美令の本音
その日、美令は塾が終わってからもそのまま帰る気になれず、駅前のショーウィンドウを見ながら当てもなく歩いていた。
美令は何とか塾にだけは出席したものの、元気とは一切言葉を交わさなかった。向こうが何か話したがっているのは感じていたが、今は冷静に話せる自信がなかった。家でもずっと勉強していたのに、1学期と変わらない判定結果を持って帰るのも辛かった。美令の両親は美令の成績に口を出すなど滅多にしないが、さすがにこの夏休みで伸び悩んだとなると心配するだろう。
そうは言っても、不良少女ではないので家には帰らなくてはならない。あと5分ほどしたら駅に向かおうと心に決めて歩いていると、いきなり後ろから腕をつかまれた。
「やっ!」
「こんな遅くに一人で歩くなよ!危ないだろ!」
突然のことに悲鳴をあげようとすると、それよりも早く元気が怒鳴った。
「なんだ…源くんか…」と安堵の息をつく。
「もうすぐ帰るところだし、大丈夫だよ」
とにかく今は元気の顔が見たくなかった。理不尽に八つ当たりをしてしまいそうだった。しかし、元気がそうはさせてくれなかった。
「何言ってんだよ!女がこんな時間に一人で歩いてて危なくないわけないだろ!?」
元気の腕から逃れようとすると余計に怒られた。それが余計に美令を苛立たせる。
「大丈夫だから、ちょっと一人にしてよ」
なんとか笑顔を取り繕って、とにかく解放してくれるように頼む。言葉はできるだけ柔らかくしているが、もう限界だった。
「無理。何かあったなら話聞くよ。椿、何か煮詰まってるみたいだし相談に乗るよ」
宥めるような言い方に、美令は限界を超えた。
「偉そうに何よ!源くんは志望校も合格圏内で余裕あるからいいわよね。そんな人に私の気持ちなんかわかんないわよ!」
急に感情をぶつけるように叫ぶ美令に、元気は驚いて一瞬動きが止まった。
「それは、この間の模試がたまたまそうだっただけで、本番はわかんないだろ?椿だってまだ伸びるんだから、そんな悲観的になるなよ」
再び宥める態勢に入った元気に美令は止まることなく思いを吐き出す。今までギリギリで保っていた外面も関係なかった。ただの八つ当たりだと分かっていても、一度吐き出したものは止まらない。
「私は最初っからずっとC判定なのよ!?3年になってようやく本腰入れて勉強始めた源くんはB判定なのに!好きな人と同じ高校に行きたいだけの源くんは合格圏内なのに!中学に入学した時からN高に行くって決めてた私はC判定!この気持ちわかるの!?」
必死に腕を振って一生懸命元気から逃れようとするが、元気も必死に抑えようとするので離れられない。美令は逃げるのを諦めてその場で泣き崩れた。
「……もう嫌だ。源くんが近くにいると調子が狂うの……」
美令は小さく声をあげて泣いた。元気はそんな美令を見つめ、意を決したように手を伸ばした。次の瞬間、美令は元気の腕の中にいた。




