文化祭準備
夏期講習初日の会話から、美令の心の中で元気は完全に敵として認識された。あんな不純な動機でN高を目指しているやつに負けたら恥――美令はそれぐらいの気持ちで勉強に没頭した。
だが、美令の心中を知るはずもない元気は、昼休みの度に美令のもとへきた。さすがに一方的な敵対心というのは美令も自覚があったので、多少は負の感情が滲み出ていたかもしれないが、概ね当たり障りなく過ごした。
話せば話すほど元気はいいやつだし、一緒にいて飽きない。こういうところが人に好かれる理由なのだろう、と前向きな分析ができるほど、美令の元気に対する評価は変わっていた。時々、初日のあの発言がなければ、と考えるが、なければ何なのだと自分で突っ込む。人は人、自分は自分、が美令の基本スタンスだ。自分でもなぜここまであの発言に固執しているのかわからなかった。
夏休みも終わり新学期が始まった。それと同時に文化祭の準備も本格的に始まる。美令はクラスの人が苦手だったので、夏休み中はあまり手伝いに参加していなかったのだが、学校が始まってしまえばそういうわけにもいかない。塾のない放課後は夜遅くまで残ることが多くなった。
「椿は冷静なんだな」
授業で作成したものを展示していると元気が話しかけてきた。美令のクラスは定番のお化け屋敷をする。クラスメートはみんな教室で楽しく衣装やセットの制作をしているはずだ。美令はその中にいるのが耐えられず、やりたい人が少ない作品展示をかってでたのである。
「れ、冷静って何が?」
「うん?だってさ、みんなワイワイ楽しい方がいいから、教室での作業を選ぶじゃん。だけど、そんな空気に流されずに椿は作品展示を選んだから」
「あぁ……」
そういうことか、とこっそりため息をつく。誰からも好かれる人気者には、クラスに馴染めない人間の心理など考えたこともないのだろう。
「私、ああいうの苦手だから」
「ああいうの?みんなでワイワイするのがってこと?」
「う、うーん、そういうことかな」
何でこんなことを話してしまったのだろう、と後悔しながら、とりあえず適当に答える。
「でも、一人でいるより楽しいよ。ちょっと来てみなって」
「いいよ、別に。みんな歓迎してないだろうし」
「そんなことないって。みんな椿一人に作品展示任せちゃって気にしてんだぜ」
「別に、これは私が望んでやってるんだから」
美令の頑なに拒む様子を見て、今度は元気が呆れたようにため息をついた。
「椿ってさぁ、なんでそんなに壁を作ろうとしてんだ?」
「壁?」
美令の質問には答えずに、元気はその腕を掴んだ。
「とりあえず、みんなのためにも少しでいいから顔出せ」
そういうと、元気は無理やり美令を引っ張って歩き出した。