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ヴァルラート戦記  作者: 結月 薫
第2章 フリーダム
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フリーダム56

 リョウはアーサーを背負ったまま、慎重に梯子を下りる。片手で梯子を掴み、もう一つの手でアーサーの体を押さえるという危険な体勢だが仕方がない。リョウは彼を落とさないように神経を集中させる。地面に足が着いたとたん、思わずほっとして息を吐き出した。

「大変そうだな」

 続いてマーシアが降りてきた。

「替わってやりたいところだが……」

 といいながらリョウの背にいるアーサーをこれ見よがしに見る。リョウは笑いながら、

「君が背負うことはできないよ」

 アーサーの体の位置を整えたリョウは今度はマーシアを先頭にして歩き始めた。いくらマーシアが優れた戦士とは言え、実際の体は紛れもなく女性のものだ。意識のない大の男を背負っていては身動きがとれなくなるのだ。マーシアは銃を構えながら慎重に歩く。それでも堅い靴音の響きは消せない。

 不意に前方で緊張した空気が膨らむ。

「あそこのようだな。おまえの部下はきちんとお守りをしているな」

「ジュリアもエディも優秀なんだ。そうでなければ今まで生き残ってこれなかっただろう。だからあの二人を連れてきたんだ」

「お姫様さえいなければ、こっちはずいぶんと楽になったんだがな」

 愚痴ともつかぬつぶやきを漏らしたマーシアは、リョウに先に進むように顎をしゃくった。リョウが進み出る。その横でマーシアが今まで以上に警戒態勢をとる。ジュリアたちがいるだろう場所に万が一敵が潜んでいることを考えた処置だ。

「ジュリア、俺だ」

 リョウは少し手前で立ち止まると、静かに声をかける。緊張で膨れ上がっていた空気が急に和らいだ。

 そして暗がりの中から銃を手にしたジュリアが姿を現す。目が合ったとたん、ジュリアがほっとした表情を見せた。

「無事だったのね、何度か地響きみたいなのが、ここにも聞こえてきたからいったいどうなったのかと思ったわ」

「管制塔を爆破したんだ。敵の目を引きつけるためにな」

 リョウはアリシアーナたちが隠れている場所に入ると、アーサーを下ろした。アリシアーナが彼の様子を見て小さく悲鳴を上げると同時にあわてて口を押さえた。

「ひどくやられてますね」

 とエディがつぶやく。ジュリアがアーサーの脇にかがみ込んで、彼を診察する。

「どうだ?」

「衰弱しているわ。たった二、三日のことなのにずいぶんとひどく痛めつけられたわね。指の骨はたぶん全部おられているわ。顔のダメージもひどいわ」

「ここで治療はできるか?」

 ジュリアはリョウを見上げると首を振った。

「ここでできるのは痛み止めを注射するぐらいね。なるべく早く治療できるところにつれていく必要があるわ」

 一刻も早くフリーダムに戻る必要があるということだ。マーシアに報告しようとリョウが顔を上げたそのとき、いくつかの足音が彼らが隠れている下水道に響いた。

 マーシアはすでに銃を構えて、音のする方に前進系を集中している。リョウも汚水をわたってマーシアとは反対の壁に潜んだ。マーシアがリョウに向かって片手を広げた。やってくるのは五人だ。

「注意して捜すんだ。まだ潜んでいるかもしれない」

 反響する声に足音があわただしく近づいてくる。間違いなくアーサーがいなくなったことに気づいた兵士たちだ。

 マーシアが振り向き、再び片手を広げると、今度は人差し指でのどを切り裂く仕草をする。五人全員、生かすなと言うことだ。リョウはうなずいた。敵の命を助けている余裕はないのだ。身動きができないアーサー、銃をつかえないアリシアーナの二人を守らなければならないのだ。

 リョウは足下に落ちていたコンクリートの破片を拾い、そして彼らに向かって放り投げる。彼らの足下に落ちたそれはからんからんと音をたてて転がった。

 兵士たちは一斉にその石に目をやり、すぐに来た方に顔を向けた。リョウたちはその瞬間をすかさず狙った。瞬く間に五人の兵士たちが下水道に落ちる。

「とりあえずはしのいだ。彼らが応答しないとなると、すぐに次の連中が来るぞ」

 リョウはジュリアたちを振り返る。

「脱出する」

 ジュリアもエディもことの深刻さを理解していた。

「僕が彼を運びます。あなたは安全を確保してください」

 エディがアーサーを背負う。マーシアが前を、そしてリョウがその後ろを挟む形で彼らはその場から立ち去る。彼らは来た道を戻りはしなかった。アルテア・シティの地下を網目状に張り巡らされた下水道を右や左に折れながら、マーシアは進んだ。しばらくして地上に出ると、そこは飛行場だった。いくつもの飛行機が駐機している。そのうちの何機かはいつでも離陸可能だ。ただしこれは宇宙と地上を行き来しているものではなく、大昔からある惑星上の都市間を移動するものだ。

「無事でしたか」

 彼らを出迎えたのは、酒場の主とダグラスだった。

「アーサーは?」

 リョウは振り返ってエディを示す。ダグラスの顔にほっとした表情と驚いた表情が浮かぶ。

「とりあえず生きている。だがなるべく早く治療が必要だ」

 酒場の主はうなずいて、一番近くの飛行機を示し、

「あれに乗ってください。治療設備がありますし、応急処置もできます」

「ジュリア、エディたちを連れて先に乗り込んでくれ」

 ジュリアはダグラスと短く言葉を交わした後アリシアーナを連れて、アーサーを気遣いながら飛行機に乗り込んでいく。


「飛行機はどうやって手配したんだ? グラントゥールのものなのか?」

「まさか」

 とマーシアはすぐに否定する。

「アルテアの陰の大統領と呼ばれている男から借りたんです。私たちは彼に多くの貸しがありますからね。たまには回収しないといけないので。ですから、戒厳令が敷かれている状態でも飛行機の離陸許可がでたんです。あの飛行機でオーフェンまで行ってください。そこに宇宙艇を用意しておきました。あなたなら上空の警戒網を突破できるでしょう」

「それに私が上の連中をひっかき回すからな。危険は減るだろう」

 だからといって、喜ぶことはできなかった。マーシアが囮になると言うことは、彼女が危険にさらされる。ましてや上空を制しているのはグラントゥールで、同じグラントゥールだからといって、容赦したりはしない。マーシアが抵抗すれば、本気で撃ち落としにかかってくることだろう。

「あれが私の宇宙艇だ」

 マーシアが指さしたのは飛行機の滑走路とは少し離れたところに置かれている機体だ。その形状は飛行機ではないが、ふつうの宇宙艇ともどこか違っている。大気圏を行き来するための宇宙艇よりもそのフォルムはスマートだ。

「搭乗員数は二人だ」

「たったのそれだけなのか?」

 惑星と宇宙船を行き来するには人数が少ないし、形からみて貨物を運ぶためのものにも見えない。

「本来の役目は戦闘だ。惑星上空での戦闘をするときに惑星に降りることができるように新しく設計した宇宙艇なんだ。だから兵器はしっかりとしたものが装備されている。旋回性能も速度もこれからおまえが乗る宇宙艇とは比べものにならない。だから私の心配はいらない」

「マーシア……」

 彼女が心配させますとしていることは確かだ。その上でマーシアは優しく微笑み、

「それにまだヒューロンでの約束は果たされていない」

「約束……」

「そうだ。確かにここも宇宙の一つと言えばそうだが、私たちにとって宇宙とはあそこだろう?」

 マーシアが指したのは頭上に広がる空だった。夕闇に包まれようとしているその空の遙か上に漆黒の闇の世界がある。グラントゥールにとって、そしてリョウにとって宇宙とはあの世界のことだ。リョウはヒューロンでマーシアと別れたときのことを思い返した。

 看守たちに引き渡されるときにリョウはマーシアに言ったのだ。『宇宙で会おう』と。マーシアは言った。ここは宇宙ではない。約束はまだ果たされていない、と。だからマーシアは死ぬつもりはないといっているのだ。どんな危険なことになろうとも。

 リョウは改めてマーシアの目を見つめて、

「生きて……必ず生きて宇宙で会おう」

 マーシアは優しく笑むとはっきりとうなずく。リョウもうなずき返し、そして離れがたい思いを断ち切るかのように背を向けた。

 今度見送るのはマーシアだった。

 リョウは背中にマーシアの温かい視線を感じながら、仲間たちの待つ飛行機に向かって歩いていった。


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