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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
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マーシア02

 警報音にリョウの意識が臨戦態勢に入る。

「ワープを終えたばかりなのに……」

 アレクトの右隣のブースでようやく銃の重さに慣れたらしいケビンが恐怖混じりの声を漏らす。

「ワープ前の探査は完全じゃない。事態は刻一刻と変わっていくんだ。ワープアウトした途端、そこは戦場だったという可能性は常にあるんだ。そのことは決して忘れるな。さあ、部署に戻れ。どれだけ早く態勢を立て直すことが出来るかが、生き残る確率を上げるぞ。ワープフィールドの出現に驚いているの向こうも同じだからな」

「はい!」

 五人は元気よく返事をすると訓練室を飛び出してく。

 リョウは台に残された銃を棚に戻していく。最後の一丁を手にしたリョウは、顔を上げてドアに目を向けた。その向こうでは戦闘の緊張と興奮に身を委ねた男たちが行き交っているはずだ。だが今の彼が戦える場所はない。

 リョウは銃を構えると、立て続けに引き金を引いた。


 気がつけば、傍に空のエネルギーカートリッジの小さな山ができていた。

「少しやりすぎたな」

 リョウは苦笑し、カートリッジを一つ一つ充填機にセットしていく。

 戦闘機の発進はあったものの、衝撃が感じらないところを見ると、艦隊戦になっているわけではなさそうだ。今は推測することしかできない立場をまどろっこしく感じながら、充填機のランプが消えるのを待つ。全てのランプが消えると同時に、彼の情報端末が鳴った。リョウが通話スイッチを押すと、聞こえてきたのは、エディの声だ。

「至急、ブリッジに来てください。艦長の指示です」

 リョウはすぐに行くと返事をする。戦闘中に呼び出されるのは久々だ。苦い笑みを浮かべて、情報端末をベルトにしまったリョウだが、通路に出た時の彼の顔は厳しいものだった。自分を呼び出すということは、戦況が思わしくないということだ。


 一体、何が起きた?


 リョウは一つ大きく息を吸い込んでからドアの開閉スイッチを押した。


「通信回線、開きました」

 エディの声と同時に戦闘機の管制を担当している別のオペレーターから戦闘機隊が先頭に入ったと告げられた。その直後だった。

「私は君たちに礼を言えばいいのかな?」

 女性の声が、スピーカーを通してブリッジに響いた。皮肉がたっぷり入った口調に、ニコラスたちは顔を上げた。前面のスクリーンに降るフェイスの戦闘用ヘルメットをつけたパイロットが映ってる。バイザーが下ろされているため顔まではわからない。

「礼が欲しくて君を助けたわけではない。帝国に追われているようだったから助けただけだ。それとも迷惑だったかな?」

 ニコラスは彼女に対抗するかのように皮肉を込める。帝国軍の戦闘機隊もそうだが、彼女にも帰還すべき母艦の姿がないのだ。母艦とはぐれたか、すでに撃沈されたかして、彼女だけになってしまったか……。


「お前の戦闘機隊は優秀だな。瞬く間に帝国軍の戦闘機隊を全滅する勢いだ」

 彼女の言う通り、スクリーンの片隅に映る戦況図にはフリーダムの戦闘機隊を示す光点が、帝国軍の戦闘機を示す光点を囲んでいく様子が見える。

 フリーダムでは最新機種の兵器を手に入れることはかなり難しい。敵から鹵獲するか、ごく稀にアルシオールのアリシアーナ王女がそのことを聞きつけて、ラキスファン王に進言してくれれば手に入ることもある。それはもちろん戦闘機についても同様だ。フリーダムの戦闘機は帝国よりも二世代前のものが主流となっていた。当然、その性能は、帝国が現在運用中の戦闘機よりも劣っている。しかも戦闘機乗りというものは、個人の成績を誇りたがるものだ。ニコラス自身が戦闘機乗りだから,その気持ちは充分に理解できる。

 だがそれでは帝国には勝てない。ニコラスは敵を倒し、生き延びるためにフリーダムの戦闘機乗りたちに、集団戦法を徹底させたのだ。数機の戦闘機で、一機の敵を囲み撃墜させるのだ。今回もこの作戦はうまくいっていた。


「リョウは今どこにいる? 冷や飯を食わせているようだが、その艦にいるのだろう」

 ニコラスはハッとした。

「リョウを知っているのか?」

 彼女は答えない。だがバイザーの向こうで嘲笑っている感じがする。ニコラスはスクリーンを睨みつける。

「すごいですね。どうして彼女は彼の現状を知っているんでしょう」

 場にそぐわないのんびりとしたエディの言葉に、ニコラスたちブリッジの全員が顔を見合わせた。

「貴様は一体何者だ⁉︎」

「君から貴様か……」

 彼女の呆れたような口調にニコラスはからかわれている気分だった。

 息を一つ吸い込み、ささくれだった気持ちを落ち着けると同時に、目の端で戦況を確認する。敵戦闘機は残すところ二機。こちらの被害は軽微だ。

 彼女の態度次第では彼女を保護することはない。彼女が帝国軍に襲われていたから助けただけなのだ。これ以上何かをしてやる義理はもともとない。

 スクリーンの中の彼女は一瞬ニコラスから目を話すと同時に自分のところの計器に目をやった。

 そして再び彼らに視線を戻すと、

「リョウとゆっくり話がしたい。その機会を作ってくれるというのなら、お前たちの窮地を救ってやろう」

 その尊大な言葉に、ニコラスは思わず笑う。

「窮地だと? 窮地に陥っているのは俺じゃない。貴様の方だ」

 今最後の帝国軍の戦闘機がニコラスの戦闘機隊によって撃墜された。ニコラスが敵だと判断すれば、戦闘機隊の攻撃は彼女に向かう。そのことがわからないほど愚かではないだろう。どのみち、このまま母艦がなければ、戦闘機の燃料は尽き、彼女は冷たい宇宙の中でゆっくりとを迎えるほかはない。ニコラスは彼女が生き残るための唯一の手段なのだ。最初の本能的な反発は別にして、彼女が救いを求めれば、ニコラスも拒絶する気は無かった。それが宇宙に生きるのもの礼儀だ。だが、彼女は肩をすくめて見せるだけだ。

「その艦は今や、帝国軍の中でも旧式だぞ。そして私のこの戦闘機は、帝国軍の最新鋭の装置さえ凌駕する性能を持っているんだ。その一つが、亜空間を移動するワープフィールドを正確に探知できる装置だ。そして今、帝国軍のワープフィールドがこちらに向かって亜空間を移動しているのを探知している」

「そんな装置が……」

 ニコラスは信じられなかった。亜空間を探知する装置を開発しているらしいという話は時折聞いていた。気になって探りを入れたこともあるが、まだ実験段階という話しか流れていなかった。それ名のに、彼女は実用段階の亜空間探査装置を搭載しているというのか。あの帝国でさえまだなのに。

「私に言わせれば、帝国の開発など遅すぎる。私たちはすでに彼らの何世代も前を進んでいるんだ。もっとも連中にその技術を教える気はないがな」

 帝国など目ではないというその強気な発言に、ニコラスは思わずか彼女を凝視する。仮に彼女の言う通り、亜空間を探査する装置が完成していたとしたら……。帝国が開発しているのだから、この広い宇宙にどこかの勢力が少しばたり先に進んでいたとしてもおかしくはないかもしれない。だが亜空間を進むワープフィールドを探知までするとなると、それは先に進みすぎているのではないだろうか。ニコラスの疑問を読み取ったのだろう、彼女は続けて言う。

「亜空間探査で異質なものを見つければ、概ねそれがワープフィールドだ。そのあたりの正確さはまだ検証が足りないので絶対とは言えないところだが、その異質なものを一旦ワープフィールドとして考えて、その状況を計算する。そしてそれがこちらに向かって減少していくようだったら、間違いなくワープフェールドだとするんだ。そしてフィールドの減少値を計算すればワープアウトの出現地点が予測できる。フィールド値がゼロになれば、フェールドに包まれ守られていたもの亜空間な中に消えていく。そうだろう?」

「確かにその通りだな」

 感じ入ったルークの声に、ニコラスは我に返った。

「亜空間の状況を探査した上でワープフィールド値を計算できれば、出現場所もわかるというのは目から鱗の考え方だ。だが、その計算はかなり高度だ。少なくともこの艦のコンピューターの能力では無理だ」

「きちんと状況を認識しているものもいるようだな。お前の言う通りだ。その船の能力ではそこまでの計算はできない。だが私は違う」

 彼女はルークから視線を戻すと、

「で、お前はどうする? 私の言葉を信じるか? もし信じる気があるなら、リョウを呼んできた方がいいぞ」

 ニコラスは少し考えてから、

「エディ、至急、リョウにブリッジに来るように伝えろ」

 すぐさま復唱するエディ。ニコラスは艦長席に深く座りなおして、

「言っとくが貴様を信じたわけじゃない。リョウの反応を見て、貴様をどうするか決める。だが、ふざけたことを考えているようなら、その考えはすぐに捨てろ。この艦の主砲は貴様を捉えている」

「それがどうかしたのか? 戦闘艦の主砲など私にしてみたら大した脅威ではないぞ。だがリョウに会えるというのなら、音無区しているさ。下手にこの艦に攻撃をかけるとあいつに怒られそうだからな」


 しばし沈黙がブリッジを覆う。不意にドアが開くとリョウが入ってくる。

「何があったんだ?」

 ニコラスは顎をしゃくってスクリーンを示す。

「彼女がお前に会わせろとうるさくてな。その上会わせてくれれば、我々の窮地を救ってくれるそうだ。だからお前を読んだ」

「誰なんだ?」

「さあな。お前に会わせろの一点張りで埒があかない」

 リョウは眉をひそめて、改めてスクリーンの女性を見る。

「一点張りとは失礼な言い方だな。まるで私がリョウにストーキングしているように聞こえるぞ。私は情報も渡したはずだ。リョウを呼んだのはその真偽を確かめるためだろう。お前一人で判断できればリョウを呼ぶ必要はなかったはずだ」

 彼女はそう言うと細い指でヘルメットの脇に触れた。その瞬間、顔を覆っていたバイザーが消えた。


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