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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
133/142

マーシア29

 リョウは射撃室にいた。

 マーシアたちがフリーダムの実権を握ってから、まだ半日も経っていない。戦闘行為と言えば、アルシオールの意を受けた帝国艦隊の一部とのものだけだ。あとは至って平和だ。

 マーシアは部屋で書類の山と格闘させられている。きっと火をつけて燃やしたい衝動とも戦っていると思うと、リョウは標的に向けて銃を構えながらニヤリとした。だがすぐに気持ちを切り替えて、引き金を引く。全弾、標的の中央に命中する。銃の携帯許可を持っているのはマーシアを守るためなのだ。だから銃の技能を落とすことは許されない。今まで以上にここに通うことになるな。

 そう思いながら、リョウが再び銃を構えた時だった。情報端末がなった。しばらく耳を傾けていたリョウは、相手に了解したと応じると、再び銃を構えた。


 エネルギーカートリッジが三つほどなくなった頃、射撃室のドアが開く。

 リョウはその気配に耳当てを外して、振り返った。だが中に入ってきたのは意外な者たちだった。

「どうしたんだ? その顔だと射撃訓練をしに来た訳ではなさそうだが……」

 彼らは下士官の中でも主だった者たちだ。勇猛で鳴らした男たちで、将官になりたての新人だけではなく、ベテランの将官にも堂々と意見を言うことをためらわない連中だ。その彼らが何かを言いあぐねている様子だ。おそらく任務のことではないのだろう。だがここまで来るということは、彼らにとってはかなり重大事なのだ。

「食堂の件か?」

 一瞬、彼らに安堵した表情が浮かんだのをリョウは見逃さない。

「君たちもあの食事内容でいいと思っていたわけではないんだろう?」

「それはそうなんですが……」

「それにこの艦にいるのも一時的なものだと思っていましたし……」

「第一、レディが何も言わずに食べているんです。上の方々はかなりの食通だと聞いていますからね。その彼らが黙って食べているんですよ。我々がそれに苦情を言えないでしょう。ああいう新兵は別ですが」

 リョウは内心驚いた。下士官でも随分とマーシアたちを美化して見ているようだ。

「連中の日常を知らないだろう。彼らは行政士官とやらに、四六時中追い回されているんだぞ。俺の知る限り、書類の束と格闘している最中は、彼らにとって戦闘中も同じなんだだから大概は簡単なもので済ませる。高カロリースティックなどでな。さっきマーシアが食堂に現れたのは、俺が無理矢理連れ出したからだ。そうでもしないと、彼女は三食それで済ませてしまうからな。彼らはプライベートではいいものを食べるかもしれないが、彼らは君たちが思っているほど食事にはこだわらないんだ」

「それで納得できましたよ」

 下士官の一人がそう言った。他のもの頷いている。何か思い当たることがあったのだろう。

「ですが、かえって厄介なことになりました」

 頷いていた一人が思い出したように、

「あなたもグラントゥールの上層部の性格をあまりわかっていないと見える」

「どういうことだ?」

「彼らは自分たちに落ち度があったり、気に入ったリスト破格な大盤振る舞いをするんですよ。今度のことも、兵士たちの要望はすべて聞き入れようとするでしょう。誰かが説得して止めることができなければね」

 彼らは一様にため息をつく。

「贅沢に慣れた連中を鍛えなければならないのは、俺たちなんです。厳しい訓練を終えると時折、ご褒美としてご馳走が出るというのはいいんです。彼らもうやる気になりますからね。ですが毎日それでは特別料理の意味がなくなるでしょう」

「それに、彼らの家族からも恨まれる。家で食う飯がまずいといえば家庭争議の元だからな」

 ぼそりと呟いたのは今まで無言だった男だ。

「そうそう。だからここでの飯はあまりうまくないほういいんだ。そうしたら家族のありがたみを実感できるから」

 残りの者たちが賛同するように頷いた。 そこにドアが開くなり、一人の男が突進するように入ってきた。

 リョウも下士官たちも戦士らしく乱入者に対して咄嗟に戦闘態勢に入る。

「リョウ・ハヤセというのはあんたか?」

 大柄な彼はレガシード公爵配下の者だとわかる徽章付きのシェフ用エプロンをつけていた。

「あんたが来たのか……」

 下士官の一人がうんざりとした様子でつぶやいた。

「知っているのか?」

 彼なリョウに向かって頷く。

「レガシード艦隊の中でも一番の料理人です。宇宙にある料理で作れない者はないと豪語しています」

 量は目の前に立ちはだかるようにしている男を改めて見上げた。

「一度食べたらどんなものでも作れる。だがエリスサーヌスのパイ皮包みやレーヴェのアルティンソースは材料を手に入れるのが大変なんだぞ。エリスサーヌスは辺境惑星エルダーの中でも秘境と言える山奥の魚だし、アルティンソースの香りを決めている香料は、惑星ヴァートルではありふれているものだろうが、摘み取ってから半日で味が変わる代物なんだ。ましてやチコレッティの塩煮込みだと……それがどんな料理か知っているのか」

「いや」

 リョウは思わず正直に答えた。

「いいか、あれは作っている途中で殺人的な臭いを出すんだ。だからあれを好んで食べるヴァージルの人間たちだって、決して屋内では作らないんだ。街中では禁止されているほどだ。第一、あれを食べるのはヴァージル出身者の中でもほんの一握りだぞ」

「だがその一握りの兵士が一人いるんだ」

 下士官のつぶやきに男が振り返った。

「いるのか?」

「ああ、優秀な兵士だ」

「それは当然だな。連中はすぐれた兵士なんだ。だから食事の件さえなければ重宝される」

 料理人である男は以外と内情に詳しいようだ。

「ところで、なぜ俺にそういう話を持ってくる。君はマーシアに直接言えないのか?」

 価値観たちはリョウの顔を知っているし、どういう立場なのかわかっているから、話を持ってきたのも頷けるが、彼は違う。

「もちろん直接レディに言いに行くつもりだた。だが、途中ででっかい関門にあってたどり着けなかった」

「関門?」

「エデュアルト卿ですよ」

 下士官の一人が耳打ちをしてくれた。

「そうさ。あのレガシード公爵のガキがあんたを通せときた。だからわざわざ来たんだ。あいつも随分と偉くなったもんさ。ガキの頃は俺の邪魔ばかりして公爵や料理長に叱られていたんだ。だがそうじゃなくてはならない。あいつは公爵の後継なんだからな」

 彼は独りごちると、

「で、あんたはどうする気だ? 俺はあれを絶対に作るつもりはないし、他の連中だって、食べたいとは思わないだろうからな」

 どうやら彼は言質を取るまで動く気はないらしい。リョウはため息をつくと

「わかった。俺がなんとかする。マーシアに君たちの意見を伝えた上で対処する。兵士たちは食事の質が上がるのが一番なんだろう」

 下士官たちが頷く。リョウは料理人を見た。

「なんだ?」

「ここの設備はかなり悪いし、食材も豊富とは言えないぞ」

「任しておけ。どんな悪条件でも料理はできる」

 料理人は胸を張ると、

「しかも今回は、レディという金庫が付いているからな」

 その言葉の意味をリョウが知ったのはそれから間もなくだった。

 食堂の前を通った時、大々的な工事が行われていたのだ。

 大勢の兵士たちが食堂と厨房の階層に駆り出され、それを監督しているのが彼だったのだ。


 そして異変は別のところでも起きていた。

 診察室に長蛇の列ができていたのだ。仕切っているのはジュリアだ。

 驚いているリョウに気づいたジュリアが

「エディに頼まれたのよ。ここを手伝ってくれって。もともと私の仕事だし、いつまでも何もしないでいるのは退屈だったから引き受けたの。監視役の兵士を容認できるのなら、今まで通りにしてくれて構わないと言ってくれたし」

 ジュリアの目が若い兵士に向けられた。彼は診察待ちで並んでいる者たちを呼び、問診している。あれでは監視の役目を果たしているようには見えないが。

「ただ見張っているだけなんて無駄でしょう。この艦のあちこちにグラントゥール人がうろついているのよ。それに逃げる気は無いわよ。もともと私たちの噛んだし。それなら彼にも少し建設的なことをしてもらおうと思ったの」

 リョウは笑った。どんな状況になってもジュリアは変わらない。まだ若い兵士だから早々に彼女に丸め込まれたに違いない。

「それにしても患者が多いな。まずいという苦情は受けたが、体を壊したという話は聞いていないんだが……」

 リョウは急に増えた患者に首を傾げた。

「彼らは別に具合が悪いから来ているようでもないのよね。彼らの希望は診断書を書いてほしいっていうものなのよ。それもそれぞれの食べられない食べ物について」

「それはアレルギーを起こすからだろう」

 ジュリアはよくできましたとでもいうような目でリョウを見上げるが、どうも彼女自身は別の考えがあるようだ。

「確かにそれも一理あると思うわ。でも話をよく聞くとね、彼らは自分が嫌いで食べたくない食べ物を、アレルギーで食べられないということにしたがっているようなの。もちろんそんなことはできないけど、そう頼まれたら、きちんと診察しないといけないから。でもどうして急にそんな患者が増えたのかしら?」

 ジュリアが首を傾げているところに、

「新しくやってきた料理人のせいですよ。彼の料理は絶品ですけど、少し厄介なんです」

 振り向いたリョウはロンドヴァルトの姿を見た途端、急にうんざりして気分に襲われた。その手には書類がある。

「それにしてもどこにでも現れるな。マーシアたちが君たちを絞め殺してくなる理由がよくわかったよ、ようやくな」

「それはどうも。ですが探す方の身にもなってください。非常に時間の無駄なんです。それよりあなたが時間通りに執務室に来た方がいいんですが」

「執務室って、あなた偉くなったのね」

 驚くジュリアにリョウは首を振ってみせ、

「執務室兼俺の寝室だ。場所は前と同じだよ。だから俺は書類を片付けるか、彼を無理矢理追い出さないと眠れないというわけだ」

 「それは気の毒だわね」

 ジュリはそう言うと、だんだん伸びていく診察待ちの列に目を向ける。そして少しばかりうんざりしたようにため息をついた。

「でも仕事だもの、頑張らないとね」

「心配はいりませんよ。この騒ぎは二、三日で収まりますから」

 気合を入れて、再び診察室に入るジュリアにロンドヴァルトが告げる。

 そしてジュリアとリョウが診察室の長い行列の意味を知ったのは、夕食の時だった。

 最初にテーブルについた者たちが、食事を終えるのを見計らったかのように、かの料理人が食器の下げ口に姿を現し、食べ残しをチェックし始めたのだ。だがジュリアたち医師が発行した診断書を持っていた者はすんなりとその関門を通り抜けたが、持っていなかった者はその場で睨まれながら食べ残した物を食べる羽目になったのだ。それは居心地のいいものではない。

 その後、ロンドヴァルトの予言に反して、ジュリアたちが忙しくなったのは言うまでもなかった。

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