表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
141/142

マーシア37

「通信、繋がりました。感度良好です」

 ウラントゥールの機動要塞司令官であるエリックが自ら指揮をとる要塞のブリッジで、マーシアは指揮官席に座っていた。通信オペレーターの声で閉じていた目をゆっくりと開く。

 スクリーンに映るのは豪華な部屋の中で、机には書類が置かれている。どうやら執務室のようだ。机の向こうに座っているのは、ラキスファン一世だ。以前スクリーン越しで見て時よりもかなりやつれている。

「お父様……」

 アリシアーナの声は震えていた。量はマーシアを見る。ほんの一瞬だけ、彼女の瞳が揺らいだ。気づいたのは、よほどマーシアに近い人間だけだ。それほど彼女がラキスファンに感情を向けた時間はわずかだったのだ。


「お前の勝ちだな、マルセリーナ。民を巻き込み、お前は王家への復讐を果たしたわけだ」

 勝手な言い草だ。とリョウはラキスファンを睨んだ。彼が何もしなければ、まーシアはグラントゥールの筆頭公爵の次期当主という地位に就くことはなかった。マーシアを追い詰め、その結果多くのものを失った原因が、自分である事に全く気づいていない。しかもグラントゥールに攻撃をかけたのが自分である音も、覚えていないようだ。いや、責任をマーシアに押し付けようとしているだけのように、リョウには見えた。

 ラキスファンの言葉に、マーシアがゆっくりと口を開いた。

「王家に復讐して何の意味があるのですか?」

「何の意味だと⁉︎」

 ラキスファンには思いもよらなかったといけだったのだろう。だからこそ、馬鹿にされてとでも思ったのか、顔を険しくさせて、

「王位につこうとするお前の動きを、私が封じてきたことへの腹いせだろう」

「腹いせ?」

 マーシアが鼻で笑う。だがラキスファンはそのことに気づかずに続けた。

「お前は確かにアルシオール王家の血を引いている。だが私の娘ではないからな」

 量はブリッジの中がその発言によって、二つに色分けされたのを感じた。一つはアリシアーナたち、アルシオール王国の関係者だ。その中にはニコラスやジュリアもいる。彼らはその爆弾発言に一様に驚いていた。そしてもう一つはグラントゥールだ。彼らに動揺はない。リョウにはその理由がすぐにわかった。彼らにとってマーシアが誰の血を引いていようと意味がないのだ。彼らにとってマーシアがグラントゥールでさえあればいいのだ。それ以外は何一つ必要ではない。

 当のマーシアはその瞳に憐れみを浮かべていた。それが余計にラキスファンを苛立たせる。

「それは罪悪感からの発言ですか?」

「何?」

 スクリーンの向こうでラキスファンが訝しげな表情を浮かべる。

「婚約者のいるアルシオールの王女を無理やり奪い取り、その裏ではその婚約者を死地に追いやって、その後釜に座ったことへの。あなたは先代王にこう言ったはずだ。『お腹の子は私の子だ』と。だからあなたは今国王の座にいる。マルセリーナという存在がなければあなたは王位につけなかった。権力を手に入れるために、あなたは策略を用いた。あなたが法律を改正するまで、アルシオール王国の王女は王位継承権があっても王位にはつけなかった。王女の伴侶が王位につくことになっていたからだ。だからあなたはアルシオール王女を正式な妻にする必要があった。王女の正式な夫だけが王位に就くことができる。だが、あなたは王女がなくなっても次の妻を持つことはできない。あなたはあくまでも中継ぎでしかないからだ。嫡出子である第一王女マルセリーナが王位継承権を持ち、次の王には彼女の夫がなる。それも彼女が25歳になった時点で、夫を選べば、あなたは退位しなければならない。それがそれまでのアルシオールの法律だった。しかも人質となっていたマルセリーナには帝国の後見がつく。そうなればあなたの悲願であるアリシアーナへの王位継承による自分の王朝を立てることは不可能になる」

「黙れっ!」

 だがその怒声とは裏腹に、ラキスファンお顔色はますます青ざめていく。

 マーシアは一呼吸おくと、

「残念ながら、マルセリーナは間違いなくあなたの娘ですよ。帝国がしっかり遺伝子検査を行った結果ですから、間違いはありません。あなたはそのことを恐れて、遺伝子検査をしようともしなかったようですが。でもあなたの今までの行動は愚かな行いの何物でもありませんね。なぜなら、マルセリーナならこう言うでしょうから。『あなたはただの遺伝子提供者に過ぎないのだ』と。本当にただそれだけです」

 淡々とした口調はそれだけでラキスフォンのプライドを傷つけた。


「お前はそれでもアルシオールの王女か? 王女ならば王家のために尽くすが道理。それにもかかわらず、その様はなんだっ!」

 マーシアは突然笑い出した。その笑いはとても乾いている。

「この段階にきて、ようやくあなたはマルセリーナを王女と認めるのですか?」

 非難のこもった言葉にさすがにラキスファンも言葉を詰まらせた。それまで散々マルセリーナの存在を無視するだけではなく、大勢の命と引き換えにこの世界から排除しようとしていたのだ。今までの経緯から見ればあまりにも自分勝手な言い草だった。その厚顔無恥さをさらけ出したことに気づいた彼の表情が歪む。

「お前は私に何を望むのだ?」

「私自身はあなたから何かを欲しいとは思いません。ですが、グラントゥールは正式な戦争をしたのです。そしてこの戦いを完全に終結させたければ、その代償は一つです」

 マーシアの要求にブリッジはしんと静まり返った。誰もがその答えを知っている。だが誰も口にはできない答えに、ラキスファンが口元に皮肉のこもった笑みを浮かべて、

「欲しいのは私の首か」

「グラントゥールに戦いを挑んだのはあなたです。あなたが責任を取るべきでしょう。我々はそれ以上のものを必要とはしていません」

「必要ないだと。一見欲がないように見せているが、とんでもない欲張りだな。私が死ねば、お前が王位につくのは誰の目にも明らかだ。この国にはそれを待ち望んでいるものも少なくない。それを知っていての言葉であろう。王位についた暁にはそれを足がかりに帝国を奪うつもりなのであろう。だから反帝国活動の連中に手を貸しているのであろう!」

 ラキスファンは完全に進退極まっていた。それゆえに憎しみのこもった目でマーシアを睨みつける。もはや体裁などかなぐり捨てていた。あるのは捨て鉢な思いだけのようだ。

 リョウはブリッジにいるグラントゥールのものたち、特にマーシアの補佐官であるエディや、エリック、フラー将軍、いわゆるマーシアの側近たちが憐れむような目をラキスファンに向けたのに気づいた。もはやラキスファンはグラントゥールにのものにとって取るに足らない愚か者という烙印が押されたのだ。

「あなたは本当に何も知ろうとしなかったのですね」

 マーシアの口調には感情はなかった。ただ事実を述べていた。

「帝国を手に入れるために、なぜ私がそのような手のかかる手段を使わなければならないのです?」

「サイラート帝の養女だということは知っているぞ。だからと言って、帝位が簡単に転がり込むわけではないだろう。帝国貴族は一惑星国家の人質ごときの下につくなどごめんだろうからな」

 マーシアは突然立ち上がった。思いもよらない行動だったのだろう。スクリーンの中のラキスフファンがぎくりと体を震わせた。相手は遥か遠い宇宙にいるというのに、彼は一瞬怯えたのだ。

 だがマーシアは艦長席を降りた。そしてスクリーンに背を向けるともはや振り返りもせずに、

「エデュアルト卿、私の首席補佐官であるそなたに命じる。アルシオールの国王に、帝国が私に押し付けようとしている、私の正式な立場と、帝国におけるアルシオール王家の存在意味を教えて差し上げろ。その上で最後を見届けよ」

 それはマーシアが発した正式な命令だった。エディはマーシアに向き直ると姿勢を正し、命を復唱した。その直後、エディはいつもの口調で、

「なぜご自分でおっしゃらないのですか?」

 とあえて問いかけた。

 ブリッジのドアの前で土地度待ったマーシアは肩越しに振り返って、

「私にはまだやらなければならないことがある。だからそんなことをして、お前たちに殺されるわけにはいかないんだ」

 エディはにっこり笑って、

「それでこそ、我らがマイ・レディです。あとは私が遺漏なくことを片付けます。レディは書類の山を片付けてください」

 マーシアがクスリと笑んだ。ここ最近では見られなかった表情だ。そしてあとは任せるとでもいうかのように肩越しに彼らに頷いて見せると、ドアの向こうに消えた。


 残された者たち、それもグラントゥール以外の者たちが呆然とする中、エディは穏やかでやさしげな顔を一変させる。それは格好の獲物を見つけた獰猛な獣を思い起こさせた。その彼がゆっくりと言葉を発する。その意味がどれだけの衝撃を与えるのか、すでに知っているそぶりだ。

「マーシア・フェルデヴァルトはサイラート帝の養女というだけではありません。帝国は正式に彼女を次期帝位継承者として認めています。従って彼女が望めば、帝国は彼女のものなのです。帝国を手に入れるために、アルシオール王国を必要としてはいないのです」

 その瞬間、まさに驚きを顔に張り付かせたまま、ラキスファンは体をぐらつかせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ