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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
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マーシア12

 リョウは何機かの攻撃機雷を撃破した。フリーダムの戦闘機隊は攻撃機雷の行動に苦戦しているようだ。どうやらかなり優秀な人工知能コンピュータが攻撃機雷を制御しているらしい。下手な兵士が乗る戦闘機よりも動きが鋭い。だからといって、今のリョウは彼らを救うだけの余力はない。彼らのことを意識の外に追いやり、彼らが苦戦している横を抜けていく。不意に攻撃機雷と要塞の死角に入り込んだのだ。そんまま要塞に接近し、ある一角を狙って、グラントゥールの最新鋭試作戦闘機の新型ミサイルを全弾叩き込んだ。


 フリーダムのブリッジのスクリーンには、その様子がはっきりと映っていた。

 ニコラスは艦長席に座るマーシアを驚きの目で見下ろした。

「戦闘機のミサイルだけで要塞の外殻を破壊したのか……」

「ちょうど試験のために、戦艦を撃破するだけの攻撃リョウのあるミサイルを搭載せていたんだ。それに38フォーリスタイプの要塞はあそこが弱点なんだ。あの部分が最終脱出口だからな。コンピュータが動かなくなったときに、内部から手動で爆破するための場所だ。他よりも強度は低い」

「リョウを一人で突っ込ませて、一体何をさせる気だ? 自爆させて、要塞を破壊するつもりか?」

 マーシアはゆっくりとニコラスを仰ぎ見た。

「いまさらリョウの心配か?」

 ニコラスが気まずそうに顔を背ける。

「立場が違えば、まだ友人でいられる、ということか……」

「自爆はさせない。何より不経済だ。一人の人間を一人前にするのにどれだけの時間と金がかかると思うんだ? それに死んだ人間は二度と役に立たないんだぞ。ましてやリョウほどの能力ある男はそう簡単に見つけることはできない」

「そこまで言うのなら、リョウに何をさせに行かせたんだ?」

「生き残るためだ。それ以外に何がある? お前はこの艦の乗組員とともに死にたかったのか? 私はリョウをお前たちと心中させたくはなかったし、私もアルシオールの思惑通りに死ぬつもりはないんだ」

 アルシオールという言葉にニコラスは反応した。

「お前とアルシオールにどんな因縁があるんだ?」

 マーシアはちらりとニコラスを見上げると、

「リョウにすら話したことがないのに、お前に話すと思うか?」

 ニコラスはぐっと言葉を詰まらせた。

 そこにエディの声が飛んできた。

「十時の方向に、重力場の変動を確認しました。変動差から帝国軍の偵察艦と思われます」

「偵察艦だと?」

「第四艦隊の先遣隊だ。大艦隊が移動するんだ。ワープ先を確認するために偵察艦を派遣する。ワープアウトした先が戦場になっていたら困るだろう? それはこの艦だって同じはずだ」

「俺たちは無人カメラを送り込む」

「このクラスならそれでもいいが、無人カメラは正確じゃない。大艦隊がいきなりそれを使うのは無理だ」

「それはわかっている」

 無人カメラは使い捨てだった。しかも精度は良くない。フリーダムや偵察艦クラスなら十分だが、マーシアのいう卯通り、大艦隊の移動には使えない。そして偵察艦が数隻でワープアウトしてきたということは、派遣した艦隊はかなり大きなものだ。要塞効力を済ましていないこの段階で、大艦隊を相手に戦うのは不可能だ。

「戦闘機隊に攻撃を注視して、退却しろと伝えろ。そろそろ補給が必要な時間だ」

 マーシアからの命令に管制オペレーターが戸惑い気味にニコラスを見上げる。ニコラスが頷くとようやくオペレーターは納得して、向き直った。

「ワープフィールド出現。やはり偵察艦です」

 エディの報告に、通信オペレーターの声が重なる。

「要塞から通信が入りました」

「要塞?」

 ニコラスの戸惑いをよそにマーシアはその映像をスクリーンの一画に映し出させた。

 そこには巨大なコンピュータの内部に入り込んだリョウがいた。

「遅いぞ」

 とマーシアは一喝する。

「すまん。途中で防衛システムに引っかかった。」

「防衛システム?」

 マーシアは思い出したらしい。

「あれか……あれなら突破できるだろう。ヒューロンでの特別訓練にお前はすこぶる優秀な成績を残しているんだからな」

「優秀かどうかはわからないが、少々苦戦した。グラントゥールでも取り入れたらどうだ?」

「それはいいことを聞いたな。お前がそう評価するなら、検討する」

 マーシアは素直にそういった。

「ところでこれからどうするんだ? ここにはキーボードも何もないぞ。どうやってアクセスする?」

「叫べ」

「なに? ここで叫べといったのか?」

「そうだ。必死だということをアピールしてイリスを叩き起こせ。イリスは今冬眠状態だが、耳だけは機能している。緊急事態だと判断すれば、イリスは覚醒する。これがグラントゥールの艦なら、覚醒キーがあるからそんな手間はいらないんだが、あいにくこの艦は帝国軍仕様だし、私の戦闘機はまだ試作段階なのでそれを設定していないんだ。フリーダムと私が生き残るためには、お前のアピールにかかっている」

「わかった。やってみる」

「検討を祈っている」

 スクリーンの中でリョウが敬礼をすると同時に通信が切れる。


「何をしようしているのかわからないが、叫んで事が足りるのなら、何も戦場を横断する必要はなかったんじゃないか?」

「イリスに接触するにはある程度の近さが必要なんだ。それに要塞のコンピュータの中なら帝国もおいそれと攻撃はしない。自分の人工知能コンピュータが壊れる可能性があるからな。それは要塞を利用しようとしているものにとっては致命的だ」

 ニコラスは驚いたように目を見開いた。敵中突破のような危険な事をさせながら、リョウな安全を考えていたとは……。

「戦闘機隊、帰投完了しました」

「損害を報告せよ」

 マーシアの言葉を受けた管制オペレーターの言葉に、ニコラスは動揺した。

「覚悟していたんじゃないのか?」

 マーシアは揶揄するようにニコラスを見た。

「ここは帝国の拠点となる宙域だ。そこにある要塞がそう簡単に落とせるものではない事ぐらい察して当然だろう? 私から見れば、半数弱とはいえ、よく生き残れたものだと逆に感心する。兵士たちは優秀だという事だ」

 お前と違って、という言葉が聞こえてくるようだ。ニコラスは反論できなかった。口惜しさに唇を噛みながら思わず、

「アルシオールの情報が過小だったんだ。彼らの情報さえ正しければ……」

「この場合、自分の立場を認識もせずに、信じたお前に非がある。彼らの思惑を考えるべきだったな。もっとも今更、それを言っても事態は変わらないが」

 そう言ったマーシアの視線がスクリーンの一角に向けられた。歪んだ空間から現れたのは、白い光を放つワープフィールドだ。

「通信オペレーター、周波数を帝国軍の標準周波数に合わせろ。これから通信を送る。艦の特定は必要ない。全方位だ」

「周波数、合わせました。通信可能です」

 オペレーターの報告が終わると、マーシアは手元の通信装置に手を伸ばした。

「航行中の帝国軍に告ぐ、私はグラントゥール筆頭公爵フェルデヴァルト家の一員、マーシア・フェルデヴァルトだ。直ちに航行を中止せよフォーリス38は私が接収中だ。その邪魔をする事は私に対する挑戦と見做す」

 その傲慢な要求に、ニコラスは唖然とした顔でマーシアを見下ろした。


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