マーシア23
扉が閉められた途端、フラーは公爵としての威厳に満ちた声で、矢継ぎ早に指示を出していく。兵士たちは無駄のない動きで、アルシオールの廷臣たちを次々と拘束し退場させていく。
リチャードは後手にされ手錠をはめられたが、その場に残されていた。アリシアーナのそばにも銃を構えた兵士が両脇を囲んでいる。少しでもおかしな動きをしたら、直ちに反撃する体制だ。また兵士たちはニコラスとジュリアの周りにも配置されている。拘束されないだけマシだという待遇だ。だが彼らは完全に捕虜だった。しかもアリシアーナと違い価値は全くないのだ。抵抗のそぶりを少しでもに見せれば、兵士たちはためらいなく引き金を引くだろう。威嚇ではなく殺すために。
フリーダムの仲間がそんな状態の中、フラーのそばにいるリョウだけが異質だった。兵士たちは誰一人、彼に銃口を向けることも警戒もしていない。だからといって、無視をしているのではない。彼らはそれぞれの任務をこなしながら、時折リョウに意識を向けているようなところがあった。
「さて、私は君をどうしたら良いのかな?」
フラーはもったいをつけながら問いかけてきた。
「捕虜として、彼らと同じ扱いをすべきか? それともグラントゥールの掟に則って、君に銃を渡すべきかな? 資格は得ているし、銃がなければマイ・レディを守ることができないのは承知だろう」
ジュリアはリョウが決断を迫られているのがわかった。それがどんな意味なのかはわからない。だがそれはとても重大で、そして決定的なことなのだとわかる。ジュリアは息を飲んで、リョウの言葉を待った。
リョウに迷う必要はなかった。既に心は決まっている。もうずっと前から、ヒューロンでマーシアと別れたときから、決まっていたのだ。
「銃をもらおう」
それは厳かな響きを伴っていた。同時に今まで帝国軍の兵士の頃から共に笑い、助け合ってきた仲間との決別の響きでもあり、より困難な道を歩くことを決意した響きでもあった。
「リョウ!」
ジュリアが悲鳴にも似た叫びをあげる。
「リョウ、グラントゥールは帝国側なんだぞ。たった一人の女のために自分の信念を曲げるつもりなのか。今までのお前の戦いは一体何だったんだ? あれほど帝国に逆らってきたのにそれをあっさり捨て去るのか!」
ニコラスの思いがリョウには痛かった。二人は道を違えた。だが、歩く道は違っても行くつく先は一緒だと思っていたのだろう。リョウもそのつもりだった。だが今はそれよりも大切なものがある。たとえそれがどこの陣営に属していようともリョウは守りたいのだ。
「すまない、ニコラス。もともと俺には君達と共に歩いて行く資格がなかったんだ。再会したときにそのことに気づいていれば、俺はこの艦に乗らなかっただろう。だがそのときは気づかなかった。一緒に戦っていけると思っていたんだ。だが……」
「一体、資格ってなんなの? あなたには十分な資格があるわ。そうでしょう、あなたは私たちのために」
「ないんだ」
リョウはジュリアの言葉を遮った。
「俺には本当にお前たちと一緒にいる資格はないんだ。いや、俺はヒューロンでその資格を自分の手で捨てたんだ」
「どういう意味なの?」
「ヒューロンでマーシアに助けられたとき、一度ヒューロンを脱出できる機会があった。もちろん彼女の手を借りてだが。そのときマーシアは収容所の囚人としてではなく、ただの人間としての身分を与えてくれると言ってくれた。その後で反帝国活動をするのも自由だと言ってくれたんだ」
「あなたはそれを受け入れなかったんでしょう? だから資格がないというの? でもそれは矜持の問題でしょう。グラントゥールは帝国側なのよ。敵の手を借りて脱出することは大きなリスクだわ」
ジュリアはまだ戸惑ったままだ。リョウは続けた。
「そうじゃないんだ。グラントゥールは一見帝国側に見えるだけだ。俺一人、自由にして反帝国活動をしたところで、帝国に釈明などしないし、気にもとめない。本来なら、俺は彼女の申し出に乗じて自由を得るべきだったんだ」
「でもそうしなかった?」
「そうだ。俺は彼女が出したった一つの条件が飲めなかったんだ」
「条件? いったい彼女はどんな条件を出したの?」
「俺たちに関わるなという条件だ」
事情を知っているニコラスが、ジュリアに囁き、リョウを見た。
「それが関係あるんだな」
リョウは頷く。
「俺にはマーシアの出したその条件が飲めなかった」
「そんなの、当たり前だわ。あなたは私たちの仲間なのよ」
ジュリアがリョウの言葉を遮る。リョウは自分のためにそう言ってくれる彼女を嬉しく思うと同時に、苦しかった。
「ジュリア、君が考えていることとは違うんだ。俺は軍人だ。必要とあれば、嘘をつくこともできる。本当なら、俺はマーシアに嘘をつくべきだったんだ。君達と合流することはしないと誓って、自由を手に入れ、君たちと合流すべきだったんだ。だが、俺は君たちと一緒に戦うことよりも、マーシアに誓いを守れない男だと蔑まれることを恐れた。だから守れないとわかっている約束はできなかった。俺はその選択をした時点で同じ道を歩く資格を失ったんだ。すまない、ジュリア」
「そんな……あなたのせいではないわ……」
ジュリアはまだ困惑しているようだ。しかしニコラスの目は静かだった。
「終わりということだな」
ニコラスの声は怒りも腹立ちも全ての感情を飲み込んだ後のように穏やかだった。リョウは正面からニコラスを見つめ返した。
「そうだ、終わりだ、ニコラス。俺はもう一緒にはいけない」
二人の間に沈黙が降りる。
「お前は一番の親友で、俺の自慢の男だった」
「俺もだ、ニコラス。お前と一緒に戦った日々は楽しかったよ」
「俺もだ、リョウ。おそらく二度とあんな楽しい日々はないだろう」
二人は互いを改めて見つめると、同時に敬礼をした。そうすることでお互いに敬意を払い、そして過去に決別したのだ。
手を下ろしたリョウはくるりと背を向ける。振り返ることはない。
リョウは差し出された銃を受け取り、装備しながら扉に向かっていく。そしてその向こうに消えた。
ジュリアがニコラスに体を寄せる。苦しげに扉を見つめるジュリアを、ニコラスは強く抱きしめた。




