにいるだけで、わたしたちの闘志をかき立てるほどの力を持っている」

 遠くを見つめて思い出しているエリックと同じように、リョウもマーシアと初めて会ったときのこと思い出した。確かに彼女から放たれる力にリョウは一目で惹きつけられたのだ。自分の置かれている状況を忘れてしまうほどに。


「確かにそれはわかるな」

「だがそれなのに、きみはマーシアを普通の女性と同じに扱うんだな」

「ほかにどう扱えるんだ? 彼女は確かにすごいよ。だが同時に普通の人間だ。神でも何でもない」

「神とはまた古い言葉がでてきたものだ。きみは神を信じているのか?」

「いや。きみたちはどうなんだ?」

「神は信じている奴もいるだろうが、わたしは信じてはいない。マーシアもだ」

 リョウはふとあることを思いついた。

「神の言葉がグラントゥールのやり方と違っていたら、やはり神の方を排除するのか?」

「もちろん」

 エリックはきっぱりとこたえた。グラントゥール人は首尾一貫しているというわけだ。


「ここが武器庫だ」

 エリックはそういうと、ドアの横のパネルに数字を打ち込んだ。するとパネルのディスプレイ部分に女性の顔が映った。

「これは?」

 リョウはゆっくりと瞼を開いていく女性に目を留めた。それは生身の人間の映像ではない。明らかにコンピュータグラフィクスによる女性の絵だ。

「この武器庫のセキュリティレベルは射撃訓練室などとは違うんだ。レベルがあがると人工知能がロックを解除することになる。それでこの映像はその象徴と言うところだ」

 エリックはディスプレイに向き直ると

「わたしはグラントゥール機動要塞司令官エリック・ローデンベルク伯爵だ。同行者一名と入室する」

 エリックは今までとは違って堅い口調で告げた。

「まあ、ローデンベルクの坊やじゃないの。何年ぶりかしら。また武器庫でいたずらをするんじゃないでしょうね。この前、いたずらをしたときはわたしまで怪我をするところだったのよ」

「黙れ。イリス」

 エリックはまくし立てる映像に向かって怒鳴った。すると映像の女性はびっくりした顔でこちらを見つめる。リアクションがまるで人間のようだ。

「まずわたしが武器庫でバズーカをいじって吹っ飛ばしかけたのは、もう十五年も前の話だ。情報が古いぞ」

「あら、そんなことはわかっているわ。あなたを楽しませようとしただけよ。わたしは帝国製のお馬鹿な人工知能ではないんですからね。それにあなたがここに来るなんてそれこそ15年3ヶ月ぶりでしょう。もっと細かい数字もいえるけど、人間はそういうのはあまり好きではないのよねぇ」

 その受け答えは本当に自然で、リョウは思わず見入ってしまう。


「ところで同行者というのは、誰なの?」

 画面の中で女性が尋ねてきた。

「リョウ・ハヤセだ。銃の携帯許可は出ている」

 女性は再び目を閉じる。しばらくして彼女は目を開けた。

「何か問題でもあるのか?」

 少々時間がかかったことにエリックが不安を覚えたようだ。

「いいえ、銃の携帯許可は確認できたわ。でも彼の記録はグラントゥールにはないのね。帝国の能なしのところに調べにいったわ」

「そこにはあったんだろう?」

「ええ、一番最後の記録はヒューロン労働教育訓練所に在籍。登録番号は67859。もっとほかのものも必要なの? すでに一度あなたがアクセスしているけど?」

「いやいい。だがそのアクセス記録は帝国側にはないな」

「当たり前じゃない。わたしたちはそんなバカじゃないわ。記録はわたしたちだけが把握しているの」

「念のために確認しただけだよ、イリス。ドアを開けてくれ」

「いいわ」

 そのとたん、ドアが開き、照明がつく。


「これはすごいな」

 リョウは古今東西の武器が整然と納められている部屋に入って思わず声を漏らした。

「じゃあ、楽しんでね。エリック坊やと新入りさん。あなたとは今度ゆっくりと個人的に話がしたいわ」

 イリスの甘い声が彼にだけささやくような調子でスピーカーが流れる。

「まるで生きている人間のようだな」

 リョウは思わず閉められたドアを振り返った。武器庫の武器にも驚かされたが、グラントゥールの人工知能には目を見張った。

「イリス・システムはグラントゥールの根幹のシステムなんだ。それぞれ個性があるからおもしろいよ。それにあれの目的の一つは情報収集だからな。きみと話したいというのはそうすることで、データには載っていないきみの情報を収集し分析するんだ。それが必要なときにわたしたちの役に立つ。だからあの姿にだまされるなよ」


「いつも女性なのか?」

「男がよければ、そういう映像にも切り替わる。女性から情報を手に入れたりするときはその方がいい場合もあるし、女性指揮官によっては好みの男の映像にする場合も多い。マーシアはその点無頓着だからな。彼女がアクセスするときはいつも初期設定だ」

 リョウは武器が納められている棚の間をエリックとともに進んでいく。武器はそれぞれひと揃いずつ、種類別に並んでいるようだ。それなりに展示をしたら、見事な武器の博物館ができそうだ。

「もしかしたらおまえもそういう男の方がよかったのか?」

 リョウの足が止まる。わざとらしく首を傾げるようにして振り返ったエリックの意図は分かっている。彼はじろりと睨むと、

「俺は普通の男なんだよ。男を見て興奮したりはしないし、いくら美しいからといって、コンピュータの映像と生身の人間とを混同するようなことはないんだ」

「きみが赤面するのは、マーシアにその手のことを言われたときぐらいのようだな。帝国側のデータを調べたときの印象ではきみが赤面するなんて想像できなかったよ――ところできみを勝手に調べたことで気を悪くしたか?」

 リョウは笑って首を振った。

「当然のことだろう。だってきみの立場ならすぐに調べるさ。もっともたいした情報はなかったと思うけどな」

「わたしたちの目から見たら、そうでもない。きみが帝国の軍人の中でも抜きんでていることは明らかだった。ただし、その評価は上官によってまちまちだが。公正な人間はきみを高く評価しているし、そうでない人間にとってはかなりの目の上のこぶだったようだな。評価はずいぶん低くなっている」

「それはわかっているよ。上官によって給料が激しく上下していたからな」

 エリックは笑った。

「だが戦闘データはごまかせないようになっているんだ。きみはわたしたちが喉から手が出るほどの逸材だよ。帝国も少しは考えるべきだったな。惜しい人材を逃した」

「そういってくれるのはうれしいが、戦争は一人ではできない。俺にはそれだけの人望がなかったということだ」

「まだそれはわからないさ。たまたま運がなかったということでもあるだろう。よし、この辺でいいだろう」

 エリックは棚を開けた。そこにはリョウが見慣れた銃が並んでいる。それも少しずつ違っているのはマイナーチェンジされているものもすべて集めているためだろう。

「これならきみも馴染んでいるだろう」

 エリックが取り出したのは、帝国軍で一般的に使われている制式銃だ。確かに手になじむ。三年も握っていないというのに、感覚はまだ失われていなかった。

「それとこれも渡しておこう」

 一つは小型の通信機でもう一つはレーザーソードの柄の部分だった。スイッチを入れると、ソードの部分が延びるようになっている。

「グラントゥールの兵士たちが銃を常時携帯するには許可がいる。そのために護身用にこいつを装備しているんだ。これは白兵戦用だからね。血の気の多い連中にはうってつけなのさ。こいつなら近くまでいかないと攻撃できないからな。とりあえずきみも持っているといい」

 リョウはそれらをベルトに装着した。腰にかかる重み。軍人時代に戻っていくようだ。


「ブランクがあるとはいえ、やはり銃を身につける姿は様になっているな。きみは知っていたか? きみがまだ帝国軍にいたときに、女性士官たちが誰が一番魅力的な将校か投票したことがあるらしい。きみは制服部門でトップスリーの中に入っていたんだ。銃を身につけた後ろ姿が一番セクシーだとさ」

「なんだ、それは?」

 武器庫のドアが閉まる音を背中で聞いていたリョウは思わず聞き返していた。

「それも俺の帝国側のデータに乗っていたのか?」

「ああ、覚えはあるか?」

「まさか」

 リョウは首を振ったが、思い当たることがあった。いつだったか、艦隊の艦長クラスの集まりの時に、やけに女性士官たちが自分を見ていることがあったのだ。そのときはまるで変にも思わなかったが、そういう事情だったのか……。

「俺はそんなことには関与していない」

「わかっているよ。女性たちがそういうことを勝手にしたのさ」


 エリックはリョウと並んで歩きながら、話題を変えた。

「マーシアの件だが……これはわたし個人の話として聞いてもらいたい。マーシアの護衛としてでも機動要塞司令官でもなく、もちろんグラントゥールのエリックでもなく」

「ずいぶんと回りくどい言い方だな」

「仕方がない。わたしは今グラントゥール人としての一線をあえて越えようとしているんだ」

 リョウはエリックを見つめた。グラントゥール人を知るにつれて、わかってきたことの一つに、彼らが他人との間に距離を置く習慣があるということだった。ある一定の基準を満たした上で責任さえとる覚悟ならば、なにをしてもいいのだ。それが本人のためにならないことがわかっていても、彼らは本人に任せてしまう。それは一見本人の自由を尊重しているように見えるが、決してそうではない。

「わたしはさっき、マーシアの部屋で、マーシアを押し倒して自分の意のままにすることは不可能だといったのを覚えているね」

「それよりはもう少し表現が軟らかかったがな。俺にその気はないが、それがどうかしたのか?」

「そしてこうもいったと思う。一晩中きみがマーシアの部屋にいてもわたしたちは、男女の関係を結んだとは思わない、と」

「ああ。彼女が望んだとしても自分たちは口を出したりはしないのだ、ともな。きみたちにとって、マーシアが職務をきちんと果たしていれば、なにをしても問題もないのだ、と」

「そう。わたしはマーシアを子供の頃から知っている。彼女がわたしたちに決して心を開かなかった時代からね。そしてその彼女が変わっていく様子も見ていたんだ。裏切りと暗殺の中で彼女は成長してきた。自分のに身を守るために、人一倍の訓練と努力をしている。残念ながら恒星間を自由に飛び回ることのできるこの時代でも、遺伝的に男女の体力差はある。マーシアはそれを克服する為に血のにじむ努力をしてきたんだ。おそらくきみと白兵戦を行ったら互角だと思う」

 リョウは静かに彼が言葉を続けるのを待った。

「三年前、ある惑星に滞在したとき、彼女の泊まっていたホテルに暗殺者たちが潜入して、マーシアを殺そうとした。彼女はそのときちょうどシャワーを浴びているところで、武器は側にはなかった」


 リョウはハッと息をのんだ。そのような状態を襲われてはひとたまりもない。暗殺者は武器を用意しているはずなのだから。だがマーシアは生きている。ということは暗殺者は失敗したということだ。

「きみたちが片づけたのか?」

 エリック自嘲気味に笑った。

「いや、わたしたちがマーシアに呼ばれたときはすでに五つの死体が転がっていた。わたしたちの役目はその死体を速やかに片づけることだった」

「ではマーシアがやったのか?」

「マーシアは二人を素手で殺し、残りは相手の武器を奪ったんだ……驚いたか?」

 リョウは素直にうなずいた。男でも一番無防備なところを急襲されれば、常にそういう状況に身を置いているものでなければとっさに対処するのは難しい。一瞬の遅れが、命取りになる。ましてや女性なら、本能的な羞恥心が行動を遅らせる。リョウはハッとした。マーシアがその手のことに鈍感なのは、そのために行動が鈍くなるのを防ぐ為なのだろうか?

「暗殺はそれが初めてなのか? それになぜマーシアが狙われる?」

「暗殺は初めてじゃない。マーシアにとって暗殺はいつものことだという感覚だ」

「そんなに命を狙われているのか? でも理由は?」

「マーシアには断ち切れないしがらみがあるんだ」

「黒幕はわかっているのか?」

 うなずくエリックにリョウは声を荒げた。

「だったらなぜ対処しないんだ。きみたちにとってマーシアは大切な人間なんじゃないのか?」

「大切な存在だよ。だがマーシアの暗殺の件は彼女の問題なんだ。グラントゥールが口を出すことじゃない」

「大切な存在だといいながら、なぜ突き放すんだ!」

「マーシア自身が黒幕と対決することを避けている節がある」

「マーシアが避けている、と……彼女が?」

 信じられない話だ。エリックは大きく息を吸い込んで穏やかにリョウを見た。

「これらのことはわたしが口にすべきことではないんだ。だがきみは知っていた方がいいと思ったからあえてグラントゥールの掟を破った」

「自分以外の人間のことにはよけいな口を挟むな、と言うのがグラントゥールの掟の一つなのか?」

 リョウは自分の口調に嫌みが入るのを止められなかった。

「単純に言えばそういうことだ」

 リョウはベルトから銃を抜いた。

「これは俺自身の身を守るためだけに使う必要はないんだな」

 リョウは銃から視線をエリックに移して、

「マーシアのために使ってもいいと言うことなんだろう?」

 その瞳をじっと見つめていたエリックが破顔した。

「もちろん。わたしはそのつもりでサインしたんだ。きみの銃の腕を知ったら、ほかの連中からつるし上げられるのを覚悟してね」

 エリックは真剣な顔で再びリョウを見ると、

「マーシアが銃を許可する相手は、その相手になら撃ち殺されても満足できるという人間だけだ」

「なにっ?」

「この銃はマーシアの敵にも向けられるが、ある一定の条件でマーシアにも向けられるんだ」

「マーシアを殺すというのか? 護衛としての任務についているというのに?」

「グラントゥールでは側近にはそういう役目もあるんだ。それが側近としての主な任務といってもいいかもしれない」

「バカな……」

 リョウは頭を振った。一番身近な人間が、自分を殺す可能性が一番高いというのか。そんな状況なら誰も信頼できないだろう。

「信頼できる人間が側近なら一番いいだろう。だがグラントゥールでの側近の資質はそれが第一じゃない。能力があるかどうか、そして責任をとる覚悟があるかどうかなんだ。信頼できなくても、仕事ができればいいし、そういう人間を使いこなすことができないのなら、上に立つ資格はないとみなされる。地位が高ければ高いほど孤独なんだ」

「きみにもいるのか? そういう側近が」

 エリックはうなずいた。

「わたしが銃の携帯を許可している人間は、わたしに万が一のことがあった場合わたしの跡を継ぐ人間だ」

「ではきみの地位がほしければきみの背中に向けて引き金を引くということか?」

「そういうことが一番てっとり場合解決方法だろうな。だがどう言うわけか、正式な手続きを踏まずに地位を得たもので、長続きした人間はいないんだ。卑怯者としてみんなが軽蔑するせいだろうけどな」

「マーシアもそのことは知っているんだな?」

「もちろん」

 リョウは小さく息を吐いた。マーシアはエリックを信頼している。そうでなければ近づけることはしないし、なにより彼が側にいてもマーシアは緊張していない。わずかでも緊張していればリョウにはわかる自信があった。リョウは自分を見つめているエリックの視線を感じて顔を上げた。


「きみはグラントゥール人じゃない。グラントゥール人としての利益を得られない代わりに、掟からは完全に自由だ。その銃はきみの考えるとおりに使えばいい。自分の身を守り、そしてマーシアのために」

「そのためにきみを殺すことになるかもしれないぞ」

「わかっている。グラントゥール人であるわたしにはきみの立場には決して立てないからね」

 彼は歩きながら続けた。

「グラントゥール人というのは以外と不便なものなんだ。わたしたちは誰からも侵されない自由を欲して集まっている集団だ。そして自由を守るためには誰もが手出しできないほどの力が必要だ。だが元々は海賊上がりの集団だ。内部分裂を起こしやすい。しかしそんなことをしていたら、すぐ敵につけ込まれる。だからわたしたちは自分たちで掟を作り結束しなければならなかった。その結果、自分たちがまず掟に縛られることになったのは皮肉だよ。グラントゥールは自由を得たが、個人としては不自由この上もない」

「だがそこから抜け出す気はないのだろう?」

 リョウは歩きながら銃を納めた。エリックの目が遠くを見つめた。彼は考えたことがあったのかもしれない。

「わたしにはできなかった。責任と義務を放り出してしまう覚悟はないんだ。だがそれ以上にグラントゥール人であるということを捨てることはできない。今までもそしてこれからもね」


 リョウはエリックと別れて自分の部屋に戻った。銃を収めたホルスターを外すとベッドに横たわった。次の瞬間、収容所の新任所長に殴られたところに痛みが走り、思わずうめく。あれからまだ半日もたっていないというのに、なんだかすでに何日もたったかのような気がする。本当に長い一日がようやく終わろうとしていた。リョウは静かに瞼を閉じた。

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