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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン13

 リョウはハーヴィから差し出された防寒スーツに手を通した。薄くて軽いそれはシャツのように動きやすいものだったが、ヒューロンの寒さを防ぐには十分とはとても思えなかった。日中でも氷点下を下回る日が続くのだ。

 うきうきとした様子で館の外に出るハーヴィに続いたリョウは、グラントゥールの防寒スーツの性能に驚いた。

 このグラントゥールの防寒スーツはこれ一枚で、収容所の防寒スーツを何枚も重ねたものよりも暖かい。しかも程良く内側の湿気を開放するせいか、とても着心地がいい。これも兵士たちの衣食住には十分すぎるほど気を配るグラントゥールのやり方なのだろう。


「なにしているんですか。こっちですよ」

 先に駈けだしていたハーヴィが立ち止まって振り返り、叫んだ。

 リョウは顔をほころばせる。両親を亡くしたリョウには血のつながった家族はいない。だからなおのこと、エリックから言いつかった護衛という任務以上に自分のことを気にかけてくれている彼の気持ちがうれしい。弟がいたらこんな感じなのだろうかと思いながら、ハーヴィの後を追う。


 館の周りは思いのほか起伏のある土地に囲まれているようだ。ヒューロンの景色と言えば、収容所の周りしか知らないリョウにとって、あたりの景色の変化を興味深く見ながら斜面を登る。収容時の周りはほとんど起伏がなく見晴らしがとてもいい。だが見晴らしがよくても外を楽しむ余裕は、彼ら囚人にはないのだが。ここの斜面は、収容所から採掘場まで通っていた斜面よりもなだらかなのにもかかわらず足が重い。リョウは苦笑する。ひととき眠って体を休めたとは言うものの、昼前に軽い気持ちで行った特別訓練の実戦シミュレーションの疲れがまだとれていないのだ。もう少し体を休めたかったのだが、ハーヴィががっかりさせたくなくて、ここにこうしているわけだ。丸腰の上に体が自在に動かない状態で、敵に襲われたらどうしようない。敵といってもここでは、収容所の看守たちだが……。マーシアに保護されて以来、彼らは何の行動も起こしていないようにリョウには思えた。自分たちの手から逃れた囚人が、同じ地続きの上にいるのだ。距離的にはそれほど離れているとはいえない。それなのに、彼らは取り戻そうとしているようには思えなかった。もっともマーシアがそういう抗議をいっさい彼の耳に入れないようにしているのかもしれないのだが。


「グラントゥールか……」

 ハーヴィの背を見やると、マーシアやエリックたちのことを考えた。看守たちはグラントゥールと聞いてひるんだ様子を見せたし、マーシアはサイラート帝に直接会いに行っている。そして彼らに共通しているのは、ほかの惑星国家の政府が帝国と聞くと、思わず威儀を正し、その命令には従わなければならないという強迫観念にも似たものを持っているのに対して、彼らは帝国の権威を鼻であしらうような態度を見せる。

「きみたちは帝国を恐れたりはしないのか?」

 彼の歩みがゆっくりなの気にして、駆け戻ったハーヴィは何でそんなことを聞くのかという顔で、

「なぜ恐れる必要があるんですか?」

 と逆に聞き返される。

「帝国は斜陽の国だが、その権力は健在だ。気に入らない国があれば、平然と押しつぶしてしまう。だからほかの国々の多くは、皇帝の顔色をうかがって息を潜めている。言いたいことも言えずにな。それなのにきみたちは……」

「好き勝手なことを言っている、と。しかも皇帝に敬意を払うことはいっさいしないと、いいたいんですね」

 リョウはうなずいた。

「皇帝が私たちを気に入らないといって排除したければそうすればいいんです。わたしたちは一丸となって、戦って自分たちの信条を守り抜くだけです。そうなれば帝国は崩壊するでしょうけど」

 ハーヴィの顔に傲慢ともいえる自信が現れていた。グラントゥールか本気を出せば、帝国が崩壊するほどの打撃を与えられると信じているような顔だ。いったい彼らはどれだけの戦力があるというのだ?


「きみたちの信条ってなんだ?」

 なぜかそれがとても重要な気がする。

「自由と独立です。それを守るために私たちは帝国が成立以前より多くの血を流しているんです。この銀河を誰が支配しようとわたしたちにはどうでもいいことです。ただ彼らがわたしたちの自由と独立を侵さなければね」

「帝国はそれを守っているのか?」

「だからあなたはこうして無事でいられるんです。レディが守っているあなたを引き渡しように命令する事は彼らにはできません。グラントゥールに帝国の法は及ばないんです」

 ハーヴィはリョウと並んで歩き出すと、

「でもわたしたちの間に掟が存在しています。むしろ帝国の法よりもわたしたちの掟の方が厳しいと思いますよ。わたしたちの先祖が宇宙海賊をしていた時代から続いているものもありますし、掟は厳格に守られています。筆頭公爵の当主といえども掟に背くことは許されません。皇帝には法が及ばない帝国とは大違いでしょう?」

 グラントゥールの筆頭公爵というのは、ほかの惑星国家でいう政府の元首のことだ。マーシアにいわせればグラントゥールの雑用係だという。


「マーシアが戻ってくるのは、明日か」

「待ち遠しいですか?」

「ああ」

 ハーヴィの目が少しばかり驚いたように大きくなった。リョウが本心からそう持っているのがわかったのだろう。ハーヴィはほほえんで、

「あなたは本当に不思議な人ですね。少しは見栄を張ったり、強がったりはしないんですか? 大の男が自分よりも弱い女性に守られているんですよ。男として恥ずかしいとは思わないのですか?」

 その口調にはさげすみが混じっているように聞こえた。彼は保護者であるマーシアを、一人前の男である自分が待ちこがれているのを見て、女々しく思っているのだろう。

 だが自分の気持ちに嘘をつくつもりはない。まだ四日しかたっていないというのに、リョウはマーシアに会いたくてたまらなかった。

「ハーヴィ。俺にだって見栄やプライドはあるよ。だが今の俺は間違いなくマーシアに守られているんだ。彼女の力のおかげで俺はこうしてここに自由にしていられる。それが紛れもない事実なのに、そんなことを隠すために強がるのか? 見栄を張るのか? いったい何のために?」

「男としてのプライドに関わるからですよ」

「プライドか……」

 リョウは自嘲するような笑みを浮かべると、

「ハーヴィ。結局は俺自身に力がないから、マーシアの保護を受けることになっているんだ。俺が弱いのに、男としてのプライドだという資格があると思うか?」

 リョウはグラントゥールの人々が十分に兵士の志気を高め、また新しい研究を行いその成果を実現させるのに並々ならない努力をするのは、常に強くあるためであることに気づいていた。

「それに俺はフライドや見栄のために自分の気持ちをごまかしたくはないんだ」

「あなたはイクスファ星域で見事な退却戦を行ったときいていますけど、そんなに素直に感情を表していては敵との駆け引きは難しいのではありませんか?」

 よく退却が成功しましたね。彼の口調は言外にそういっていた。ハーヴィは時折、辛辣になる。リョウを兄のように慕うハーヴィともう一人別の冷ややかな目を持っている彼がいるようだ。

「俺は軍人だったが、戦いは好きじゃないし、この手で人を殺すのも嫌いだ。だが必要とあれば俺は人を殺せるし、平気で嘘をつく。だがいまはそういう場面ではないだろう。少なくともおまえは俺の敵ではない」

 ハーヴィが照れくさそうにほほえんだ。

「そういってくださるとうれしいです。グラントゥール以外の人たちをよく知りませんが、みんなそんな風なんですか?」

「みんなといわれても困るな。ただ俺はそうだというだけさ。グラントゥールの人間は互いに嘘をつきあうのか?」

 逆に話を振られたハーヴィは戸惑った様子を見せ、なにかを考えるように遠くを見つめて、

「グラントゥールの人間を、あまり信用しないほうがあなたのためかもしれません。わたしたちは互いに嘘をつくことは少ないですが、多くの隠し事を持っていますから」

 いつも以上にまじめで真剣な口調にリョウは改めて、ハーヴィを見下ろした。

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