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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
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マーシア27

「あれが皇帝……」

 ブリッジの片隅からアリシアーナのつぶやきが聞こえた。

 帝国臣民の多くが知る皇帝は、皇帝の重々しい服に身を包み、常に厳しい表情を浮かべている姿だ。だが今の彼は、ローブをまとったラフな格好だ。神は乱れていて、どうやら眠っていたところを起こされて様子だ。

「今、こちらは何時かわかっているのかな?」

 だが機嫌が悪い様子ではない。

「そちらが何時かなんて私の知ったことではありません」

 アリシアーナが目を丸くしてマーシアを見る。それはニコラスも同様だ。二人にとっては、マーシアのその対等な態度が信じられないものに映ったのだ。いくら帝国の体制に反対して戦いを挑んでいたとしても、物心つく前から皇帝の存在とともにあった彼女たちは、目の前に皇帝がいる姿を見て、圧倒されていた。それがたとえ寝起きの姿だとしても、一瞬彼女たちに向けられた視線の鋭さに、この銀河をスクリーンに映っている男が支配しているのだと思い知らされたのだ。それなのにマーシアは平然と言い返している。

「少々、対処が遅くありませんか? 緊急の通信を入れてからしばらくたってますが?」

「わかっている。わざと報告を遅らせた可能性がないか、至急調べるよう手配した。この近くにも向こうの手のものがいる可能性は捨てきれないからな。それで、緊急の用とはなんだ? 慌てているようにも見えないが?」

「そんなことで慌てていたら、グラントゥールではありませんよ」

「相変わらず、君たちは自信家だな。ところであの男は誰だ? 何かをする気のようだが?」

 マーシアは促されて、エディの座る通信オペレーターの席に目を向けた。リョウがエディと何やら協議している。

「できるか?」

 と尋ねるリョウの声が聞こえ、それに対して頷くエディが見えた。

「あれがリョウ・ハヤセか」

「よく知っていましたね」

「先日、レオスに散々嫌味を言われたからな。レオスはリョウにかなり感心したらしい。彼のような男を追放するような制度をなんとかしない限り、先はないと言われたよ」

「それはずいぶんはっきりとした言い方ですね」

 マーシアはくすりと笑った。

 そこにリョウが振り向く。

「俺の話はいいから、会話を進めてもらえないか?」

「一体何をする気なんだ?」

「君の大量虐殺をやめさせる。皇帝から言質を取るんだろう? それを強制的に彼らに聞かせてやるんだ。そうすれば彼らはその場に止まるだろう。少なくとも真偽を問い合わせようとするだろうし、その間は攻撃をかけてこないはずだ」

「お前はまた私の楽しみを取り上げるつもりか?」

「あの愚かな貴族の下には、多くの一般の兵士がいるんだ。彼らは上官を選ぶことはできないんだ。それに大量虐殺が趣味というのはいただけないぞ」

「そんな趣味はない」

 ムッとした口調のマーシアの声に被るようにサイラート帝が声を上げて笑った。

「なかなか面白い男だ。で、私に何を言わせる気なんだ?」

 マーシアはスクリーンに向き直った。

「帝国軍の艦隊だと名乗る輩が、我がグラントゥールの領域に入ろうとしているんです。しかもグランウールの識別ができないと言っているんです」

「ティーゲルン子爵の艦隊だな」

 サイラート帝は先ほどまでの優しげな表情とは打って変わって、口元に冷酷な笑みを浮かべると

「マーシア、レオスがグラントゥールの筆頭公爵である続ける限り、グラントゥールんとの契約は変わらない。すなわち私の許可なくグラントゥールには手を出すな、だ。もしそれに従わぬものがいたら、それは私の軍ではないし、帝国軍を詐称することは許されぬ。そなたたちの好きにするがよい」

 サイラート帝とマーシアは肉食獣を思わせるような笑みを浮かべた。


「後発の艦隊の前進が止まりました」

 マーシアは先ほどまでサイラート帝が映っていたスクリーンに目を向けた。量の作戦が功を奏し、帝国軍の艦隊は二つに分かれていた。その大半は前進を止めて、グラントゥールとの交戦を避けようとしていたが、先頭の三隻は速度を落とすことなく進み続けている。

「随分と舐めてくれたものだな」

 マーシアがフラーに頷いて見せると、フラーは片方の眉を上げる。

「警告は十分にした。中にいる兵士たちは運が悪かったがな。兵士が能無しでも大した被害にはならないが、指揮官が能無しだと、被害は甚大だ」

「だが我々にその懸念はない」

「確かに無能者が安住できるほどこの椅子は心地よいものではないからな」

 シニカルに笑うマーシアを横に見ながら、フラーは自分の艦隊に、攻撃の指示を出した。

 その瞬間、艦隊の配置を示していたスクリーンに、突入してくる帝国軍の三隻を囲むように、グラントゥールのマークが出現した。その三隻に逃げ場はない。次の瞬間、三つの光点が消えた。

「我々はこれより、ティラリス星域に向かう。準備ができ次第ワープを行う」

 マーシアは三隻の艦を撃破したことなどなかったかのように、何の感情もない声でそう告げた。残った艦など眼中になく、彼らはワープに向けて動き出す。

 そして旗艦を失った帝国軍がすくむように止まっている目の前で、マーシアとその艦隊は悠然とワープフィールドを展開し、消えた。


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