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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
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マーシア19

 アリシアーナのお供の人々は、明らかに戸惑っていた。自分たちの目の前で何かが起きていることはわかるものの、それが自分たちの運命をどのように変えていくのかわからずにいるからだ。

 だが、リョウにはもはや戸惑いも驚きも過去のものとなっていた。今は静かに成り行きを見つめる。この展開に戸惑いと不安を隠せずにいるニコラスやジュリアと違って、リョウには一つだけわかったことがあった。それは、マーシアがより過酷な道を歩くことを選んだということだ。そのためにレディ・マーシア・フェルデヴァルトという新たな仮面をつけ、鎧をまとう。これからマーシアを知るものは、この姿がマーシアだと思うだろう。だがそれが本当の彼女ではないことをリョウは知っている。そして自分がなすべきことへの覚悟はできていた。


 そしてもうひとり、覚悟を決めたものがいた。

 アリシアーナの横で、マーシアを見下ろしているリチャードだ。その目には戸惑いから驚きの感情が浮かび、今は憎悪に光っている。自分を取り戻したリチャードはマーシアの宣言を嘲るように笑った。

「宣戦布告だ、と! 敵はアルシオールだ、と! 捕虜としてこの場にいるのに、いったい何ができる。グラントゥールの連中は、ここにはいないんだぞ。どんなに胸を張ったところで所詮ひとりだ。たとえ、リョウが力を貸したところで、何もできはしない」

「なぜ、リョウの力が必要だと思うんだ? これはグラントゥールとアルシオールの問題だ。第三者の口出しは必要ない」

「あの男が第三者だと? あの男のために、どれだけ便宜を図っていたか知っているんだぞ」

「それはマーシア・フェルデヴァルトがやっていたことだ。お前の目の前にいるのは、レディ・マーシア・フェルデヴァルトだ。彼女はそのようなお人好しなことはしないんだ。もし彼がその権利もないのに口を挟むというのなら、その時は容赦はしない。ただそれだけだ」

 彼女の冷徹な言葉に、リチャ−ドは勢いを削がれた。流れはいつの間にか、敵地にたった一人でいるにもかかわらず平然としているマーシアが有利になっている。この状況をなんとか打破して、主導権を取り戻さなければならない。そう考えたリチャードは壇の下で控えているフラーに目をやった。

「フラー将軍、直ちに捕虜であるマーシア・フェルデヴァルトを拘束せよ」

「ダメよ。リチャード。お姉さまには相応の……」

 その瞬間だった。

 すべての照明が一斉に消える。

「なんなの?」

 思わず声を上げたジュリアの横では、ニコラスがベルトのホルスターから情報端末を取り出し、通話スイッチを入れた。その途端、何事もなかったかのように照明がつく。

「このような重大な時に停電が起きるとは……この艦の管理はどうなっているのだろうな?」

 アリシアーナの供の男が、先ほどまでのリチャードとマーシアの戦いの緊張から、一時でも解き放たれたいと願うかのように、ニコラスたちに嫌味をぶつける。ムッとしてその男を睨むニコラス。

「フラー将軍」

 リチャードは彼らのささやかな争いなど眼中になく、まだ動こうともしないフラーを促す。

 しかし次の瞬間、スピーカーから聞こえてきた切羽詰まった声に、再び事態が変わったことを彼らは知った。


「艦長、反乱です。エディがコンピュータを乗っ取って……」

 彼の言葉はそこで終わった。その直後に聞こえてきたのは公団が命中した鈍い音と息絶える様子だった。

「エディが反乱……」

「いったい何が起きているんだ?」

 ジュリアもニコラスも事態を把握することすらできなかった。

「いったい彼に何があったというの? 反乱を起こすほど不満があったなんて……」

 ジュリアの呆然としたつぶやきをリョウは冷静に聞いていた。

 脳裏のほんの片隅、それも無意識の領域がエディに対してある違和感を感じていたのだろう。それが表に出てきたのだ。エディはある人物にその雰囲気がとてもよく似ていた。彼はヒューロンでマーシアの側にいながら、彼女を暗殺するために、無害な人物という仮面をかぶっていたのだ。最初にエディと会った時、既視感があったのは、彼もまたマーシアの暗殺者ハーヴィーと同じように仮面をつけていたからだ。エディが仮面を外して、ようやくそのことに気づいたリョウはかすかに苦笑する。エディが理由を持ってこの艦に潜入したというのなら、そして今この状況で仮面を脱ぎ捨てた理由は……リョウはこの成り行きがどこに向かうのか見定めるように、視線をマーシアに向けた。

「マイ・レディ、いささか無様なことになりましたが、フリ−ダムは私が完全に抑えました。ご命令をお待ちしております」

 エディの声が謁見室のスピーカーから全員に聞こえるように流れた。

「第二艦隊の状況を知らせよ」

 しばし沈黙の後、エディの報告が入る。

「第二艦隊は現在命令待ちの状態です」

「要するに、暇だということだな」

 誰に聞かせるでもなくつぶやいたマーシアは

「第二艦隊に告げよ。この命令の伝達を持って、第二艦隊はレディ・マーシア・フェルデヴァルトの直営艦隊としての任務を命じると」

「了解しました」


「第二艦隊だと? どこにそんな艦隊がある。この宙域には我々しかいないことはすでに調査済みだ。この艦はアルシオールの艦隊に囲まれているんだぞ。強がりはおしまいだ。フラー将軍、何をしているんだ。すぐに彼女を拘束しろ」

 だがフラーは動かない。

「フラー将軍!」

 苛立つリチャードの声に、アリシアーナが首を傾けた。確かにフラーとリチャードの仲は良好とは言えないこともあるが、リチャードの命令は王の命令と同じなのだ。今までフラーは逆らったことはない。少なくともこれほどあからさまには。

「フラー将軍、いったいないをしているのだ。あなたはアリシアーナ様をお守りするのが任務のはずだ」

 激昂するリチャードとは反対にフラーは穏やかな笑みを浮かべ、

「残念だが、それはすでに私の任務ではない」

 そう静かに告げた。

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