01
それは他愛も無い話の中で、気紛れに出た話題の一つに過ぎなかった。
談笑の仲で出てくる話題など、どこからでてきたのかも分からない噂みたいなもので溢れ返っている。
その一つ一つについて考察したりするわけではなく、その場を盛り上がらせる話題の一つに過ぎない。
それでもその話に乗ってみようという気になったのは、そこには何かしら特別で「普通の人とは違う」という優越感の様なものがあったからだろうか。
「お前凛様が竜の仔を集めてるって噂、知ってるか?」
仁がその一つの噂を聞いたのは、同じ職場で働く友人の茜が言ったその言葉からだった。
二人がいる店は既に満員で騒がしい。仁は茜に聞こえるよう少し大きな声で返事を返した。
「いいや、知らねぇ」
茜は仁の仕事の同期で友人である。茜は少し癖のはいった金髪の男である。年齢は仁と同じ18歳。
二人が知り合ったのは仕事ではなく、街のとある店でだ。
一つだけ残っていた林檎を二人が同時に手にしたのが最初の出会いであった。この後二人は林檎一つで喧嘩する事になるのだが、その話は割愛させていただこう。
「何だよお前、自分に少しは関係あることなんだからもちっと興味持てよ」
茜はそうつまらなそうに言いつつ話を続ける。仁は机に両足をのせ、座っている椅子を音を立てながら揺らし始めた。
「何でも、西の街外れにある昔竜人が作った塔を開こうって話だぜ」
その言葉に仁は眉をひそめた。「はあ?塔開くのに何で竜の仔が必要なんだよ」
そう言われると茜は知ってるわけないだろ、と言って先程店員が運んできたオレンジジュースを一口飲んだ。ここの店は食べ物も飲み物も美味しいと評判である。食材を冷凍せずに、その日のうちにその日必要な分だけ決まった農家などから購入しているおかげで新鮮だからなのそうだ。
「元から何やってんだか分からない王女サマだからな。薄気味悪いったらねえぜ」
そう王女に対して嫌悪感を顕にした。何が理由か分からないが、茜は自分たちの主である王女凛を毛嫌いすることが度々ある。普段は表に出さないが、ふとした瞬間にちょっとした言葉などからそれが見え隠れするのだ。
茜はすぐに意地の悪い顔になり、仁に対してにやりと笑った。
「それよりお前こそ気をつけろよ?なんたってお前は幸運の証である、竜の仔なんだからよ」
凛様に集められて怪しいことする羽目になったりしてな、と茜はげらげら笑った。
この世界では青い眼をもった人のことを「竜の仔」と呼び、その家の幸運の証であると信じられている。
言い伝えでは、遥か昔に滅びた竜人の生まれ変わりなのだそうだ。
勿論その竜の仔自体に不思議な力があったりするわけではなく、ただ御伽噺程度にそう考えられているだけである。そんなことを信じない人も大勢いる。竜の仔だから、と言って特別扱いされたりするわけではない。もし生まれてきたら何かいい事があるかもしれない、という程度だ。
そして、今茜に竜の仔と呼ばれた仁は青い眼をもっている。
仁は自分が竜の仔であることについて特別何か感情を抱いたことは無い。
特別良いことも悪いことも無かった。偶にあらあなた竜の仔なのね、と珍しがられるだけだからだ。
しかし、その珍しいという人々の好奇の視線は少しの間仁を「普通の人とは違う」という優越感に浸らせた。無論、今ではすっかりそんなことにも慣れたのだが。
「冗談、そんなの御免だぜ。塔開いて古代に竜人の力を借りて、オカルト集団でも作るってか?」
そう言って仁と茜はそりゃ怖いと笑った。
しかしこの後仁は、王女直々に呼び出されることになる。