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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第3章
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マーシア01

 リョウは射撃訓練室にいた。



 五人も立てばいっぱいになるような小さな訓練室には、17、8才の若い兵士がそれぞれのブースに入って、銃を構えては引き金を引いている。その度に赤い光弾が標的に向かって伸びていき、成績が手元とブースの脇に表示される。赤く表示される成績にリョウは内心呻いた。

(これは思ったよりもひどいな)

 それが彼らの射撃の結果を見たリョウの率直な思いだった。彼らは今まで一度も銃を触れたことがないかのように腰の引けた姿勢で引き金を引いていた。そんな調子では標的に当てるどころかかすりもしない。いやその赤い光弾はさして遠くない標的に届くことさえできなかったのだ。

 自分の身すらろくに守ることもできない彼らは、即戦力となる兵士の増強を求めたフリーダムへの、アルシオールの回答だった。

 だがフリーダムは素人同然の彼らを引き受ける以外の選択肢はなかった。拒否すれば人員の補充はないのだ。



 リョウは彼らの動きを確認しながら、三日前の会議室でのニコラスとのやりとりを思い出していた。

 最近は滅多に参加することのないアルシオールとの打ち合わせだが、その日は珍しく会議の途中に呼び出されたのだ。

 会議室に入ったリョウが真っ先に気づいたのは、ニコラスの不機嫌な顔と、この会議室に満ちる不穏な空気だった。アルシオールの代表であるリチャードを見ると彼の機嫌は悪くはない。要するに、ニコラスは彼にとって面白くはないが、引き受けざるを得ない事案をリチャードが持ってきたというところらしい。ニコラスの前にはアルシオールの紋章のついたメモリーカードが置かれている。

「ではあとはそちらに任せる。彼らを生かすも殺すも君たち次第だ。また忘れてもらっては困るが、こちらの方も兵士の数は常に不足しているんだ。それをあえて、君たちに割いたのだから、次の作戦でも私たちの期待に十分応えてもらいたい」

「もちろん、そのつもりだ。フリーダムはアルシオールの期待に背いたことはなかっただろう」

 (たとえどれほどそれが汚い仕事であろうとな)と、リョウはニコラスが心の中でそう続けたように感じた。おそらくリチャードも同じように思ったのだろう。彼は立ち上がりかけた体を一旦止めて、

「確かに今までは、ペットのように忠実だな。だが、それがこらからも続くとは限らないだろう」

 ニコラスに向けられた視線が、リョウをとらえた。リョウは静かにそれを受け止める。対抗するわけでもなく、また逃げるでもないその態度に、リチャードが一瞬苛立ちをその顔に浮かべた。

「リチャード卿、わたしがフリーダムに指揮官である限り、その懸念は無用だ」

 リチャードがニコラスを振り返る。

「それならばいいがな」

 彼は捨て台詞のように応じると会議室を出る。扉が閉まると、ニコラスは空いている椅子を指し示し、その前にメモリーカードを滑らせた。

「それを見てくれ」

 リョウはカードを情報端末に差し込んで読み取らせる。

「これは……」

 リョウは思わず絶句した。

「リチャードによると一応新兵教育は受けているそうだ。だが今までの実績から行って、アルシオールの新兵教育は帝国軍の基準にすら達していない」

 リョウは頷く。

「前回の連中もひどかったが、この資料を見る限り、こちらの方が彼らを上回るぞ。まるで入隊前の素人同然だ」

 リョウは情報端末から目を離すと、

「これが今回の補充要員か?」

「そうだ。兵士としても素人だが、技術者としての能力は皆無だ」

「兵士になる前の職業が農家や牧畜業では、こちらの方も一から教える必要があるぞ」

 フリーダムは正規の軍隊ではないのだ。ニコラスたちの活動に賛同したものが集まってできた集団だ。かろうじて船を動かしたり、戦闘を行うことができるのは、この集団の母体が帝国軍の一部隊だったからだ。だが船は戦闘だけしていればいいというものではない。補修の要員がいり、また物資を管理する者も必要だ。そのためには数字に明るく、物品管理を得意とする者がいる。他にも船で日常生活を送るには、戦闘とは別の能力が求められるのだ。

「リチャードには事前に話してあったんだが、散々待たされた挙句が、このざまだ。よりにもよってこんな素人をよこすとは……。俺たちは新兵養成所じゃないんだぞ」

 リョウはニコラスの久々に出た愚痴に、笑った。

「何がおかしい?」

 ムッとするニコラスに、

「前回少々やり過ぎてしまったようだからだ。前に送り込まれた兵士たちを少々鍛え過ぎてしまったらしい。それもアルシオールの予想よりも早くな。だから今度は素人同然の連中を連れてきたんだ」

「要はリチャードはここを新兵の訓練所代わりにすることに決めたということか」

 リョウは頷いた。

「前の連中はすべて引き抜かれたのだろう」

「ああ。面白くないことだが、連中はアルシオールの人間だからな、拒否することはできなかった」

「そして彼らも拒否はできないというわけだな」

 リョウの言葉にニコラスは真剣な面持ちで頷いた。彼らを拒否すれば、もう二度と兵士の増援は望めない。フリーダムは常に人手不足なのだ。一刻も早く、素人同然の補充兵を支える城田にしなければならないのだ。

「俺に彼らを訓練しろと言うんだな」

「他に人員がいない。何より前回の実績がある。一日でも早く彼らを使える状態にしないと、こちらの身も危ない。それにお前には教官としての能力があるし、何より手が空いている」

 さすがに最後の言葉に、リョウの痛みを感じた。リョウには決まった仕事がない。ニコラスが必要とした作戦に彼は参加する。それが彼の役割だった。それ以上のことは、求められていないのが、彼の今の現状であった。

「わかった。できるだけのことはしよう。だが、今回は今までとは違うぞ。素人を一人前にしなければならないのだからな。時間がかかる。それは理解してくれ」

「わかっている。だがなるべく早く頼む」

 ニコラスも帝国軍での経験から、リョウの言葉に異議を唱えることはなかった。



「よし。銃を置け。まず君たちに質問をしよう。決して責めたりはしないから正直に答えてほしい」

 銃を所定の位置に戻した五人の兵士たちは、山荘に互いの顔を見合いながら、リョウの前に整列する。

「アルシオールからの資料によると、君たちは三ヶ月前に徴兵され、新兵の訓練を受けたとあるがそれに間違いはないか?」

 兵士たちは再び、互いの顔を見遣った。

「訓練は受けていないのか?」

 リョウの再度の問いかけに一人が口を開く。

「新兵の訓練というのは、先輩たちの装備の掃除の仕方や、ベッドの作り方とかですよね? それなら受けています。ちゃんとやらないと、殴られます」

 リョウは思わず、その兵士を見返してしまった。彼は真面目にそう言っているようだ。

「基礎体力をつけたり、銃の扱い方や、身を守るための格闘術や、作戦遂行のための訓練は受けていないのか?」

 彼らは再び、互いを見ると、小声で何か確認している。そして別の一人が、

「俺たちは平民出身なんです。講義はただで受けることができますが、銃の訓練では自分でエネルギーカートリッジの費用を負担しなければならないんです。格闘術の訓練にしても、訓練着を自前で用意する必要があるんです。それは決して安いものではないので、何人かで使いまわしています。なので順番にならないと訓練に参加することが許されないんです。そういう訓練である程度の単位を取らないと、次の訓練は受けれません」

「では射撃の訓練は今日が初めてなんだな」

 彼らは一斉に頷いた。

「ではこのデータの成績はぶっつけ本番の結果というわけだな」

 リョウが彼らに見せたのはアルシオールから渡された彼ら個人の成績だった。射撃も格闘術も最低レベルのデータだ。帝国軍の新兵訓練後の結果であれば、彼らはすぐに帝国軍から不適格として除隊させられている。規律が緩んでいるとはいえ、彼らも不向きな人間を抱え込むことはないのだ。まだそこまで落ちてはいない。

 だがアルシオールのこのやり方を見れば、帝国軍よりも軍としての質は悪いと思わざる得ない。

「君たちは、新兵訓練の後、それぞれの艦に配属されていたのだろう。何をしていたんだ?」

「戦闘には関係していない部門に配属されました。私は調理室で皿を洗っていました」

「俺は洗濯です」

「俺もです」

「俺は掃除です」

 要するに彼らは非戦闘員としての存在だったということだ。徴兵されたのは、兵士の中で、それらの仕事をする連中はいなかったということだろう。そして軍の上層部も下層階級と彼らが思っている連中にはそういう仕事がふさわしいと思っているのだろう。そして貴族や裕福な子弟には華々しい活躍の望める戦闘部門へ配属するということが平然と行われているのだ。

(アルシオールは帝国軍よりたちが悪いな)

 リョウは内心毒づいた。

 帝国軍にも第二級臣民と第一級臣民との間には明らかな差別はあったが、それでも活躍する場は与えられていた。そうでなければ『イクスファの英雄』と呼ばれるほどの戦果を挙げることはできなかっただろう。もっともそのせいで帝国貴族たちの余計な嫉妬を買うことになって、結果こういう事態になっているが。

 そしてもう一つ、リョウはアルシオールが、こちらが望んだ人材とは程遠い新兵を送り込んできたのなら、それでもまだ理解はできた。人手不足はフリーダムに限らないのだ。アルシオールの正規軍でもないフリーダムが優遇されるはずはない。だが、今ここにいる兵士たちは、戦場で生死を共にするとは言っても戦闘員ではない。少なくとも帝国ではそうだ。アルシオールが自治権を確立している惑星国家とはいえ、その制度は帝国に倣っている。その基準では彼らは戦闘員とは数えることはない。アルシオールはその非戦闘員を戦闘員と偽って派遣したのだ。本当の意味での戦闘員を出し惜しみしたのだろう。



 ニコラスに即刻報告すべきことだが、リョウはその考えを捨てる。報告したところで、ニコラスが抗議することはないと思うからだ。現在フリーダムはアルシオールの支援を受けなければ成り立たない状況だが、アルシオールは違う。フリーダムは利用できるから利用しているだけで、いつでも捨てることのできる存在なのだ。そしてニコラスはこの状況を受け入れるだろうことも予測がつく。リョウにできることはカレラを一刻も早く戦闘員として使い物にすることだけだ。フリーダムに基本的には非戦闘員はいない。医師も看護師もいざとなれば銃を持って戦うのだ。彼らもそうしてもらうより生き残ることはできない。

 リョウは再び彼らに銃を持たせた。そして今度は一人ひとり、姿勢から直していく。

「まずは、銃の重さに慣れるんだ。白兵戦は戦いの基本だ。フリーダム程度の規模では、艦隊戦になることは少ないが、敵地に侵入しての破壊工作を行ったりもする。そのために銃の武装は必須だ。これからはそれを中心に教えていくことになる。

「アレクト。また腕が下がっているぞ」

 五つのブースのうち、右端の兵士の名前を呼んで、早速注意する。

「もう名前を覚えてくれたんですか?」

 彼は驚いた顔でこちらを見る。

「今まで、直接の上司ですら名前を覚えるのにもっと時間がかかったんです」

「私が教えることになった以上、君たちは私の生徒だ。名前は当然頭に入れている。ただしこのフリーダムは帝国軍やアルシオールよりも堅苦しい組織ではない。階級で呼ぶことはほとんどなと思ってくれていい。私自身、今はどの階級なのかさっぱりわからない状態だからな。私のことも名前で呼んでくれても構わないよ」

 彼らは信じられないように互いの顔を見やって、その言葉が聞いた通りであることを確認すると、5人とも嬉しそうに頷いた。


 ちょうどその時だ。船体に軽い衝撃が走る。再び標的に銃を向け始めた彼らの手が止まる。

「今、ワープ空間から出たんだ。この船は君たちが乗ってきたアルシオールの旗艦クラスの艦より小さいんだ。ワープアウトの衝撃もここまで来るんだ。心配はない。さあ、ゆっくりしている時間はないんだぞ」

 リョウは続けるように促すと、一人ずつ丁寧に指導していく。


「ワープフィールド、開放します」

 ルークの声に、艦長席のニコラスは目を開けた。スクリーンには漆黒の闇が広がっている。ワープアウト直後の点検を行うクルー達を見下ろしながら、ニコラスはリョウのことを考えていた。

 惑星アルテアでの『アーサー・ランスティ救出作戦』。予想もしていなかった帝国軍によるアルテア占領、しかも密航してまでリョウと行動を共にしたアリシアーナを、リチャードの元に無事に戻さなければならないというプレッシャーの中、リョウは見事に任務をやり遂げた。それどころか最新鋭の宇宙艇を手に入れたのだ。称賛すべき成功だ。だがニコラスは素直に喜べなかった。


 アルテア宙域から脱出する時のリョウの姿が目について離れない。ヒューロンの強制収容所に送られてからあの時まで、リョウは指揮を執る立場ではなかった。だがブリッジに入った瞬間、今、目の前にいる彼らを掌握したのだ。

 そして無謀とも言えるワープを決行した。帝国の第二級臣民の中でも異例の出世をし、『イクスファの英雄』と呼ばれた男だ。とてもかなわない。そう納得したあの瞬間のことが不意に蘇り、ニコラスは艦長席の肘掛をぎりりと握り締めた。


「艦長、前方に帝国軍の戦闘機を探知しました」

 ブリッジに緊張が走る。

 パッと目を見開いたニコラスは腰を浮かせた。

「敵艦はどこだ。戦闘機の数は?」

「敵艦はまだ探知できていません。戦闘機の数は9機、いえ、10機です」

「10機だと……」

 帝国軍の戦闘機部隊は3機を1編隊とし、3編隊で1小隊を作っている。

「前方で戦闘が始まりました。今、映像をスクリーンに出します」

 スクリーンに映ったのは10個の三角マークだ。帝国軍を示す九つのマークが白いマークを包囲しようとしている。

 マークが白いということは識別信号が発信されていないか、登録されていない機体ということになる。しかも9機が寄ってたかって攻撃をかけ、その1機を破壊しようとしているのは明らかだ。


「戦闘機の母艦は探知できたか?」

「いえ、こちらの索敵範囲にはいません」

 エディの言葉にニコラスは決断した。

「戦闘機隊に発信命令を発令する。目標は帝国戦闘機部隊。所属不明機を保護しろ」

「リョウにも出撃命令を出すんですか……というより彼にこのことを連絡しなくてもいいんですか? 彼の判断も聞いたほうがいいと思いますけど」

 振り返ったエディをニコラスはじろりと睨む。

「この間の指揮官は俺だ。なぜリョウの判断を聞く必要がある?」

 航海長のルークがその言葉に反応してとっさに振り返ったのを目で抑える。ルークはぐっと言葉を飲み込んで、再び正面を向いた。

「確かにリョウは艦長ではありませんね」

 なぜかエディはにこりとした。

 ニコラスは思わず眉を寄せる。不服を感じたからこそ、抗議したのではないのか? だが直後に鳴り響いた警報音に、その疑念はかき消された。



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