フリーダム55
リョウたちは宇宙港の東棟に潜入した。
そこはかつて軍の幹部が居住していた場所のようだ。通路にさえ豪華な調度品が置かれている。移転した今もそのまま埃をかぶっていた。そして地下には機械室があった。アーサーはそこにとらわれている。
エレベーターは稼働している。だが二人は階段を下りることを選択した。一段一段降りていくと、次第に男のうめき声が聞こえ始める。不意に男が絶叫した。リョウは思わず足を止めてしまう。その目は見開かれ、体が強張る。まるで呪縛にかかったかのように足が動かない。
「リョウ」
マーシアの声が体を縛っていた過去を切り裂いた。マーシアは銃を構え壁に背をつけて前をうかがっている。
「すまない。俺が足手まといになっているな」
「バカなことを言うな。おまえがいなければもっと手間がかかっていたぞ」
マーシアはそう答えると、最後の一段を降りて、通路に出た。声は一番近いドアの向こうから聞こえている。どうやら完全に締め切られていないようだ。
「見張りが立っているかと思ったが……」
リョウは辺りを見回したが、その気配は感じられない。マーシアが顎で扉の向こうを示し、指を四本立てて見せた。中にいるのは四人ということだ。管制室にいたのが待ち伏せをしていたのが三人と伏兵として隠れていたのが三人だ。特務機関の兵士は全部だ十人と言うことなんだろうか?
「特務機関の一部隊の編成はそう多くはないんだ。せいぜい三人がいいところだ。管制室にいたのは一人が特務機関の人間で残りはアルテアの駐屯部隊から借りたのだろう。連中の権限は強いからな。そういうことはよくある」
リョウはマーシアの向かいに立って中をうかがう。
再び男の絶叫が響く。尋問する男の声は答えを引き出そうとするよりも、そういうことを楽しんでいるような調子だ。男の側に立っている男が拷問を加えているようだ。残りの二人は少し離れたところで顔を背けるようにしていた。その二人が貸し出された兵士なのだろう。
「何か連中の注意を引けるようなものが欲しいな」
「正面からこのまま突っ込めばいいじゃないか」
とマーシアは不服そうにリョウを見た。
「たった四人なんだぞ」
「それでもアーサーから注意を逸らした方がいい。おそらく今の彼は自分で動くことはできない。俺たちはアーサーを救出しにきたのであって、彼らを殲滅しに来たんじゃないんだ」
マーシアは小さくため息をつくと、
「おまえはすぐに楽しみを取り上げてしまうな。まどろっこしいのは嫌いなんだ」
「目的を忘れるな」
「全く……仕方ないな」
マーシアはそういうと、ポケットの中から小さなエネルギーカートリッジを取り出した。
それは以前ヒューロンでマーシアを狙った暗殺集団と戦ったときに使った銃のエネルギーカートリッジによく似ている。あのときは投げつけたカートリッジを撃ち抜くことで大きな爆発を起こして、敵を混乱させたのだ。
「ここは室内なんだぞ」
思わず非難の声を上げるリョウをマーシアはしれっとした顔で
「私がそんなことにも気づかないほど愚かだとでも?」
と聞き返す。その言い方にリョウは身が縮むような思いがした。マーシアはちゃんとわかっているのだ。
「すまん」
首をすくめて謝るリョウ。マーシアがくすりと笑った。リョウもそれに応じるように表情を和らげる。リョウはそんな些細なやりとりが自分をいつもの自分に戻していくのを感じた。
「これは威力を三分の一に弱めたものなんだ。銃のエネルギーカートリッジとしてももちろん使えるが、すぐにエネルギー切れになる。だがここで使う分には十分だろう。それにあれから少し工夫を施してあるんだ」
マーシアはそういうと、その小さなエネルギーカートリッジをドアの隙間から壁際に放り投げた。それが落ちて転がる。その音に中にいたものたちが一斉にそちらの方を見た。その瞬間、エネルギーカートリッジは爆発とともに強力な閃光を放った。あまりのまぶしさに中にいたものは視力を奪われる。そして爆発音によって聴覚も失われていた。もはや彼らに抵抗するすべはない。
リョウとマーシアは中に飛び込んだ。だがさすがに選ばれただけはある。特務機関の兵士はリョウ立ちに向かって銃を放ったのだ。正確さに欠けるその射撃はアーサーの身を危険にさせる。リョウとマーシアはそれぞれ一発ずつ光弾を発射して永遠に沈黙させた。なにが起きたのかわからずにいる残りの二人を気絶させると、リョウは椅子に縛り付けられているアーサーに近づいた。彼の周りから異臭がしているのは過酷な拷問のせいだ。アーサーの顔は腫れ上がり、視界は完全に閉ざされているようだ。
「新手か……」
か細いながらもアーサーは声を出した。こんな状態でまだしゃべれることにリョウもマーシアも驚いて互いの顔を見た。
「どんな……し、仕打ちを受けようと、俺は、喋らない。あきら……めろ。殺した方が……おまえたちのため……」
だがさすがに体は極限に来ているようだ。しゃべり方が次第におぼつかなくなっている。
「しっかりしろ」
リョウが彼の体に触れる。マーシアがアーサーを拘束しているベルトを切り離した。体がぐらりと揺れるのをリョウが支える。
「おまえは……?」
アーサーが顔を上げた。腫れ上がった瞼ではなにも見えていないはずだ。
「おまえは帝国のもの……じゃないのか?」
「彼はリョウ・ハヤセだ」
アーサーはの顔がマーシアの方を向く。
「リョウ……」
「そうだ、おまえの参謀のギルバートの知り合いだ。彼から聞いていないか?」
「ギルバート……彼は俺を裏切らなかったのか?」
リョウはマーシアを向いた。マーシアもリョウを見る。考えたことは一つだ。仲間に裏切られ置き去りにされたアーサーは、ギルバートのことも疑っていたのだ。
「私が保証しよう。あの男はおまえがおまえである限り、決して裏切ることはない」
アーサーの口元に皮肉のこもった笑みが浮かんだ。
「俺の知らない人間に保証されてもな……あんたは……誰なんだ?」
「私の名前は知らない方がいい。だが私はウィロードル商戦団のアランと知り合いだ。ギルバートはアランを通して私にこの依頼をしたんだ。ギルバートと私には面識はない。おそらく向こうは私のことを知っているだろうがな」
アーサーはリョウの方に顔を向けた。
「ギルバートとどこで知り合ったんだ?」
「ヒューロンの収容所だ」
「収容所……」
アーサーはハッとして
「じゃあ、あんたがあのリョウなんだな。イクスファの英雄の……」
「英雄かどうかは知らない。だがかつてそう呼ばれたこともあったのは事実だ」
アーサーは息を吐くと、
「あんたを信じるよ。俺をギルバートの元に戻したくれ」
「心配するな。必ず帰してやる」
その言葉を聞いて、それまで気を張っていたアーサーの意識が途切れた。
「私よりおまえの言葉を信じるとはな……」
マーシアに手伝ってもらいながらリョウはアーサーの体を背負った。
「彼の知り合いであるギルバートとの接点は俺の方が強いからな。ショックだったのか?」
「まさか。いや少しうぬぼれていたのかもしれないと感じただけだ」
そう答えたマーシアは時計を見た。
「そろそろだぞ」
そのとたん、爆発音とともに土煙が立ち上るのが見えた。崩れ落ちたのは管制塔だ。リョウたちは東棟に移動する際に管制塔に爆発物を仕掛けていたのだ。まだいるであろう兵士たちの目を引きつけるための仕掛けだ。少しでも脱出しやすくしなければならない。アーサーを背負ったリョウは戦力としては使えないのだ。
「行くぞ」
リョウはマーシアにうなずくと下水道網への入り口に向かった。身を潜める二人の脇を兵士たちが急いで管制塔に向かっていくのが見えた。




