元気と愛子
教室ではクラスメートが楽しく話しながら小道具作りを進めていた。教室の前まで来て、美令は入るのをためらう。しかし、元気はそんなのお構いなしで、無理やり美令を教室に引っ張り込んだ。
「あ、元気どこ行ってたのよー」
「机作りほとんど終わっちまったぞ!」
教室に入ると真っ先に元気は注目を浴びる。美令はその後ろで小さくなっていたが、元気によって前に押し出されてしまった。
「椿を連れてきたんだよ」
「あ、椿さん!」
「一人にしてごめんねぇ。今、真がジュース買ってきたから、椿さんも飲も」
そう言って、委員長の浪川愛子がジュースを渡してくれた。
「あの、お金は…?」
「いーの、いーの。文化祭用の予算で余った分だから」
「あ、ありがとう」
美令はそのまま端に隠れて飲もうとしたのだが、それを愛子と元気が阻止して、美令は二人の間に座らされた。
「どこまで進んだ?」
「コースに必要な物は半分ぐらい終わったかな。後は壁作って、布つけて、前日に組み立てって感じ」
「へー。けっこう余裕で終わりそうだな」
「まあね。うちのクラスは優秀だから」
元気と愛子が話している間、美令は真剣にジュースを吸っていた。仲良く話している二人に挟まれてすることがなく、なぜ間に挟んだのか甚だ疑問だった。
ちびちび飲んでいたジュースも無くなったので、職務に戻ろうとした矢先に愛子から話しかけられた。
「椿さんは志望校どこなの?」
「え……いちおうN高だけど……」
「わーやっぱり!実は私もN高なんだ」
「え?」
意外な事実に美令は思わず聞き返してしまった。まさか、この学校でN高を目指す人が他にいるとは――。
「他に志望している人いなくて不安だったの。よかったら学校見学とか一緒に行かない?」
「なんだよー。俺も受けるんだけどー」
「えー。元気ってば本気だったの?あの3組の常田さんを撒くための逃げ文句だと思ってた」
「俺も本気!本気も本気!だから学校見学ならついてくからな」
「あーそう。じゃあ3人で行かない?椿さん、どう?」
どう?と言われても、断る理由がない以上頷くしかない。美令が「いいよ」と言うと、愛子は嬉しそうに微笑んだ。
「私、そろそろ戻るね」
そう言って美令が立ち上がると、なぜか元気も立ち上がった。
「こっち終わりそうなら俺も椿を手伝うわ」
「え、いいよ」
「そうだね。元気よろしく」
息の合った二人のやり取りに押されて、美令は元気と戻ることになった。
大勢の空気から解放されて大きく息をつくと、元気が軽く肩をたたいた。
「お疲れ。ありがとな」
何にお礼を言われているのかわからず、隣を歩いている元気に視線をやる。
「浪川が前から椿と話したいって言ってたからさ。二人ならきっと話も合うと思ったし」
「そうなんだ……」
美令が壁を作るとかなんとか言っていたけど、けっきょく教室に連れて行ったのは愛子のためだったのだ。
そこまで考えて、ふとある考えが頭をよぎった。元気の好きな人というのは、N高の生徒ではなく愛子のことなのではないだろうか。だから同じ学校を目指しているのではないだろうか。だから、愛子が学校見学の話を持ち出した時に割り込んできたのではないだろうか。
「お前はクラスで歓迎されないなんて言ったけど、そんなことないよ。みんな近寄りがたいと思ってるだけで、本当はもっと話したいんだ」
だから美令も話してみなよ、と元気は例の爽やかな笑顔で言う。
美令は何とも答えることができず、視線を逸らした。