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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム57

 軽い振動が操縦席に座るリョウにも伝わった。前方のスクリーンを通して見える光景がなぜか懐かしく感じられる。

「やっと戻ってこれましたね」

 エディが感慨深げにスクリーンに映る光景を見ている。

「一週間も留守にしたわけじゃないんですけどね」

 確かにフリーダムを出発してから、一週間はたっていない。でもずいぶんと長くアルテアにいたような気がする。リョウは最新式の宇宙艇のスイッチを次々と切りながら、この性能の良さに感謝していた。リョウがアルテアに廃棄した宇宙艇に比べて、その性能は格段に違う。この宇宙艇はグラントゥールが開発し、市販している中でも最新の機種だという。それをグラントゥールの知己である男は、リョウに快く譲ってくれたのだ。

 乗った飛行機が着陸した飛行場で、初めて支援してくれた男と顔を合わせたリョウは、彼が一筋縄でいかない人間であると感じた。アルテアの陰の大統領と言われるだけの男だ。しかもその目は利に聡そうだ。そういう男が無償でこの最新鋭の宇宙艇を提供したのは、リョウの人徳と言うよりマーシアとのつながりをより強くしようとする魂胆が見え隠れしていた。もっともマーシアはそんなことなど百も承知だろう。そう思ってリョウはありがたく礼を言って操縦席に座ったのだ。

 リョウは自分の腕にはめている時計に目をやった。

 マーシアが作戦行動をとっている時刻はとうにすぎている。リョウが何事もなく、フリーダムに戻ることができたのも、囮となったマーシアがアルテアの上空を押さえたエルスバート公爵の部下たちを翻弄しているからだ。そしておそらくそれはまだ続いているだろう。

「チューブの接続終了しました」

 エディは格納庫の作業員からの報告をリョウに伝える。

「よし、俺たちも行こう」

 二人は客室にはいる。

 客室では担架に乗せられたアーサーとそれに付き添うようにジュリアがチューブには入っていく。その様子を見ながらエディが告げる。

「格納庫前室ではリチャード卿が待っているようですよ」

「リチャードが来ているのですか?」

 ジュリアの後に続いて宇宙艇をでようとしていたアリシアーナが振り返った。予想もしていなかった事態の緊張と疲労で青白かったアリシアーナの顔に赤みが戻った。その目はうれしさにあふれている。この瞬間、アリシアーナの冒険は終わったのだ。

「君がこの艦での経験をいい方に生かしてくれることを俺は願いたいな。そうじゃなければ、苦労したかいがない」

 アリシアーナもフリーダムでの日々が終わったのを自覚したのだろう。リョウに向き直ると、

「約束します。ここでの経験を決して無駄にはしません」

 リョウは大きくうなずいた。

「行きなさい。リチャードが待っている」

 アリシアーナはにっこりと笑うと、くるりと背を向けて走り出した。リョウたちも足早に続く。

「ワープの準備をした方がいいですね」

「ああ、それもできるだけ早くにだ。マーシアが囮になっている間にこの宙域を脱出したい」

「リチャード卿の宇宙艇は格納されていましたから、彼らを連れたままワープすることは可能です。ワープアウトした時点で彼らには本隊にお戻り願いましょう」

「今は時間が惜しい」

 そう答えるリョウに、

「それにしてもリチャード卿は心配していたでしょうね。彼女が私たちと同行したのはこちらのせいではないとわかってくれるといいのですけどね」

 リョウもそう願いたかった。今は一刻も早くブリッジにあがって、マーシアの命がけの行為に報いなければならないのだ。


 二人が止まると格納庫前室のドアが左右に開いた。まず飛び込んできたのは、リチャードにすがりつくように泣いているアリシアーナだ。ジュリアもアーサーもここにはいない。リョウは二人が出ていったドアを見つめているニコラスを見つける。

「ニコラス、すぐにワープの――」

 次の瞬間、リョウは迫ってくる気配に気づいた。

「貴様、よくもアリシアーナ様を!」

 怒りに満ちたリチャードの鉄拳がリョウの頬をとらえ、彼は不覚には殴り飛ばされた。

「なにをするんですかっ!」

 エディがとっさに倒れたリョウとリチャードの間に立つが彼の腕にはじかれ彼も転がる。

「やめろ、リチャード卿。さっきも話しただろう、この件は……」

 ニコラスが止めに入ろうとするが、それよりも早くリチャードの手はリョウの体にかかっていた。リョウを引きずり起こし、もう一度殴りつける。今度はリョウも倒れはしなかった。

「やめて、リチャード。私が悪いのよ」

 アリシアーナも事情を説明しようとするが、リチャードの耳には届いていない。リチャードは殺気すら感じさせる迫力で、リョウに向かって手を伸ばす。だがリョウはその拳を片手で掴んだ。そして空いているもう片方の手で口元から流れる血を拭うと、

「二発も殴れば十分だろう。今は君と遊んでいる時間はないんだ。まだ作戦は終わっていないからな」

 だがそんな言葉に耳を貸す様子すら見せないリチャードはリョウの手を振りほどこうとする。リョウは手を離し、リチャードを自由にする。しかしすかさず彼の鳩尾に膝をたたき込む。痛烈な一撃にリチャードは体を丸めて呻く。それを横目にみたリョウは

「エディ、先にブリッジにあがって、ワープの準備をしていろ」

「ワープアウトの地点はどこです?」

「どこでもかまわない。だがなるべく遠くだ」

 エディはリョウにうなずくと、ブリッジに向かった。

「闇雲にワープさせる気か?」

 ニコラスはあからさまに不快感を示した。指揮権を侵されたという腹立たしさがにじみ出ている。それはわかってはいるが、そんなことをいっている余裕はない。

「ゆっくりとワープアウト地点をさがしていたら、グラントゥールの連中に見つかるんだぞ。こっちにはアリシアーナもアーサーもいる。連中に彼らのことがばれたら困るだろう。それに彼らは自分たちに従わないものたちを、何の躊躇もなく殲滅するぞ」

 リョウはそう告げると、エディの後を追ってブリッジに向かう。取り残されたニコラスはリョウに従うしかなかった。

「とりあえず、ブリッジに」

 ニコラスはまだ苦悶の表情をしているリチャードとアリシアーナを促した。


 ブリッジは突然あわただしくなった。

「エディ、今のは本当か?」

 航海士のルークが聞き返す。

「そうです。大至急ワープの準備をしてください」

 エディはそういうと自分の席に座っている男と交代した。椅子に腰を下ろしながらも、エディは通信回線を全宇宙に向けて開放した。そしてある特定の通信波を選びとる。ノイズだらけでなにも聞こえなかったのが、エディの微妙な調整で次第にはっきりしてくる。

「周りの様子に十分注意を払ってください。こちらに向かってくる宇宙艇及び宇宙艦の存在を見逃さないように」

 エディがてきぱきと指示を下す。

「何でおまえが命令するんだ?」

 ルークが不満の声を上げる。ルークから見れば彼は新入り以外の何者でもないのだ。名前のない乗組員という感覚だ。

「エディの指示の通りにしろ」

 入ってきたリョウの言葉がブリッジ内の、エディに対する不満を封じ込めた。少し前にブリッジにはいったリョウはエディのリーダーシップぶりに驚いていた。的確な指示となによりその言葉には人を従わせるものがある。

「艦長、しかしワープアウト地点がわからなければ……」

 リョウの声に振り返ったルーク。だがすぐにエディが

「この地点にワープしてください。ここなら彼らも手を出すことはないと思います」

 ルークのディスプレイにはそのデータが表示される。もちろん艦長席にも同じデータが表示されている。リョウは席には座らなかったものの椅子の脇からそのデータを確認した。それはアルテアからかなり離れた地点で、このフリーダムのワープ能力の限界点といってもいい場所だった。

「艦長」

 ルークが指示を仰ぐように振り返る。

「そこにワープしろ」

「はい」

 リョウの命令を受けてルークは背筋を伸ばし、復唱する。彼の復唱の声と同時に背後の扉が開くのをリョウは感じた。振り返るとニコラスだけではなくアリシアーナと彼女にぴたりと付き従うリチャードが入ってきた。

 そこにマーシアの声が飛び込む。エルスバート公爵の部下の宇宙艇がマーシアの乗る宇宙艇を制止しようとしている様子だ。なぜ止まらない、と忌々しげに叫ぶ彼らに対してマーシアは

「止まりたくないからだ。止まる必要がどこにある」

「もう一度だけ警告する。これで三度目だからな。直ちに止まれ、止まらなければ今度こそ撃墜するぞ」

 マーシアが鼻で笑うのが見えるようだ。再び正面に向き直ったリョウの口元に笑みが浮かぶ。

「さっきからそう言っているし、攻撃をしているようだが、ぜんぜん当たっていないぞ。せめて私に冷や汗をかかせてもらいたいものだな」

 あからさまな侮辱に相手が怒り心頭する様子が分かる。スクリーンには偵察カメラが撮影した映像をコンピュータが瞬時に分かりやすく加工したものが映し出されている。まるで追いかけっこのようだ。マーシアは相手を右に左に翻弄している。

「生きていた……」

 背後から聞こえてきた場違いな言葉にリョウはハッとして振り返った。青ざめた顔でリチャードがスクリーンを見つめている。隣にいるアリシアーナのことは念頭にないかのようだ。リョウの視線に気づいた彼と目が合う。リチャードはとっさに目をそらした。この男にいったいなにが……。

「艦長、こちらに向かってくる敵の宇宙艇があります。接触まで十分」

 レーダーを監視していた乗組員の声にリョウは再び正面に目を戻した。

「こちらは帝国軍アルテア制圧部隊だ。直ちにエンジンを停止し、我々の臨検を受けるよう警告する。抵抗すれば貴艦を撃沈する」

 スピーカーから聞こえてきた声にブリッジは緊張に包まれる。それを破るかのように

「ワープ準備完了しました」

 ルークが振り返る。

「直ちにワープフィールドを展開」

 リョウの朗々とした声がブリッジに響いたとたん、スクリーンは白くなった。


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