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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
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マーシア04

 格納庫前室には、リョウとニコラスの他にも、銃を構えた警備の兵士たちが、チューブのランプが青く変わるのを待っていた。窓からはマーシアが乗っていた戦闘機が見えている。機体には帆に獅子の紋章のある帆船が描かれている。グラントゥール筆頭公爵フェルデヴァルト家の紋章だ。

「また助けられたな。彼女にはいつも借りばかりができているような気がする」

 ぽつりと呟いたリョウをニコラスが振り返った。

「どんな女性なんだ?」

 リョウは少し困った。何をどう言ったら、ニコラスは彼女を理解できるだろう?

「マーシアはある意味典型的なグラントゥール人だ。プライドが高く、傲慢。相手が誰であろうと媚びることはない。そしてよく人を試す」

「それだけ聞くと、随分と嫌な女に聞こえるな」

 ニコラスはそう返すと、リョウを見た。

「お前が最も嫌う類の人間のように思うが……一体彼女のどこに惹かれた? 恩を受けただけで、お前がそんな感情を持つとは思えないんだが?」

 リョウはじろりとニコラスを見返した。いくら友人とはいえ、心の中にまで踏み込んでほしくはない。惹かれていることを、この場でニコラスに指摘してもらいたくはなかった。なぜなら彼女は帝国側の人間なのだ。もっともグラントゥールの場合ははっきりとそう言えるかどうか疑問のところはあるが。ニコラスは答えを待っている。

「俺はヒューロンでもアルテアでも彼女に助けられ、守られた。その中で、彼女の本質を見たと思っている」

「本質?」

「グラントゥール人にとって、傲慢は身を守るための鎧だということだ。そして人を試し、その中で認められたものだけがその内側にいる本人に触れることができる。俺にとってマーシアは普通の女性だ。色々と変わってはいるけどな」

「普通の女性だって? あれがか? お前、どうかしているぞ」

 友人としての彼らしい口調にリョウは思わず顔をほころばせる。

「俺もそう思わない時もないのだが……でも俺にとってはやはり普通の女性だな」

 そう改めて告げるリョウの脳裏には、極寒の惑星で花などそのままでは咲くことのないヒューロンの中でも数少ない花の群生地で、子供のように花びらと戯れていたマーシアの姿が映る。あれこそが彼女の本質なのだと、リョウは悟っていた。

 ランプが赤から青に変わったチューブから颯爽と現れたマーシアは、彼女自身であると同時に本質を守る鎧の一つでもあった。


 マーシアの戦闘服は体にピタリと合い、女性らしい線を浮き上がらせていた。ゆっくりと歩く姿はしなやかに動く豹を思わせた。マーシアは歩きながらグローブを外すと、ヘルメットの脇のスイッチを押す。カチリと金具の外れる音がして、細い手がフェルメットを外した。黒く長い髪が、ふわりと肩に落ちる。男たちがその一連の動きの美しさに息を飲む。

 そして黒い瞳がゆっくりとリョウに向けられ、柔らかく笑む。

「五体満足で、元気そうだな」

「まあな。だが俺のことより、どうしてこの宙域にいたんだ? それにあの連中はなんだ?」

「どの質問から応えて欲しい?」

「マーシア!」

 リョウの咎める口調に

「なにもそんなに睨まなくてもいいだろう」

 と肩をすくめる。

「お前の顔を見たいと思ったのは嘘じゃない。まあ、会えるかどうかは確かではないからな。ついでに試作機の試験をやっていたんだ」

「また試作機か……」

「暇だからな」

 リョウはふぅと息を吐く。

「相変わらず、危険なことばかりだな」

「仕方がない。私が一番適任だからな」

 リョウはふとあることに気づき、顔を険しくした。

「まさかあの戦闘機隊は、君が呼びつけたんじゃないだろうな」

「なぜそう思う?」

 マーシアはいたずらを楽しむかのように黒い瞳を輝かせていた。

「戦闘能力関係の実戦テストは、一期ではできないからな。しかも仲間内のテスト攻撃とは真剣味が違う――やはりお前が連中を呼んだんだな」

 マーシアはニコリと微笑んだ。それが答えだ。

「一体どういうことなんだ? 帝国軍は味方のはずじゃないのか?」

 リョウはニコラスを振り返る。

「彼女は自分の所属を明らかにしなかったんだよ。そればかりかここに反帝国勢力の一部がいるという欺瞞情報を流したんだろう」

 リョウは言っているうちにそれが真実のように思えた。

「マーシア! 自信過剰にもほどがあるぞ。もし俺たちがここに来ず、一人だったらどうなっていたか、考えたか? もし連中が欺瞞情報に過剰に反応していたら、戦闘機隊もあれ以上の数だっただろうし、戦闘艦も来ていたはずだ。しかも君が乗っているのは試作機だ。万全の体制とは言いがたい状態で、そういうことになっていたら、無事では済まなかっただろう」

「私は愚か者ではないぞ。そんなことは想定済みだ」

「だが、実際は予定外の行動をとった結果、君の戦闘機があそこにあるんじゃないのか?」

 リョウはマーシアの肩越しに彼女の戦闘機を見やる。

 マーシアの目に一瞬剣呑な光が浮かぶ。それをひるむこともなく受け止めるリョウ。

「エリックの部下にアリソンという女性がいるんだが、彼女は既婚者で物怖じしない性格なんだ。私の補佐官のような仕事をしているんだが、時々愚痴るんだ」

「なんの話だ?」

 と状況がわからずに、思わず声をあげたのはニコラスだ。警備兵達も困惑している。だが、ただ一人、リョウだけはなぜか身構え、

「それで?」

 リョウは先を促した。

「彼女は夫の家族と会うとすごく憂鬱になるらしい。だが、ようやくその気持ちがわかったよ。これが『小姑の小言』というやつらしいな」

 さすがのリョウも何を言われたのか、一瞬、理解が遅れたが、すぐに我を取り戻した。

「マーシア!」

 と声を荒げるリョウに、マーシアは彼の胸に人差し指を突き立てる。

「お前が私を間抜け扱いするからさ。お前の言うとおりになっていたら、連中はもっと悲惨な目にあっていただろう。いいか、リョウ。グラントゥールではそのような間抜けは不要なんだよ」


※ ※ ※


 かすかに薬品の匂いがした。

 男は一瞬、顔をしかめたが、すぐに表情を消す。そしてゆっくりとした足取りで、部屋の中央に置かれた豪華な天蓋付きのベッドに近寄り、頭を下げる。

 ベッドの三方は天蓋から薄いカーテンが下ろされ、男の側だけが開いていた。しかしベッドの上で上体を起こしている人物の表情は全くわからない。

「お加減はいかがですか? 陛下」

「加減がよければこのようなところにはおるまいよ」

 嫌味な口調に男は身体を強張らせた。彼の緊張が伝わったのか、やや砕けた様子で

「だが、三日前よりはましだな」

 ラキスファンは側仕えの者が差し出した水を飲み干す。

「で、一体何が起きたのだ? アリシアーナに問題でも起きたのか?」

 側仕えの者が出て行くのを確認した男は、もう一歩ベッドに近づくと顔を横に振った。

「アリシアーナに変わりはないか」

 ラキスファンが娘の姿を思い浮かべたのだろう、目を細める。

「はい。ご壮健のようとのことです。その旨、リチャード卿とフラー将軍からも報告が入っております」

「それならば良い。リチャードもアリシアーナの護衛はあっているようだな。今もところ大過なく任務をこなしているか」

「はい、そのようでございます」

「それで、お前が来た理由はなんだ」

「朗報をお持ち致しました」

「朗報だと?」

「はい。さようでございます、陛下」

 男の報告に、ラキスファンの表情が明るくなる。

「確かに、それはまたとない朗報だな」

 しばし目を閉じていたラキスファンは、再び男を近づけると、その耳に何事か囁く。

 男はハッとして、身を引いた。

「構わないのでございますか? あの艦はアリシアーナ様がとても気にかけておりますが……」

「構わぬ。あれは戦闘艦なのだ。戦闘を行えば犠牲はつきものだ」

 ラキスファンの強い意志を宿した瞳を向けれ、男は静かに頭を下げて、了承する。

「確実に実行せよ」

 ラキスファンは下がっていく男に年を押すと、ドアが閉まるのを待ってから、クッションに身体を預けた。

「自ら捕虜になり、その艦が宇宙で散ったとなれば、いくら皇帝とはいえ、どうにもできまい」

 ラキスファンは目を閉じ、くっくっと笑った。

 

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