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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
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マーシア13

「マーシア・フェルデヴァルトだと……確かにそう名乗ったのか?」

 帝国軍第四艦隊の司令官はブリッジからの報告に目を覚ました。

「偵察艦からの報告では、マーシア・フェルデヴァルトと名乗る者が乗っているのはフリーダムと名乗る組織の唯一の艦です」

 ベッドから起き上がった司令官は制服の上着に袖を通そうとして、はたと手を止めた。

「その艦はアルシオールが後援しているフリーダムか?」

「公式の後援ではありませんが、間違いありません。そのフリーダムです」

 司令官は手を動かし、上着のボタンを留めると、

「だとしたら、私の知らない作戦が進行しているのか、それともグラントゥールが勝手に動いているかだが……」

 彼はテーブルに置かれている水差しからコップに水を注ぐと、

「もしそれが本物のマーシアなら、アルシオールの息のかかった艦に乗っている理由がわからないな」

「どういうことですか?」

 ブリッジから報告していた男は思わず問い返した。

「君はマーシア・フェルデヴァルトのことはどの程度知っている?」

 携帯端末の小さなスクリーンに映る青年に聞き返した。

「一般的なことです。あの癖がありすぎて獰猛なグラントゥールの男たちが、彼女の指揮で戦いたがっているとか。敵には決して容赦しない。まさにグラントゥールそのものの性格をしているとか。で、司令官は会ったことはあるのですか?」

「直接はない。それにグラントゥールは秘密主義で有名だ。私籠っている情報で、君のものに付け足すとすると、彼女はアルシオールを毛嫌いしているということだ」

「アルシオールを好きなものが存在しているとは思いませんが……」

 青年の言葉に司令官はにやりと笑う。帝国の最も古き友人とも言えるアルシオールだが、最近その国の評判は決してよくはなかった。

 司令官は注いだ水を一気に飲み干すと、

「偵察艦には速度を落とした状態で、フォーリス38に向かうように伝えろ。ただしこちらからは一切攻撃をするな。これは絶対の命令だ」

 青年が命令を確認し終えると、

「さて我々もワープして、フォーリスに入るぞ。久々の休暇だからな」

 司令官は青年がまだ何か言いたげにしているの気づくと、

「その女がグラントゥールのマーシアであるにしろ偽物にしろ、フリーダムの戦力でフォーリスを制圧することは不可能だ。ただこちらから攻撃をかけないのは、その女が本物だった場合のことを考えてだ。こういう状況で先制攻撃をしたとなれば、連中は嬉々として銃口をこちらに向けてくるだろうからな」

「あの……グラントゥールは味方ではないのですか?」

「違うな。彼らは自分たちのルールで動いている。帝国と敵対していないのは、ただ単に陛下を友人だと思っているからだ」

 司令官は皮肉のこもった笑みを浮かべると通信装置のスイッチを切った。


「偵察艦が再び動き出しました」

 エディの報告にニコラスは振り返って、

「どうやら、あんたの名前にはさして効果はないようだな」

 だがマーシアは平然とその嫌味を受け止める。

「本当に効果がなかったら、連中は攻撃してくる。彼らは迷っているんだ。私が本物か偽物か」

「重力場の変動を確認しました。大型艦船がワープしてくるようです」

「なにっ?」

 ニコラスが目を上げて状況を映しているスクリーンを凝視した。大型艦船とは言ったもののそれは紛れもなく帝国軍の第四艦隊だ。

「今ならまだ間に合う。ワープして……」

 逃げることができる、という言葉は、マーシアの冷たい視線に封じられた。ニコラスは自分が恥知らずなことを言おうとした自覚はあった。だが背に腹は変えられない。

「あそこにはリョウがいるんだぞ」

 マーシアの目が、スクリーンに映る要塞に向けられる。一瞬やましさが、ニコラスの顔に浮かぶ。

「リョウがいるのはわかっている。だがあんただって、いざという時は切り捨てる予定だったのではないのか?」

「もちろんそのつもりだ。だがそれは今ではない。第一、私はグラントゥールだ。グラントゥールは勝ち目のない戦いはしないし、もし退却の必要が出てきたとしても、一銭も交えずに敵に背中を見せることはしないんだ」

 と言い切った時だ。

 この宙域の勢力図と偵察艦の動きを映し出していたスクリーンがいきなり隅に追いやられ、代わりに黒髪の女性が映った。一瞬、ブリッジがぎょっとして止まる。

 黒髪の女性は、黒い口紅をつけ、濃いアイシャドウという目立つ化粧をしている上に、首元だけに絵梨のついたレオタード姿だ。しかも右手には長い鞭を手にしている。

「あれは一体なんだ? あの要塞にはあの手の女性が重要部署にいるのか?」

「そんなはずはなかろう」

 だがマーシアも呆れるようにため息をつく。もちろん彼女はあれが何かを承知しているが、さすがにフォローのしようがない。

「私を起こしたリョウ・ハヤセがフリーダムに乗っているマーシア・フェルデヴァルトの指示を受けろと言っている。マーシア・フェルデヴァルトの確認をしたい」

 マーシアは艦長席で居住まいを正した。スクリーンの相手がどのような姿をしていようとも、あれはイリス・システムなのだ。

「私がマーシア・フェルデヴァルトだ。グラントゥールの掟に従い、マーシア・フェルデヴァルトの名において、緊急事態を宣言する」

 マーシアの宣言を聞き終えたイリスは一瞬スクリーンから消えると、軍服をまとった姿で現れ、

「マーシア・フェルデヴァルトを確認した。イリスPA201137はマーシア・フェルデヴァルトの指揮下に入る」

 厳かに告げるイリスはマーシアは軽く頷くと、

「指揮下に入ったこと確認した。直ちにフォーリス38を制圧せよ」

「了解した」

 その三秒後、勢力図が変化した。

 帝国の宙域を示していたフォーリス38の周りに突如と現れたのは、第三国を表す色だった。そして示された文字はグラントゥール。たった三秒で帝国軍の要塞は、彼らのものではなくなってしまったのだ。

「要塞に入港する。直ちに進路を要塞の入り口に向けろ。イリス、無事に要塞に入れるように支援しろ」

「要塞に入れるのか?」

 あっという間の出来事にニコラスは拍子抜けした。

「私が招待する。グラントゥールの要塞にな」

「帝国軍はどうなる。彼らは黙っていないだろう」

「連中はすぐに止まる。そうしないとグラントゥール宙域の侵入者としてイリスが攻撃をかけるからな」

「この要塞は帝国の要塞なんだぞ。それでもか?」

「当然だ。この要塞は数分前までは確かに帝国の要塞だったが、今はグラントゥールのものだ。私たちに攻撃をかけるというなら、それなりの覚悟をしてもらう。それがグラントゥールのやり方だ」

「帝国を完全に敵に回すことになったとしてもか?」

「もちろんだ」

 その瞬間、彼女の瞳に浮かぶ輝きにハッとしたニコラスは、リョウが惹かれた訳を知った。

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