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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
135/142

マーシア31

――フィールズ星域。

「司令官!」

 グラントゥールの第三艦隊の司令官私室に、一人の士官が飛び込んできた。第三艦隊の幕僚の一人である。

「何を慌てている?」

 壮年の男はベッドから起き上がると、椅子の背にかけてあった上着を羽織る。次の瞬間、衝撃波を受けたかのように艦が揺れる。

「攻撃再開か」

 男の顔に鋭さが増した。

「どうせ勝ち目はないのだから、引っ込んでれば良いものを」

 いまいましげに呟いた司令官に、幕僚は苦笑いする。その思いは彼らの思いでもあった。

「で、お前が飛び込んできた理由はこれか?」

 タイミングよく再び艦が揺れる。だがこの攻撃のことならすでに予測はついていたはずだ。だからわざわざ幕僚ガヂヂつまで押しかけること必要はない。彼らで対処できることだ。第三艦隊の司令官ということは、グラントゥールの四大公爵の一つモントレー家の当主ということだ。公爵家の当主ともなれば、戦闘中でも容赦なく、決裁書類が回ってくる。ひどい時には、声をからして戦線を維持する命令を発している脇から、行政士官が書類を差し出すときもあるのだ。

 そんな時は彼も他の当主と同じように、忌々しげに行政士官を睨みつけて、書類にサインをする。グラントゥールで行政士官になるものには、勇気と度胸と何より強い精神力が求められるのだ。

 モンタレー公爵の僕量たちは自分たちの司令官の忙しさを知っている。そして決裁書類が山になって里うことも。だからこのようなわかりきっている攻撃で、幕僚がやってくることはないのだ。通信で連絡を取ればいい。

「ネメシス・シークエンスが発動されました」

 モントレー公爵は一瞬動きを止め、幕僚を見返す。だがすぐにニヤリと笑った。

「発動者はレディだな」

 幕僚は頷き、

「目標はアルシオール王国です。既にかの国には宣戦布告済みですが……」

「目標はレディを完全に怒らせたのだろうよ」

「惑星グラントゥールを攻撃しようとしたようです。レディは惑星防衛システムを使って全滅させたとの報告が来ています」

「それなら、当然の処置だな」

 公爵は身支度を整えながら、

「アルシオールの連中は自分が何をしたのかわかっているといいのだがな」

「アルシオール王国が何をしたと、おっしゃるのですか? 彼らは自分たちの王位継承問題に我々を引き込んだだけではありませんか」

 上着のボタンを止めていた公爵がその手を止めると、静かに彼を見やり、

「俺の幕僚ともあろうものがそのような浅い考えでは、親父殿の後は継げないぞ」

「は、はい。でも……」

 彼は公爵にそう言われてことに落ち込みながらも納得してはいないようだった。彼は公爵の幕僚の中でも一番若いのだ。そして公爵がまだ時期当主の任命を受ける前から、彼の父親には大変世話になったのだ。その息子が伯爵家を継ぐ後継者として、彼の前にいる。

「アルシオールもお前と同じ気持ちだったろうよ。レディを廃して、ラキスファンが目の中に入れても痛くないアリシアーナを王位につけるための策を実行していると。だが、ことはそれだけでは収まらない。連中はマーシアに引き金を引かせたんだ。彼女が今まで抑えに抑えていた引き金をな。その光弾が貫いた後にアルシオールがこの宇宙に残っているといいがな」

 身支度を終えた公爵は裾をひと払いすると、ドアを開ける。艦隊司令官の私室ではあるが、グラントゥールのそれは決して広いものではない。

「幕僚連中に伝えておけ。これから帝国との契約における特例条項を適用するとな。俺たちが戦いを放棄したら、後ろにいる帝国の連中が困るだろうが、やむを得まい。それに連中にとってもいい機会になるだろう。 グラントゥールを敵に回すということの真の意味を知るにはな」

 通路に出た公爵を再び激しい振動が襲った。戦闘は激しくなりつつある。公爵は足早にブリッジに向かう。そして中に入り状況を確認するなり、

「全艦に告げよ。紡錘陣形を取り、敵艦隊を切り裂く」

 ブリッジ内では指示があわただしく飛び交う。

 そしてモントレー公爵麾下の館内が作り出す紡錘陣形はゆっくりと敵の集団を分断していった。


 フリーダムのブリッジに緊急通報が入った。それを受けたエディが振り返る。

「監禁していたリチャードが見張りの兵士を倒して脱出しました。緊急配備を敷きますか?」

「不要だ。行き先など知れている。ただ警戒は怠るな」

 アリシアーナが前に進み出る。

「お願いです。彼を殺さないで」

 マーシアは艦長席からアリシアーナを見下ろす。

「自分を置いて逃げたとは思わないのか?」

「思いません!!」

 マーシアは瞠目する。

「彼はそんな卑怯者ではありません」

 そのはっきりとした言いように、マーシアは苦く笑い、そして知らぬうちに失われた左手――今は義手となっている腕を触っていた。

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