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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
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マーシア20

「わたくしたちを、いえ、お父様を裏切るというのですか?」

 ざわめくお供のものたとが一斉にアリシアーナを見た。だがアリシアーナは彼らの視線をまるで感じていないように、ただ青ざめて顔でフラーを見下ろした。

「どうして? あんなに親身にわたくしのことを考えてくださったあなたが、どうしてそのようなことを……」

 その声は震えていた。リチャードが痛ましげにアリシアーナに目を向けると、再び怒りがこみ上げてきたのか、フェラーを見据える。

「しがない宇宙海賊の身から、今やアルシオールの一軍を率いる将軍となれた恩を忘れ、おっ態度のように買収されたっ! 金か、それとも地位か? だがグラントゥールが約束を守るとは限らないぞ。連中は所詮宇宙海賊上がりの連中だ。以前のお前と同様にな」

「宇宙海賊のどこが悪い? お前たちも帝国も大した違いはあるまい? 奪えるところからは奪い、逆らうものは容赦なく弾圧する。ただ我々はそのことを取り繕わないだけだ」

 うんざり口調で答えたのはマーシアだ。

「それにしても、いい加減飽きてきた。お前たちの頭の悪さと察しの悪さにはうんざりだ。お前たちにも理解できるように改めて紹介しよう。お前たちがフラー将軍と呼んでいる男は、グラントゥールのレガシード公爵家の当主デイヴィッド・フリッツ・フラー・レガシードだ。そして彼がグラントゥールの第二艦隊の司令官だ」

 フラーが優雅に一礼して見せた。そして再び顔を上げた時、そこにいたのはグラントゥールの四大公爵家当主の威厳に満ちた男だった。その全身から醸し出される雰囲気は一朝一夕で身につくものではない。

 リチャードもさすがにフラーがグラントゥールに買収されたものではないことを悟った。


 一瞬のことだった。呆然としている人々を冷ややかに一瞥したマーシアは、この場には用はないとばかりに背を向けた。その隙を狙っていたかのように、その背に向かって赤い光を放つエネルギーソードが振り下ろされた。殺気に振り返ったマーシアが、頭を守ろうとするかのように、右腕を振り上げた。

「マーシア!」

 思わずリョウは叫ぶ。それと同時に何かが謁見室の中央に転がった。白く細い腕。リチャードに切り落とされたマーシアの右腕だ。

「貴様、一体どういうつもりだ!」

 叫ぶと同時にリョウはリチャードに飛びかかろうとした。だが、マーシアの一言が機先を制す。

「手出し無用」

 その言葉が発する力にリョウの足が止まった。

「これは私の戦いだ。そうだろう、リチャード」

 マーシアはリチャードを見やると、左手で右腕の付け根をひねった。かちゃりと何かがはずれた。左手がそれを、切り飛ばされた右腕に向かって放り投げる。切断された右腕と肩から下の残りの部分が並ぶ。二つの切り口からは火花が散っている。誰の目から見ても、それは生身の腕ではなかった。

 その時になって、リョウはようやくその異常さに気づいた。腕を切り落とされたのなら、痛みで一瞬でも動きが止まるはずだ。だがマーシアはそれを予期していたかのように平然としていた。それどころか、あえて隙を見せたことにリョウは気づいた。いくらフラーの部下たちが、アルシオールの面々とニコラスたちフリーダムの者たちを制圧していても、マーシアが無造作にそして無防備に背中を向けるはずはないのだ。マーシアはわざとリチャードを挑発したのだ。そのために右腕を犠牲にした。

 リョウは今になって、その右腕が義手だったことに気づき、同時に驚いた。今まで、わずかにでもそんなことを感じたことはなかった。それだけ精巧な義手だったのだ。

 リチャードにとってもそれは思いがけなかったのか、呆然とした顔で自分が切り落としたマーシアの腕を見つめている。

「そんなに義手が珍しいか? 兵士ならよくあることだろう。誰もが細胞再生処置を受けられるわけではないのだからな。もっともそれ一つで最新鋭の戦艦一隻分の費用がかかっている。おかげで動きも感覚も生身と変わらない。それどころか、動きは生身の腕よりもいい。これだけ高性能の義手は帝国にもないぞ」

 グラントゥールの技術力を純粋に自慢するような口調に、リョウは浮かび上がる笑みを慌てて抑えた。視線を感じて、そちらを見ると、フラーがリョウに向かってニヤリと笑った。


「一体、誰が……」

「誰が、だと……?」

 マーシアは呆れたように呟く。

「お前がそれを言うのか? お前がマルセリーナにとどめを刺したんだぞ。あの日、ヒューロンの白い女神が嘆いた日、お前はマルセリーナの右腕を切り落とした。あの時の襲撃がどれほどのだったか、お前は知っているはずだ。あのあと何度もあった襲撃事件の中で、あれが一番死に近づいた瞬間だった。だからレオス卿はお前を追いかけることができずに、お前は逃げおおせたんだ。さもなくば、今頃そこに立っていることはなかっただろう」

 マーシアはそう言うと、腰のベルトに左手で触れた。その手の動きに誘われるようにリチャードの視線が動く。次の瞬間、マーシアの左手にはエネルギーソードが光を放っていた。

「いつの間に!」

 リチャードは本能的にソードを構えなおし、いまだ明かされた事実を消化しきれていないアリシアーナを守ろうとするかのようお、彼女の前に立つ。闘気が今にも吹き出しそうだ。マーシアが一歩でもアリシアーナに近づいて途端、死闘が始まるのがわかる。マーシアの内にもゆっくりと戦意が高まっている。

「一度だけチャンスをやろう。私と戦うことがお前の望みだろう。私を殺すことによって、マルセリーナの亡霊をこの宇宙から消滅させたいと思っているのだろう。だから今、その機会をやる。お前が勝てばグラントゥールはこの艦から撤退する。私がいない以上この艦を囲む理由はないからな。グラントゥールの名にかけて誓う。レガシード公爵もそれでいいか」

「もちろんだ。我らはすぐにこの宙域から離れよう。あえて言うのなら、コレアあなたの個人的な戦いだ。あなたが勝とうが負けようが、グラントゥールには何の関係もない」

 マーシアは軽く頷くと、

「しかし私が勝った場合は、お前は襲撃事件で巻き添えを受けた罪なき人々に謝りに行くことになるぞ。その多くはこの宇宙にはいない」

 それはすなわち、リチャードを殺すと明確に宣言したに等しい。

「そしてこれが最後の機会だ。この戦いのあと、私はレディ・マーシア・フェルデヴァルトとして、グラントゥールの掟に従う。名誉を損なう死を受け入れるつもりはない」

 ソードを握るマーシアの手に力が入った。

「さあ、来るがよい」

 その瞬間、リチャ−ドの体がマーシアに向かって行った。

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