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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン12

「ワープフィールド、開放します」

 ヘリオス級高速艦の操縦士の言葉と同時に、前方の巨大なスクリーンには、白い惑星ヒューロンが姿を現した。

「不思議なものだな」

 艦長席に座っているマーシアはヒューロンを見つめたまま、横に立つエリックにつぶやいた。

「たった四日しか離れていないのに、妙に懐かしい感じがする。何度もここにやってきてはいたが、今までこんなことは一度だってなかった」

 その顔には自嘲するような笑みが浮かんでいた。

「サイラート帝ですら、あなたが早々にヒューロンに戻るときいて、耳を疑ったんですからね。彼のあんなに驚いた顔を見たのは初めてですよ。それだけでもついて行ったかいがあるというものです」

 マーシアはほほえんだ。サイラート帝はマーシアがフェルデヴァルト公爵から何らかの任務をうけてヒューロンに閉じこめられているのではないかと心配してくれていたのだ。

「公は、サイラート帝が私を呼んだと知っても仕方がないと思っているからな。ヒューロンが嫌いなわたしにサイラート帝が気を使ってくれたということだ。何しろ予定ではあとまだ滞在することになっているからな。それで気晴らしに呼んでくれたんだ。もっともかえって彼の気を揉ませることになったようだが……」

 マーシアはようやくエリックを見上げて尋ねる。

「でもなぜ、根ほり葉ほり、リョウのことを聞きたがったんだ? 自分のところの囚人なんだから、自分で確認すればいいだろうに。おまえはどう思う? 皇帝は情報から遠ざけられているのか?」

「そうではないでしょう。サイラート帝はあなたの口から彼の情報を聞きたかったんだと思いますよ」

 マーシアはますますわからなかった。なぜわたしからなんだ?

「あなたがリョウをどう見ているのか知りたかったんです。何しろ、グラントゥールとはまるで関わりのない男ですからね。彼は」

 訳が分からないと頭を振るマーシアに

「年頃の娘を持った父親の気持ちですよ。今頃はフェルデヴァルト公爵に、このことを報告しているでしょう。もしかするとリョウは皇帝に呼びつけられるかもしれませんね」

 ぎょっとしたマーシアが何のために? と言うと、 

「どんな男か皇帝自身が確認するためです」

 そういったものの、エリックは自分の言葉を否定する。

「でも皇帝の立場としては難しいでしょう。だからよけいもどかしいんです。きっとあの二人はリョウ・ハヤセのことをありとあらゆる方法で調べるでしょう。体のどこにどんな傷があるのかさえね」

 そのとたん、マーシアはあることを思い出して、頬が熱くなるのを感じた。

「おや、あなたが赤くなるなんて、珍しいですね。いったいどうしたんですか?」

 マーシアはじろりとエリックをにらんだ。本気で怒っているわけではないことは彼も承知しているから驚きもしない。

「おまえたちにデリカシーというものがないからさ」

 攻めるような言葉にエリックが、はぁ? と首を傾げた。

「わたしはこれでも繊細な方ですよ」

「繊細?」

 マーシアは疑わしげな目を向ける。

「おまえがリョウの健康状態と検査結果の報告書を作成したんじゃなかったか?」

「そうですが、それがどうかしたんですか? なかなかよくできた報告書だと自負していますが、何か問題でも?」

 エリックは全くわかっていない。マーシアは深くため息をつくと、言い返す気力が急速に萎えていくのを感じた。グラントゥールの古い言葉で「糠に釘」というのがあるらしいが、きっとこういう状態のことを指すのだろう。

「特に問題はなかったよ。確かによくできていたさ」

 できすぎたほどだ。とマーシアは心で付け加える。艦橋の乗組員たちが聞き耳を立てているのはわかっている。そこであえて、マーシアが頬を赤らめる原因となった欠点をあげることなどしたくはないし、あまり大勢の前でそのことを口にしたくはない。


「衛星軌道上に進入しましたが、これからどうなさりますか?」

 操縦士の言葉が救いとなった。マーシアは気分を切り替えた。

「シャトルの用意を。機動要塞に寄らずにヒューロンに降りる。おまえはどうする?」

「もちろん、ついていきますよ。それがわたしの任務ですから」

「しかしあれはおまえの要塞だろう。たまには帰らなくていいのか?」

 マーシアが指さしたスクリーンの一角には、グラントゥールが開発した機動要塞が浮かんでいる。あの要塞は事態戦闘艦並みの攻撃能力があり、また宇宙艦船のドックとしても機能している。その機動要塞を統括しているのが、ローデンベルク伯爵家で、エリックはその当主である。すなわち、エリックがこの宇宙で稼働している要塞の管理していることになるのだ。

「あなたと一緒ですよ。要塞に戻ればローデンベルク家の当主として山のような書類に目を通さなければなりませんが、あなたの側にいれば、護衛の任務を優先することができますからね。我が部下たちは優秀ですから」

「どこも一緒か……」

 マーシアは苦笑しながら、シャトルの発進準備を終え、艦橋からの許可を待つ。シャトルのスクリーンに映るランプが赤から青に変わる。マーシアはシャトルの推進装置を準備段階から稼働状態にする。シャトルが艦の安全域まで離れるのを待って、出力をあげる。

「待ち遠しいですか?」

 不意にエリックが尋ねた。

「なにがだ?」

 マーシアは数値をチェックしてから、操作を自動に切り替える。

「彼に会うのが、ですよ。あなたはヒューロンが懐かしく感じるとおっしゃいましたけど、本当は彼が懐かしいんじゃないですか。きっと彼がいなくなれば、ヒューロンなんて、再びあなたの意識の外に追いやられるに違いありません。彼がいるからこそ、ヒューロンを懐かしく感じたのでは?」

「なにをバカな……」

 と否定したマーシアだが急にまじめな顔でしばし考え込む。

「誰かが私の帰りを待っているということなど、今まで一度もなかったからな」

 マーシアはぽつりとつぶやいた。

「もっともあいつがわたしの帰りを待ちわびているということはないのかもしれないがな」

「そんなことはありませんよ。彼はあなたがいないと、寄る辺のないみなしご同然です。必ず首を長くして待っていますよ」

「そうかな……」

 エリックはその横顔に不安げな表情が浮かぶのを見逃さなかった。氷の女王と呼ばれ、感情の起伏を表に出さないマーシアが見せたその一瞬に、エリックはマーシアが等身大の女性に見えた。

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