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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
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マーシア16

「マーシアに、要塞とひとつ奪われたよ。鮮やかな手腕だな。怪我人一人出さなかった」

「借りたと言ってくれないか? あんなに使い勝手の悪い要塞を、俺たちは必要としないんだぞ」

 グラントゥールの筆頭公爵フェルデヴァルト家の当主レオスは、自分の艦の私室でワインを片手にプライベートな会話を楽しんでいた。彼の前に映し出されているのは、もちろんヴァルラート帝国の皇帝サイラートであった。サイラートも私室にいるようで、シャツの前ボタンは外され、非常にくつろいでいる様子だ。

「それにしてもマーシアはいつまであの艦にいるつもりなんだ? 居心地は良くないだろうに」

「そうでもないだろう。居住空間の良し悪しには全く頓着しないから、狭い空間に閉じ込められ、自由を制限されてもあれはさして苦にはならないだろう。それに他人の視線を気にするような子じゃない。悪意の中に囲まれていたとしても平然としているさ」

「そうだな。それにいざとなれば実力行使をしてでも、外にでいてくるか……」

 レオスは頷き、グラスに口をつけた。

「そこにとどまっているということは、マーシアにとって居心地がいいんだろう」

「あの男がいるからか? お前がわざわざ品定めしてきたという。生きているということは、少なくともお前の基準には合格したというわけだ」

「あれはなかなか面白い男だ。だがマーシアが止まっている理由はそれだけじゃない。一応フリーダムは敵だからな。さすがにそこまでは書類は追っかけて来ない」

「行政士官か……」

 サイラートが呟いた言葉は、グラントゥールの文官たちの呼び名であった。帝国でいうなら、行政の実務を行う官僚たちのことだ。

「連中はこちらが戦闘中だと言っても、わざわざ戦場まで書類を持ってくるからな。だがさすがに敵艦の中まではやってこない。マーシアが羨ましいよ。ほら、これを見てみろ」

 レオスは傍らに置かれている書類を持ち上げて、ひらひらとさせる。

「私が理解できないのは、新し物好きのグラントゥールがなぜその点だけは進化しないのかということだ。いまどき紙での決済など、辺境の惑星国家でもやっていないぞ」

「こういう旧式のやり方も気に入っているからさ。それにグラントゥールの中でも全員が宇宙生活に適応しているわけじゃない。かといって、地上でおとなしくしていられるほどでもないという人間がいるんだ。彼らが悪さを考えないようにこういうシステムを作ったのだろう」

「しかも重要なことは、もっと原始的に口伝だというからな」

 サイラートの言葉にレオスは頷き、

「お前はグラントゥールの情報管理のシステムを知りたいのか?」

「興味はあるが、だがそれはグラントゥールの機密事項だろう。危険領域に足を踏みれるつもりはない。そんなことをしようものなら、お前はグラントゥールのために、私を容赦無く切り捨てるだろうからな」

 レオスはニヤリとすると、グラスの中を一気に飲み干した。


 酒を飲み、たわいのない話に興じている二人の間には、たとえ物理的に距離が離れていても、そんなことを感じさせないほどの親密で穏やかな時間が流れていた。レオスの書類はいつの間にか脇に追いやられ、彼自身もっと居心地の良いソファーに移動していた。二人とも大きな席にを担う立場だ。それを一時的にでも脇において語り合うことは滅多にない。

 だがそんな貴重な時間も、サイラートがグラスを置いて側近の通信を受けた時点で終わった。

 再びこちらを向いたサイラートは皇帝の顔だった。

「たった今、アルシオール王国のラキスファンから請願があった」

「請願? それは珍しい。あのプライドだけの男が一体なんだと言ってきたんだ?」

 サイラートはグラスを手にすると、

「ラキスファンは体調が優れないために、上位を考えており、そこで第一王位継承者である第一王女マルセリーナの帰国を認めて欲しいと言ってきた」

「ほう、それこそ珍事だな。で、なんと答えるつもりだ?」

「決まっている。王女マルセリーナの件は当初の申し合わせ通りグラントゥールに一任している。王女の件で要求があれば、グラントゥールに直接申し入れろと告げるように指示したよ」

「お前、こちらに厄介ごとを押し付けたな?」

 サイラートはスクリーンの向こうでニヤリと笑うと、

「わたしが口を出すということはすなわち帝国が干渉するということだ。帝国はグラントゥールの内政問題に干渉する気はない」

「内政問題なら、こちらの好きなように処理ができるが……帝国としてはそれでいいのか? 我々が手を下すとなると、生半可なことでは済まなくなるぞ」

「以前のアルシオールなら、それなりの価値もあったが、今は、な……」

 濁した語尾の意味を、レオスはしっかりと理解していた。

「我々に害虫駆除をさせる気か?」

 サイラートはそれに応える代わりに、グラスを目の前に掲げた。

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