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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
130/142

マーシア26

 ブリッジは思いの外、静かだった。

 景気の音と確認ために交わされる会話に混じって、紙をめくる音が聞こえる。

「何しろここには仕事をためていた人間が二人もいますからね」

 ロンドヴァルトはそう言って笑うと、リョウに書類を手渡した。量はないのになぜかずっしりと重たく感じる。

 マーシアが書類から目を挙げてリョウを見るとニヤリと笑った。

「エデュアルト卿、行政士官の宇宙艇が到着しましたが、彼らの執務室はどちらに用意しますか?」

 管制担当オペレーター席にいるのは、リョウの知らない女性だった。グラントゥールの人間なのだろう。その報告を聞いたエディがマーシアを振り返る。

「格納庫の隅でいい」

 マーシアが苦虫を噛み潰したような顔で告げるが、エディは動かなかった。

「そんな待遇をしたら、連中は昼も夜もまとわりつきますよ。彼らにはできるだけ大人しくして欲しいのではありませんか?」

「一番いいのは、攻撃の受けやすい部屋に彼らを閉じ込めておくことだと思うが?」

「それは名案です。確かにそうすれば、彼らはすぐいなくなるし、その責任はこちらにはありませんしね。ですが、彼らはすぐに次の人間を送り込んできますよ。その時は絶対、ブリッジに執務室を用意するように要求してきます。それでは困るでしょう?」

 マーシアはうんざりとしたフョウ城を浮かべると、先ほどまで謁見室としていた部屋を彼らの執務室に割り当てるように指示を出す。

「エデュアルト卿が諌めていましたが、いずれ彼も投手になった時は、レディと同じことを言うんです。彼らにとっては一種のジョークなんです。何世代にもわたる伝統ですね」

 リョウは笑うとブリッジの片隅に空いている席を見つけ、書類を手に腰を下ろした。

 そして何枚目かの書類に署名をした時だった。マーシアだけでなくエディも同じように書類に目を通し、署名をして、横の男に渡している。男はマーシアの横に立つ男と同じ徽章をつけている。

「あの徽章は行政士官のものです。私は厳密には行政士官ではありませんので、徽章は違います」

 リョウはちらりと彼の徽章に目を走らせた。それはシンプルなもので、交差する二重リングの星だ。きっと彼が所属している部隊のものなのだろう。

「それにしてもエディにも行政士官がいるのか」

 リョウは少々驚いていた。二十歳を出たばかりだろうと思われる彼が、潜入していたグラントゥールであることは納得できたが、マーシアと同じように行政士官を従える身分だとはさすがに思わなかったのだ。

「エデュアルト卿は幾つかの惑星を管理しているんです。その一つは居住惑星で、あとは鉱石採掘用の惑星です」

「惑星を管理しているということは、グラントゥール内での立場はかなり上の方だということだな」

「ええ、そうです」

 ちょうどその時だった。

「前方に重力場変動を確認」

 索敵オペレーターの声にリョウは顔を上げた。

「規模は?」

 エディが書類を脇に立つ男に渡しながら問う。マーシアは何枚かを急いで署名した。そしてロンダヴァルトはリョウに向かって手を伸ばしている。リョウは書類を渡して、

「臨戦態勢をとるのか?」

 ロンドヴァルトは頷いた。

「グラントゥールの関係者なら、いきなりやってきません。戦闘中でない限りね。それにイリス。システムが互いに連絡し合っていますから、こういうことは起こりません。こういう事態は大概、私たちに好意を持っていない連中の行いです。後はあなたたちの仕事です」 彼はそういうと、他の二人とともにブリッジを後にした。

「彼らの任務は書類の安全を守ることだからな。だから第1級警戒態勢に入った時は、常に一番安全な場所にいるし、脱出するとこも真っ先に脱出する。しかもその件に関して、彼らは自分で判断してもいいことになっているんだ」

「かなりの特権だな。問題は起きないのか?」

「起きないな。他の者たちも理由を言っているからな。私たちが連中の持ってくるのもが嫌いなことも、彼らの書類が消滅したら、もう一度作り直したそれに目を通さなければならないことも」

「相変わらず非効率だな。他のことは最先端なのに、こういうことだけは化石的だ」

 リョウは呆れたように首を振ると、マーシアの傍らに立った。マーシアの護衛についていた兵士が、それが当たり前のように場所をリョウに譲る。

「第一陣、ワープアウトしてきます」

 索敵担当オペレーターもリョウの知らない青年だ。どうやらブリッジのスタッフはウラントゥールの人間と入れ替わったらしい。

「艦隊の姿が見えないが、どうしたんだ?」

 リョウが目をやった前方のスクリーンにはフリーダムを中心とした配置図が写っていた。そこにはフリーダムを示すマークと、これから姿を現そうとしている帝国軍の艦のマークが映っているだけだ。

「後方に下がっている。体制の組み替えやアルシオールの連中の後始末があるからな。それぞれの艦にはアルシオールの兵士たちも乗り込んでいるんだ。彼らを始末する必要がある。万が一のことを考えて旗艦のそばにはない」

「ちょうどその隙を突かれた形になったようだ」

 フラーの声に振り返ると、彼らのそばにはニコラスとアリシアーナがいた。

「二人とも見学を希望したんでね。私の一存で連れてきたが、許可してもらえるかな? マイ・レディ?」

「彼らの処遇はお前に任せたはずだ。お前の好きなようにしろ」

「私は反対です」

 声をあげたのはエディだ。

「彼らはレディに対して敵対している人物です。そのような者をそばに近づけることは許されません」

「それはどういう立場での発言かな? エデュアルト・ハーライル・レガシード」

「もちろん補佐官としてのものです」

「それなら上申する相手を間違えているぞ。補佐官の上官はレディだ。私ではない。だがその発言がレガシード公爵家次期当主としてのものなら、自分の意を通す方法はあるだろう。それを行う気はあるのかな?」

 エディはぐっと言葉を飲み込んだ。しばらくしてフラーを無言で睨み付けると、大きく息を吐いて

「今の私には、まだそこに立つ覚悟はありません」

「ならば大人しく自分職務を果たすことだ。補佐官としてのな」

 エディは恨めしげな一瞥をフラーに投げると、気持ちを切り替えるようにして正面に向き直った。


「エディ、サイラート帝とのホットラインを開け」

「了解しました」

 エディは通信オペレータの席に座ると、自らパネルを操作する。

「ホットラインだって? サイラートと直接話す気なのか?」

 マーシアはニコラスに顔を向けると、

「他に何をしろと言うんだ?」

「サイラート帝と話して艦隊の攻撃をやめさせる気なの?」

 と聞いてきたのはアリシアーナだ。

「なぜそんなことをする必要がある? 戦いはグラントゥールの生業の一つだ。連絡を取るのは確認のためだ」

「確認?」

「ああ。そうだ、ニコラス。できるなら直接言質を取りたいからな。ディヴィット卿、アルシオールにはどれだけの情報を流した?」

「惑星破壊弾が使用されてからは、偽情報だけだ。連中はまだアルシアーナが私たちと行動を共にしていると思っているはずだ。フリーダムには乗っていないとな。だからあの艦隊に攻撃の意思があれば、アルシオールからの指令を受けているとみて構わないだろう」

「前方の艦隊からワープ通信です」

 エディがスクリーンに相手を映し出した。そこに写った男は艦隊指令の肩章はつけているものの、その軍服は帝国軍の階級における規律ギリギリの派手さを表現したものだ。帝国建国に貢献のあった貴族だからこそ許される出で立ちと言っていい。

 リョウとニコラスが同時に嫌悪感をあらわにした。二人とも帝国軍の軍人だったのだ。こういう連中がどのような輩か十分身にしみている。

「反逆者共に告げる。直ちに降伏せよ。左すれば温情を与えてやろう」

 高慢な上に自分が絶対的な指導権を握っていると思い込んでいる男に、マーシアはあからさまにため息をついてみせる。男にもその意味がはっきりとわかったのだろう。顔色が変わった。

「我々はグラントゥールだ。それ以上緩衝宙域を許可なく航行することは、グラントゥールに対する挑戦と見做すが、それでもいいのか?」

「我がレーダーにはグランウールなど存在しない。しかも我々は栄えある帝国艦隊だ。我々の行く手を遮るものはすなわち反逆者だ」

 傲慢さもここに極まったという男の言葉に、

「今時まだこのような愚か者は存在しているとはな」

 とフラーが吐き捨てる。

「今だからだ、ディヴィット卿」

 マーシアがそう答えると二人は視線を交わし、互いに頷いた。

 そこにエディの声が届く。

「帝国皇宮との通信がつながりました。サイラート帝です」

 スクリーンには傲慢な帝国貴族の男から、五十代半ばの偉丈夫な男を映し出してた。

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