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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第1章 ヒューロン
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ヒューロン11

 いったいどれだけの時間、戦っているのだろう。


 リョウは瓦礫の一角に身を潜めて、息を整える。敵は次から次へと現れては彼を狙ってくる。右腕は麻痺していて、もはや役には立たない。銃を左手に持ち変えてはいるが、利き腕のようには操れない。何度も標的を撃ち損ねている。そのあと、かろうじて敵の攻撃をかわすのだが、それも限界に近づいている。走り出すだけの体力もない。手にしている銃すら鉛のように重い。

「こんなこと、あり得ないのにな」

 リョウは何かが動く気配に、とっさに体を転がした。光弾が寸前まで彼のいた場所に当たる。リョウは体を起こしざま、引き金を引く。青い光弾が兵士の右肩を撃ち抜く。兵士がこちらに気づく直前にもう一つ撃ち込み、兵士の姿が消えた。

 リョウは重い体を引きずるようにして、再び物陰に隠れる。

 一人で大勢の兵士を相手に戦うなど、今の時代、そうあるわけではない。兵士を地上に派兵すると言うことは重要拠点を占拠するためであり、抵抗勢力を排除するためだ。たった一人の兵士を倒すために次々と新たな戦力を投入すると言うことは現実的ではない。現実の兵力には限りがあるのだ。ここの兵士のように次から次へと出現するようにはいかない。


「まったく、俺もバカなことをしているよ」


 訓練だと知りつつ、体が動かなくなるまで戦い続けてしまった自分を笑う。

 街があまりにも故郷のマリダスに似ていたせいで、すっかりこの世界に入り込んでしまった。訓練だとわかってはいたが、それでもつい本気になってしまったのだ。疲れ果てて体が動かなくなるまで続ける必要はないはずなのに、な。リョウは苦く笑った。だが手を抜くことは彼にはできなかった。

 リョウは再び銃を握りしめた。何かが近づいてくる。しかも前と後ろだ。リョウはまず前の敵を撃ち抜いた。だが振り返った瞬間、体に強い衝撃を感じた。リョウはその苦痛に顔を歪める。全身にしびれが走り、急に力が抜け、体が崩れ落ちた。意識を失う寸前、リョウは街が蜃気楼のように揺らめいて消えていくのを見た。



 目が覚めたとき、リョウは自分が見知らぬ部屋のベッドに寝かされていることに気がついた。薬品の匂いに、規則正しい計測機械の音。

「医務室か……」

 リョウは体を起こした。体はまだ重く他人のようだ。しびれはまだ残っているものの、怪我をしている様子はない。


 ドアが開く音に顔を上げると、ハーヴィが入ってきた。彼はリョウの顔を見ると、今にも飛びつかんばかりに駆け寄る。

「無事だったんですね。よかった。あのまま目が覚めなかったらどうしようかと……」

 今にも泣き出しそうなハーヴィに、

「おまえが悪いんじゃない。俺が自分の限度をわきまえずに戦っていたせいだ」

「でも……」

 なおも言葉を続けようとするハーヴィ。だが、

「その通りだ! おまえのせいではない。この男の自業自得だ」


 怒りに満ちた声のする方を見ると、そこにはヴァートン博士が今にも髪の毛を逆立てそうな様子で立っている。彼は床を踏み抜きそうな勢いでベッド脇に近づき、とりあえず一通り、検査結果をチェックすると、改めてリョウを睨みつけた。

「再生治療を終えてまだひと月半しかたっていないんだぞ。本来ならまだベッドにいるべきなんだ。少々人より頑丈で治りが早いからといって、特別訓練をするとは。おまえはバカか! あれは、ふつうの兵士は手を出さないものなんだ。いいか、一つだけ言っておく。おまえの左腕はわたしが苦心してようやく再生治療にこぎ着けたんだ」

 ヴァートンは彼の左手をつかむと

「だからこれはわたしのものなんだ。不注意や愚かな行動でこの腕を傷つけたり失ったりしてみろ。おまえの首を締めてやるからな」


 彼はそういうと呆気にとられているリョウとハーヴィを尻目に足を踏みならしながらドアの方にむかった。ドアの開閉装置を押そうとしてヴァートンは振り返った。

「おまえは極度の疲労と銃撃のショックで一時的に気を失ったんだ。後遺症の心配ない」

 彼はそういうとあわただしく出て行った。リョウとハーヴィは閉まったドアをしばらく見つめていた。まるで嵐が通り過ぎたようだ。


「ヴァートン博士って、噂通りの人だったんだな」


 ハーヴィがくすりと笑う。リョウの視線を感じたのか、

「エリック卿の元に来る前に、ヒューロンには腕はいいが、困難な処置をした後は、それをまるで自分の芸術品のよう扱う医者がいると聞いていたんです。彼にはレディすら頭が上がらない、稀有の人だと。まさにその通りのようですね」

 ハーヴィはの視線が、ほかとは色の違う左腕に注がれた。

「あなたのその腕……。博士は本当に苦労したんですね」

 リョウはその言葉に思わず、左腕をさすった。再生治療が必要だったということは、普通の処置では切断していたということだ。これが平時なら、片腕だけでも何とか生きていけるだろう。軍隊でも腕を失えば軍務経験によっては退役し、当座の生活には困らないだけの金をもらえる。だがここはヒューロンだ。マーシアの館で何不自由なく自由に過ごしているが、彼は間違いなくまだ囚人だった。グラントゥールの管理から離れれば、収容所で再び帝国に反逆した囚人として過酷な労働を強いられる。左腕を失っていれば、もはや彼らの役には立たない。すぐさま処分されていた。


「あの……」

 考え込んでいるリョウにおそるおそる声をかけたハーヴィは、

「食堂に行って食事をもらってきます」

 我に返ったリョウは

「それなら俺も行こう」

 と布団をはねのけようとしたが、ハーヴィがその手を押さえて、

「今はゆっくり休んでいてください。食事ならすぐにとってこれます。それに、今日は珍しく夕方にかけて晴れそうなんです。ここは雪と氷に閉ざされた惑星ですけど、時折女神が気まぐれを起こして、素敵なものを贈ってくれるんです。ただ一人で見に行くのは心細いので一緒にきていただけるとうれしいのですが……

だめですか?」

 すがるような目で見つめられて、リョウは嫌だとはいえない。それに彼の言う、忌々しい女神からのすてきな贈り物というのも気になる。夕方にはあと三時間ばかりある。それなら訓練での疲労もだいぶとれているはずだ。リョウが約束すると、ハーヴィの顔が子供のように輝いた。


 グラントゥール人といると、つい自分が囚人であることを忘れてしまいそうになる。リョウの顔から笑みが消える。だがいつまでもこうしてマーシアの好意に甘えていることはできない。自分はあくまで囚人なのだ。いくらマーシアでも、いつまでも保護し続けることはできないはずだ。そのとき、俺はどうしたらいい? リョウは再びベッドに横になって白い天井を見つめた。

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