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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
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マーシア06

 ドアを開けた途端、彼女の目がこちらを向いた。

 格納庫で会ってはいたが、ニコラスは改めて、リョウの心に住み着いている女性を観察した。整った顔立ちに、肩に伸びる黒髪は、両方のこめかみから流れ落ちる一房の白い髪によって、より艶やかに見えた。そしてなにより、リョウが惹かれたのは、黒曜石のような瞳だろう。そこには彼女の意思の強さを示すように強い光が宿っている。

 確かに彼女は美しい。姿形も当然だが、醸し出す雰囲気がとても印象的なのだ。誰もが振り向かずにいられないものを持っている。だが不思議なことに、そういう人間にありがちな肉感的なものは、ひとかけらも感じない。

 ニコラスは資料を手にマーシアの向かいの椅子に座った。


「私に何の用だ?」

 資料を開きかけたニコラスの手が止まった。まるで捕虜らしくない。ただの兵士なら、これから何を聞かれるのか気になり、落ち着かない様子を見せる。

 士官だったとしても緊張するはずだ。それがどうだ? 彼女はまるでこの間の主人が自分であるかのようにリラックスしている。こちらがまるで侵入者のような気分だ。その瞬間、この場の主導権がマーシアに握られてしまったことに気づき、顔をしかめる。


「リョウもわかりやすい男だったが、お前はもっとわかりやすいな」

 マーシアの口元に微かな笑みが浮かんだ。見ようによっては、親しげな態度にも見ることができるが、ニコラスの目に映ったのは、人を小馬鹿にした笑みだった。男なら容赦せずに殴って、偉ぶった態度を改めさせるが、さすがに女相手に拳をぶつけることはできない。代わりに、ニコラスは手にしていた資料を机に叩きつけた。部屋の端で銃を構えて警戒に当たっている兵士の体が、ビクッと震える。無意識の反応だ。だが、マーシアは眉をわずかに動かしただけだ。むしろ蔑むようにニコラスを見た。

「気は済んだか?」

 ニコラスはマーシアを睨む。まーシアン態度の腹いせのつもりがなかったとは言えないが、それ以上に、彼女の不意をついて動揺を誘い、この場の主導権を取り戻すはずだった。だがそれは全く効果がない。


「まずは改めて名前を聞かせてもらおう」

「名前なら既に知っていると思うが? それとも忘れてしまうほど、頭も悪いのか?」

 ニコラスの拳に力が入るのが、モニターからもよくわかる。

「彼女はなぜニコラスを挑発しているの?」

 モニターで取り調べの様子を見ていたジュリアの疑問に、

「ニコラスという人物を、自分の目で確かめているんだ。マーシアは他人から入手した情報を鵜呑みにはしない」

「あなたの時もそうだったの?」

 その言葉で、ヒューロンで初めて会った時のことが蘇る。

 『生きたいのか?』と問うマーシアにリョウは『生きたい』と応えた。すべてはそこから始まっているのだ。そしてリョウはヒューロンでマーシアに守られていた日々を思い出す。マーシアは常に自分を見ていた。信頼できる相手かどうか。そしてその結果、ヒューロンでは、グランウール人でもないのにもかかわらず、マーシアのそばでも銃を携帯できる特権を得た。

「そうだな。俺の時もなんども試されていた。その結果、俺は彼らの信頼を得たと思っている」

「グラントゥールは敵でしょう。それなのに、信頼を得たというの?」

「彼らにとって敵味方というのは一時的なことでしかないし、それは彼らの判断基準にはならないんだ。マーシアに限らずグラントゥールの信頼を得ようとするなら、そのことをまず知るべきなんだ。その上で彼らに誠実であるべきなんだ。自分は意見が違うから共に行動はできないと、そういえば、彼らは『そうか』で済ませてしまう。それ以上は問題にならない。だが、彼女たちを出し抜こうとしたり、利用したりすれば、痛いしっぺ返しを受けることになる」


「彼女たちはとんでもない人たちね」

 ジュリアは大きく息を吐いた。

「フリーダムの艦長になってからのニコラスは、他の人にあまり心の内を見せなくなったのよ。わかるでしょう。ここにいる兵士たちは、あちこちから派遣されているわ。彼らに弱みは見せられない。そんな彼だから、あなたのように彼女に自分をさらけ出すことは無理だわ」

「だとしたら、この尋問は無駄だ。マーシアはこちらが必要とする情報を渡すことはない。彼女だけが利益を得ることができる」

 利益という言葉にジュリアは驚く。

「マーシアは行動が制限されているが、こうして尋問などを受ければ、その雰囲気から、この艦の内情を実感できる。そしてそれも何かの判断の一つになるだろう」

 再びモニターに目を向けたリョウは、握り締められたニコラスの拳が小刻みに震えているのを見た。苛立ちが限界にきている証拠だ。そしてマーシアの表情を見ればそれを承知していて、あえて挑発している。

 一体マーシアの目的は何のだろう。 そんな疑問が浮かぶ中、リョウにできることは成り行きを見守るだけだ。


「お前は一体何が知りたいのだ? 私の素性などリョウが詳しい。直接尋問するまでもないことだろう。グラントゥールが何者であるかも、リョウに聞けばわかることだ。私は彼が知っていること以上のことを話すつもりはないしな」

 マーシアはそういうと、意味ありげな目でニコラスを見返し、

「リョウも気の毒だな。お前たちとの友情を優先するためにせっかくの機会を逃したというのに、お前はと言うと、リョウに嫉妬し、彼を閑職に回しているらしいな。リョウも馬鹿だが、リョウを使えないお前はそれに輪をかけた馬鹿だ」

 ニコラスのこめかみに青筋が立つのが見える。

「言っておくが、リョウの馬鹿とお前の馬鹿は種類が違うからな。あいつの馬鹿は馬鹿正直の馬鹿だが,お前のは愚かしい方の馬鹿だ」

「貴様、よくも……」

 ニコラスはついに我慢の限界を超えた。彼は立ち上がり、部下たちが止める間もなく、マーシアの胸ぐらに手を伸ばしていた。男と女の体格差からして、ニコラスに掴まれたら、マーシアは動けなくなるはずだった。だが、ニコラスの手が体に触れる寸前、マーシアは彼の手首を掴んで動きを止めさせた。怒り心頭だったニコラスの顔に驚きが広がる。

「リョウはよそ者にしては珍しく私たちが敬意を払える人物だ。あの男はグラントゥールの間でも特別なんだ。彼らに言わせると、私を叱りつけるという偉業を成し遂げたせいらしいが……グラントゥール人の尋問ならリョウにさせるべきだったな」

「リョウだったらお前は素直に答えたというのか?」

「素直に?」

 マーシアは意外だというように顔を傾げて、

「私はお前の質問にもそれなりに答えていたはずだが、ろくな質問をしなかったのはお前だろう? リョウなら真っ先に聞くぞ。これからフリーダムが攻撃することになっている、帝国の宇宙要塞38フォーリスの概要と攻撃と防御の能力を教えてくれ、と」



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