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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン14

「意外だったな」

「なにがです?」

 ハーヴィが振り向いた。リョウは立ち止まって後ろを振り返っている。その視線の先には緑の葉をつけた木が何本も生えている。

「これはまるで木立と言うより森のようだ」

「森は大げさですよ」

 ハーヴィは笑った。

「あの木は寒さに強い種類なんです。ヒューロンの最低気温になっても凍ったりしない木ですから。それに館の周りには、部分的に地熱の高いところがあるんです。ただ収容所の周りにはあまり見たとはないでしょうね。あなたが逃げたときの境界付近には少し生えていますけど」

 そう彼が答えたときだった。不意に、周りの色が微妙に変化した。目の前を色の付いた薄いベールが覆っているかのようだ。

「見てください。あれです。あれが見たかったんです」

 興奮を露わにしたハーヴィが指さす方に顔を向けたリョウはその瞬間、息をのんだ。青い空を虹のような七色の光のカーテンが覆っている。

「七色、全部がそろっているなんて、すごくラッキーです」

 光のカーテンは一枚一枚ことなる色で輝き、そして揺らめいていた。その壮大な美しさに、二人は言葉を失ってしまったかのように、ただ無言で顔を上げて見つめていた。


 いったいどれだけの時間がたったであろうか。光のカーテンが一枚一枚すうっと消えていってもなお彼らは口を開けなかった。しばらくしてリョウが詰めていた息を吐き出した。

「あれはいったい何だったんだ?」

「わかりません。オーロラの一種だという人もいますが、オーロラは極に近いところにでるはずです。でもここは赤道付近なんです」

 ハーヴィは虹のカーテンの名残を探すかのようにぐるりと周りを見回すと、

「なぜわたしたちがヒューロンに人をおいているかご存じですか?」

 話がいきなり変わって、リョウは戸惑いながら

「セレイド鉱石を採掘するためだろう?」

「採掘するだけなら、コンピュータと採掘機械だけで十分ですよ」

 ふと何かを思い出したようにハーヴィはリョウを見て、

「帝国ではどうやって採掘しているんですか?」

 リョウは思わず皮肉っぽい笑みを浮かべて

「帝国にとって機械は人間より高くつく代物らしい。帝国では人間の手で採掘するものなんだ。せいぜいつるはしとスコップが与えられるぐらいだな」

「ずいぶんと原始的ですね。でもその割にはヒューロンの採掘量はかなり上のところにいっていますよ」

「調べたのか?」

 ハーヴィはうなずいた。

「それだけ囚人たちの生活は過酷ということだ。看守たちにとっても囚人たちが掘り出したセレイド鉱石が生み出す利益の一部が自分たちのものになるから、限界以上に働かせるんだ。囚人はいくらでも補充できるからな。しかもただだ。ヒューロンでの生活は、夜が明ける前に収容所をでて、そして日が落ちるまでほとんど休みなく大地を掘り返すことだ。俺が知っているヒューロンは収容所と、月明かりしかない白い大地、そして黒い地面だけだ」

 リョウは再び顔を上げて、先ほどまで光のカーテンが広がっていた青い空を見上げた。日が沈みかけているのだろう。青い空に浮かぶ白い雲はオレンジ色に染まり始めていた。

 これでさえ、彼はきれいだと思った。ヒューロンの収容所ではこんな何気ない景色ですら知ることはできなかったのだ。生きるのに精一杯で周りを見渡す余裕はどこにもなかった。

「どうかしたんですか?」

 リョウの思いを知らぬハーヴィが怪訝そうに見る。リョウは表情を和らげ、

「何でもないよ。ただ幸せだなと思ったんだ。それに運もいい」

「ええ、そうでね。七色のカーテンを見ることができたんですから」

 ハーヴィは彼の言葉をそう解釈した。あえてリョウは訂正しなかったが、運が良かったのは、ヒューロンの白い女神が嘆いたあの夜に、ほかの誰でもなく、マーシアに出会ったことだった。マーシアに出会わなければ、いまこうして心穏やかにいることなどとうていできなかっただろう。


「そろそろ戻ろう」

 リョウは名残惜しそうなハーヴィを促した。

「館に着く頃には、ちょうど早めの夕食をとるにはちょうどいい時間になりますね」

「ああ。だがおまえは残りたかったら残ってもかまわないよ。帰り道はわかるし、おまえは仲間たちと一緒に食事をすればいい」

「本当に一人で大丈夫ですか?」

 ハーヴィは迷っている様子だった。

「おいおい、俺は子供じゃない。じゃあ、先に行くからな」

 リョウはそういうと、答えを待たずに歩きだした。

「ありがとうございます。あとで必ず追いつきますから」

 リョウは言葉で返す代わりに片手をあげて了解したと示す。


 夕日が白い大地に長く黒い影を伸ばした。足を動かし続けているのはリョウだ。一方、ハーヴィの影はその場から動かず、ただ腰から何かを取り出して耳に当てた。リョウの姿は木々の間に入ってここからではもう見えない。

 ハーヴィしかいない世界に大人の男の声が響いた。


「ハーヴィ・ストロナイだ」

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