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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
132/142

マーシア28

 フリーダムの食堂は満員だった。ミールマシンの前には列ができている。

「珍しいな」

 リョウはその光景に思わず呟いた。マーシアの視線を受けて、

「フリーダムはギリギリの人数で動かしていたんだ。ここがいっぱいになることは殆どなかったんだ」

「だが、今はグラントゥールで満員か。何しろ行政士官までいるからな」

「いつも彼らがくっついているのか」

 リョウとマーシアは食堂の奥に席を確保すると、ミールマシンの列に加わった。

「戦闘中以外はな。戦闘中だって、連中はやってくるときもある。特に使命感に燃えた新人は状況がわからないから、殺気立っているブリッジにやってくるんだ」

 マーシアの口元に笑みが浮かんだ。

「何をしたんだ?」

「激戦の最中に些細な訴訟の案件を持ってきた奴がいたんだ。彼が報告書を手渡した瞬間に、ブリッジのドアが壊れてね。開かなくなっても私たちは困らなかったが、船体の破損報告や艦隊の被害状況が怒号とともに飛び交っているところに取り残された行政士官はブリッジの隅で腰を抜かしていた。もちろん戦闘が終了した途端、壊れていたドアは直ったが、それからしばらく彼はブリッジには近づかなかったよ」

「随分と意地の悪いことをするな」

 量はトレイに盛り付けられた食事にちらりと目を向けた。人造肉のソテーに乾燥野菜を戻しただけの付け合わせと、粉末ポテトを使ったサラダに硬くなったパンだ。ここ数日、同じメニューが続いているのは、担当者が横着をしているせいか、それとも自分たちの艦を乗っ取ったグラントゥールに対する嫌がらせのどちらかだろう。もしかしたらその両方の可能性もあるが。

「一種の教育だ。いきなり行政士官になった者は、一度はそういう目にあう。彼らのその職務の性質上、他の士官たちのように戦場の極限状態を味わうことがないからな」

 マーシアがトレイを置いたとたん、ミールマシンが止まった。

「壊れたようだな」

 マーシアはまだ自分の後ろに列ができているのを見て、

「至急、誰かに直させないといけないが、保守点検の担当者は誰なんだ? 捕虜の中にいるのなら、連れてくるように命令を出す」

 マーシアは一度置いたトレイを再び手に取った。彼女のことだ。このままだと戦時食の高カロリースティックを食べるだけで済ませるに違いない。リョウはマーシアを押しとどめると、ミールマシンを拳で加減しながら叩いた。その途端、再びミールマシンは動き出し、マーシアのトレイの中に今日のメニューが出てくる。

「随分と原始的な修理方法だな」

「だが、こいつにはこれが一番よく効くんだ」

 テーブルの間を抜けて席に戻るまでに、物問いたげな視線や恨めしげな視線を感じる。視線の元はグラントゥールの兵士たちだ。彼らの食は進んではいないようだ。他に食べる物がないから仕方なく口に入れているという様子だ。

 グラントゥールの上層部は自分たちの部下、特に兵士のように現場で戦っている者たちには、帝国の基準から見れば贅沢ともいえる待遇を与えている。特に食事面は帝国に存在する軍組織の中でも最高だろう。その彼らがフリーダムの食事を不満に思わないわけはないのだ。だが彼らも兵士だ。これが任務となれば面と向かっての苦情は言わない。しかし今は少し事情が違うらしい。

 マーシアが席に着くと、それを待っていたかのように一人の兵士がつか付いてきた。彼はテーブルの横に立つと緊張しているのかいささかぎこちない様子で敬礼し、

「意見の具申を受けていただけますか?」

 と尋ねてきた。声は少しばかり震えている。なけなしの勇気を振り絞っているようだ。

 人造肉を切り分け、フォークを刺したところだったマーシアは顔を上げた。食堂中の視線が向けられたようだ。誰もがこのやりとりを注視している。

「君は?」

 マーシアの問いかけに、彼は何度か口を開け閉めした後、

「レガシード艦隊旗艦機関部所属の二等兵アレックス・オーギンです」

「オーギン、意見を聞こう」

 マーシアはオーギンに向き直った。

「こ、ここで出される食事のことです。状況は分かっていますが、も、もう少し食べられるものを出してもらいたいのです。一番下の兵士にとって、食事だけが楽しみなのです。ここでの食事はまるで罰を受けているような感じです。みんな旗艦の食事を懐かしがっています」

 じっと見つめるマーシアの視線に彼は必死で耐えているようだ。だが感心なことに、言葉は緊張でどもりながらの意見具申だがその目はマーシアから外れたことはなかった。

「話は聞いた。下がれ」

 彼はその言葉にハッと我に帰ると、かろうじて敬礼をして、仲間のいるテーブルに戻った。

 彼が力尽きた状態でテーブルに着くと、仲間たちが彼の勇気を讃えている。彼らにとってはよほど切実だったのだろう。一方で、彼の上司と思われる者たちはまるで苦虫でも噛み潰したかのような表情を浮かべていた。

「彼は大丈夫かな?」

 リョウは無造作に人造肉を食べているマーシアに尋ねた。

「後で上官たちから何らかの処分を受けることはないか?」

「そんなことをしたら、彼らは直ちに一兵士に逆戻りだ。帝国軍での一般兵の意見具申は形だけだったのだろう? ここではそれはない。今の時間は私的な時間なんだ。そこでは一般兵士であろうと、軍上層部に意見を言うことができる。彼はきちんと礼節と手順を踏んだからな。誰も処罰はしない。もちろんだからと言って、」彼の言い分をそのまま受け入れることはない。仮に彼が今のよう形で、誰かを告発したとしよう。そういうことも時々起きるんだ。その場合もきちんと調査され、その結果、告発を受けた側に全く非がないとされた場合、今度は告発をした方が掟に則って裁かれる。最悪の場合は、グラントゥールからの追放だ。だから兵士達も愚かなことはしない」

 マーシアは人造肉のソテーを切に食べ終えた。彼女の食べ方を見ていると、ミールマシンの料理でも高級料理のように思えた。そこに彼女の育ちの良さが現れている。


「そんなにまずいのか?」

「うまい、とはとてもじゃないが言えないな」

「だったら、なぜ食べる?」

 コーヒーを飲みながらマーシアは、リョウが皿をきれいにしていく様を眺めていた。

「ほかに選択の余地がないからだ。これが食べられないのなら、栄養スティックを食べるか食事を抜くことになる。俺は栄養スティックで空腹を満たすぐらいなら、こっちを食べる」

 リョウは付け合わせの野菜を飲み込むと、

「収容所での食事のことを考えると、はるかにマシだからな」

「そういうことか……」

 一人つぶやいたマーシアは、急に立ち上がった。

「諸君」

 マーシアは食堂にいるものの注意を引くように語りかけた。

「私はまず君たちの謝らなければならない。ここの食事状況について今まで何の手も打たなかったこと改めて謝罪する」

 そういうと何のためらいもなくマーシアは頭を下げた。

「そして直ちに食事を改善することを約束する」

 その途端、テーブルのあちこちから歓声が上がる。

「エリスサーヌスのパイ皮包みとかもお願いできますか?」

「チコレッティの塩煮込みも?」

「レーヴェのアルティンソースもお願いします」

 次々と聞きなれないメニューが出てくる。そのままだと永遠に聞き続ける羽目になりそうだ。マーシアは手を上げて、彼らを黙らせると、

「君たちの要望は可能な限り、聞きたいと思う。食事について意見のあるものは上官に申し出るといい。彼らから私にその意見は届くはずだ」

 再び若い兵士たちの間から歓喜の声が上がる。一方、彼らの意見を最初に聞くことになった上官たちは困惑や苦々しさを通り越して、一様にうんざりした表情を浮かべている。通常業務のほかに、彼らの要望を取りまとめて上に報告しなければならなくなったのだ。

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