マーシア03
ブリッジにいる全員が、リョウに向けられているその黒い瞳に惹きつけられた。そこに浮かぶ力強い光。誰もが一瞬、自分の立場を忘れた。それはリョウでさえも例外ではなかった。
「マーシア……」
懐かしさと、そして腹立たしさの混じった言葉が思わず漏れる。
「マーシアだって?」
ニコラスはリョウの囁きを聞き漏らさなかった。リョウはニコラスを見るとはっきりと頷く。
「彼女がそうなのか……」
ニコラスも複雑な表情を浮かべた。
「やはりそうだったんだ」
様々な思いがブリッジを満たす中、エディの声が呑気に響いた。
「そうだったら、いいなって、思っていたんです。もう二度と会えないんじゃないかって思っていましたから」
「彼女を知っているのか?」
エディはニコラスを振り返って、
「彼女のことならジュリアさんだって知っていますよ。彼女には惑星アルテアで助けられたんですから。アーサー・ランスティさんを救出できたのも、帰る手段を失った僕たちのために宇宙艇を調達してくれたのは彼女なんです。それに……」
「それ以上はもういい」
リョウはエディの口をつぐませた。あのままほっておけば、グラントゥールに制圧されたわ癖アルテア中行きをさsて損害もなく脱出できたのは、マーシアが囮になってくれたおかげだと暴露するだろう。ブリッジには詳しい事情を知らないものも多い。ましてやマーシアはグラントゥールの人間だ。彼女たちの特殊な関係を知らないものにとっては、なぜ、敵とも言える相手から助けられたことになるし、それどころか見ようによっては出来レースのようにも見える。それゆえ、ニコラスは表向き、マーシアが囮になったことを認めることはできないのだ。
「彼女の言っていることは信用できるのか?」
ニコラスからマーシアとのやりとりを聞かされてリョウの返事ははっきりしていた。
「できる。彼女が敵が近づいてくるというのなら、それは事実だ」
ニコラスは迷わなかった。直ちに戦闘機隊に警戒態勢を取らせる。その直後だった。
「重力場の変動を確認。規模から見て、帝国軍の戦闘艦5隻分の大きさです」
索敵オペレーターのエディの言葉に、ニコラスとリョウは互いの顔を見合わせた。基本的にワープフィールド一つに対してフィールド発生装置は一つしか存在しない。そして一基の発生装置が作り出すフィールドは大きさに限界があるのだ。戦闘艦5隻分のワープフィールドは、理論上は可能でもあくまでも机上の理論であり、現実的にはあり得なかった。
「フィールド、出現します」
スクリーンの映像が歪む。確かにその歪み具合から通常の大きさではないことだわかる。
「フィールドに向けて主砲発射用意」
「フィールド、消滅します」
「主砲、発射」
オペレータの報告と同時にニコラスが命令を下していた。
伸びていく主砲の光弾。だがその先にはニコラスたちが予想していた戦闘艦の姿はない。光弾を避けるように戦闘機隊が編隊を組み直す。その間に、戦闘機隊を取り囲んでいた何かが爆発する。こちらの攻撃での反応ではない。
「あれがワープフィールド発生装置用の機体だったらしいな」
「知っていたのか?」
ニコラスは思わずマーシアの言葉に反応する。
「噂を聞いていただけだ。まだ実用段階ではないと思っていたが……」
「帝国でも独自の技術開発をするというわけだな」
いつも自分たちの優位を誇る彼女にリョウは少々意地悪く揶揄する。マーシアはムッとした顔でリョウを見返すと、
「それは同然だろう。彼らだって、バカではないんだ。だてに何百年もこの馬鹿でかい帝国を納めてきたわけじゃない」
倍の言葉で言い返したマーシアは、不意に口を閉ざす。
「どうした?」
リョウに促されて、マーシアはしぶしぶ
「私たちは、帝国のワープ技術の進み具合のチェックをし損ねていたんだ。後で情報部門を締め上げないといけない」
「敵は9機。うち4機がこちらに向かってきます」
索敵オペレーターの言葉にリョウはマーシアを見る。4機がフリーダムに向かっているといることは、彼らがより脅威を感じているのはマーシアなのだ。
「連中は1機に対して、5機も向かうのか……」
ニコラウスの持ち前の義侠心が再びもたげてきた。彼なら戦闘機隊を救援に向かわせるだろう。たとえそれが反りの合わない相手のためでも、少数を多数がなぶるようなやり方は本能的に許せないと感じるのが、ニコラスなのだ。だからさっきのように複数の敵に襲われていたマーシアを助けたのだ。そして今、また同じような状況になっている。
「戦闘機隊を……」
「その必要はない」
リョウはニコラスの命令を遮った。
「彼女を見殺しにするつもりか! 彼女はお前の恩人だろう」
ニコラスは信じられないもの見るかのような目を向ける。
「彼女は勝算のないことはしない。それよりあの4機に対処する方が先だ」
「ジョージとエヴァンが撃墜されました」
ニコラスがハッとする。
「動きが早い。あれはパイロットの腕だけじゃない――弾幕を張れ、1機たりとも近づけるな!」
リョウはスクリーンに映る戦況図を見つめる。マーシアに向かっていった敵はすでに3機に減らされている。それに対してこちらは、といえば、逆に戦闘機を失ってしまった。
「主砲の軸線上の弾幕を薄くしろ」
「馬鹿な! そんなことをしたら……主砲で叩くのか」
リョウは頷いた。
爆発の瞬間、スクリーンの輝度が下がり、白い光に覆われる。弾幕の薄いところを狙った敵の戦闘機隊だが、その実はこちらの戦闘機隊とフリーダムによって誘い込まれていたのだ。タイミングを見計らって放たれた主砲によって、敵戦闘機隊は全滅した。ホッとした空気がブリッジに流れる。だが次の瞬間、
「敵戦闘機、こちらに向かってきますッ」
悲鳴のようなオペレーターの叫びに、リョウたちは思わずスクリーンを見た。
白い光が消えたスクリーンに帝国軍の色をした戦闘機のマークが、こちらに向かっている。その移動速度を見ると、強い意志が感じられる。自分の命と引き換えにしてでも、一矢を報うつもりなのだ。
「主砲で……」
「無理だ! 間に合わない! ブリッジから退避!」
ニコラスの言葉を遮るようにリョウは叫んだ。オペレーターたちは慣れた手つきで、シートベルトを外し、立ち上がった。その瞬間だった。再びスクリーンが白く光った。
そしてその光が消滅した後にスクリーンが映したのは、マーシアだった。
「大丈夫のようだな」
「助かった。ありがとう」
とリョウは答える。マーシアはふんと鼻を鳴らす。
「油断するからだ。ところでこのせいで、エネルギーを余計に消費したんだが、そちらで受け入れてくれる気はあるのかな?」
リョウはニコラスを見た。ニコラスが渋々といった様子で頷く。
「君のおかげで助かったんだ。歓迎しよう」
マーシアはなぜかいたずらっ子のように、キラリと目を光らせると
「今度は貴様から君に逆戻りか」
「マーシア!」
ニコラスがその口調に憮然とするのを感じたリョウは思わず叱りつける。リョウに視線を移したマーシアが「おお、こわっ」と言いたげに肩をすくめた。




