マーシア14
「全艦、直ちに停止、全速力で後退せよ!」
帝国軍第四艦隊第三偵察隊の一番艦のブリッジでは指揮官の切迫した声が響いていた。ブリッジのスクリーンに映る勢力図は、一瞬前とは模様が変わっていた。要塞を中心にして第三国の色に変わったのだ。
銀河の全てを帝国が支配している現在、スクリーンに映る色は帝国の一員か、または反乱者たちかの二色で染まるのが常だ。だが例外がない訳ではい。帝国建国時に経緯から、ほぼ完全近い自治権を得ている惑星国家もある。その場合は勢力図には第三国の色が表示される。グラントゥールはその第三国に分類されるが、その中でも特異な存在であった。
グラントゥールに自治権はない。自治権を得るということは、それを与え認める存在があるということだ。すなわち自治権をw田といっても所詮は帝国の参加である。だがグラントゥールは違う。彼らは帝国から完全に自由なのだ。
しかしそのことを正確に知る帝国の人間は少ない。帝国の上層部が彼らと事を構えることに及び腰で、兵士たちにはグラントゥールとは揉め事を起こすなと命令されているだけだ。だからこそ、彼らだけがなぜ特別扱いされるのか理解できずに、彼らの存在を疎ましく思うものも少なくない。
もっとも当のグラントゥールは帝国のそんな複雑な感情を知ってはいても、歯牙にかけることはない。
だからこそグラントゥールとの接触には危険が伴うのだ。帝国内に存在する反グラントゥールの兵士たちによる命令違反が、普段ならありきたりのミスとして見逃されることも、グラントゥール相手では通用しないことを、彼らは身をもって知ることになる。
「二番艦が突出していきます」
索敵オペレーターの報告に一番艦の指揮官は
「スレイダー中佐に直ちに停止し、後退するよう伝えろ! これは命令だと!」
司令官は思わず悪態をつきそうになる自分を抑えた。スレイダーの思惑はわかっている。
あの男は、第二級臣民出身の自分が、偵察艦隊の一番艦の指揮官として、第一級臣民の子息である彼を指揮下の置いているのが気に入らないのだ。確かに順当にいけば、彼が一番艦の指揮官として乗艦していたはずだ。しかし同じ第二級臣民出身の『イクスファの英雄』が――反逆者となった彼はすでにあらゆる功績を消されているが――彼に道を開いたのだ。帝国軍の上層部は、第二級臣民にいる優れた人材を利用することにしたのだ。その結果、第1級臣民出身というだけで、地位を得ていた無能者は、以前のように簡単に出世することはできなくなりつつあった。
スレイダー中佐も無能者ではないが、幾つかの失点があって、一番艦の指揮官にはなれなかったのだ。
彼は、フリーダムを破壊することで、要塞を取り戻すつもりなのだろう。成功すれば、彼の手柄となり、より高い地位に出世できると考えているのだ。
だたグラントゥールは彼が思っているほど甘くはないはずだ。そうでなければ帝国の支配から逃れ続けることはできない。
「周りの状況を注視せよ」
一番艦の指揮官の命令が索敵オペレーターに向けられる。
「偵察艦の一隻がこちらに向かってきます」
レーダーを見ていた索敵オペレーターのエディが淡々とした声で報告する。その瞬間、ブリッジに緊張が走る。こちらに向かっているということは攻撃をする気だということだ。ニコラスはマーシアを見た。彼女はまるで気にもとめていない。
「攻撃態勢に……」
思わず命令を発しようとした彼の言葉をマーシアが遮る。
「そのまま進路を維持せよ」
ニコラスがマーシアを睨みつける。
「このままだと無防備な状態でただやられるだけだ」
「その心配はない。イリスがケリをつける」
マーシアがそう告げた途端だった。最前まで、フリーダムの戦闘機隊と交戦していた攻撃機雷が、一斉に突出した偵察艦に向かって行った。蟻が象に群がるように偵察艦を囲むと同時に攻撃をしていく。その攻撃には容赦がなかった。そして偵察艦は爆発しながら、宇宙に還っていく。
しんと静まるブリッジ。
フリーダムは敵に囲まれる中、結由と要塞に近づいていく。
マーシアは艦長席に座り直すと、
「そんなところに突っ立っていないで、補給物資のリストでも作ったらどうだ? 手に入るときに、手に入れたほうがいい」
「俺たちは強盗じゃない」
「いまさら、綺麗事を言うな。要塞そのものを手に入れているんだぞ。それにいつまでもアルシオールが援助してくれるとは考えないことだな。彼らの役に立つ間は物資もくれるだろうが、一度役に立たないとなれば、お前たちはすぐに干上がるぞ。今回の件が失敗したことで、今じゃ役に立たないどころか、有害なものになりつつあるんだ」
「作戦が失敗したというのか? 要塞は俺たちの手に入った。破壊ならいつでもできる」
マーシアは嘲るように鼻で笑うと、
「私はこの要塞を破壊するつもりはない。何より作戦は失敗したんだよ。アルシオールの目的は別のところにあったんだからな。それは全く遂行されていない。いい加減、現実を見て目を覚ましたらどうだ?」
マーシアの言葉には取りつく島もなかった。ニコラスは彼女の言うアルシオールの真の目的のことを問いただすこともできず、近づいてくる要塞をスクリーンを通して見つめた。




