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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第1章 勇者、異世界に現る
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第7話 勇者の誓い

「おいっ、誰か! 屋敷の門番を呼んでこい! それに衛兵も呼びに行け! この男は泥棒だぞ!」

 誰かの助けを求めて、クラウスが叫ぶ。

 伯爵家を恐れて動いた数名は例外としても、多くの人間が第三者に徹して見物を続けている。

「何をしているっ! この男を止めろ! 貴様等も泥棒の一味かっ!?」

 身分制度があったとしても、その階級が通じない時や場所は存在するものだ。

 残念ながら身分もあり知名度が高い分だけ、彼の行状は平民達の間でも、あるいは、平民故に広まっていた。

 クラウスの評判が芳しくなかったとしても、彼に理があると考えた者が多ければ、もう少し状況は味方してくれたかもしれない。

 クラウスが革袋の中から、到底入りそうもないサイズの長剣を抜き出したのを見て、幾人かが驚きの声を漏らす。

 昨日、ソーマが使用したミスリルソードで、おそらくアントンが彼の目の前で実演して見せたのだろう。それ以外に、クラウスが取り出せる理由はない。

「さ、電光魔法サンダー! 電光魔法サンダー! ……電光魔法サンダーっ!」

 実質的な対抗手段を持たないためか、魔法が発動するはずという希望にクラウスがすがりつく。

「さっきも言ったけど、剣が魔法を生み出すわけじゃなくて、持ち主である俺が剣に魔法をかけてるだけだ。それに、光属性の武器一つで俺に勝てないのは見てただろ?」

 真情を表すようなソーマの呆れ顔に、クラウスの顔が屈辱で赤く染まる。

 本来、パーティーを組むという行為は、互いの欠点を補うために行われる。一系統のみにこだわると、特定の属性相手に有利というだけで、優位属性に対しては脆さを露呈してしまう。

 この当たり前の配慮がクラウスに欠けているのは、身分に守られていることを盲信し、自分が守勢に回ることを想定していないからだろう。


「貴族貴族って、いつも持ち上げられてて、いい気になってるんじゃないか? お前のことをなんにも知らないけど、そんな気がする」

「ふ、ふざけたことをっ! 私は次期伯爵だぞ! 聖水教会の者ごときがなれなれしく話していい相手ではないんだ!」

「……言いたいことはわかった。だけど、俺もお前を見習って、自分の都合で好きに動くことにする。お互い様だ」

「私へ攻撃するつもりなのか? 貴族だぞ!? 領主の息子にそんな対応をして許されると思っているのか!? 聖水教会だって無事ではすまんぞ!」

「正直、聖水教会に手出しされるのは困るけど、だからって、泥棒を見逃すのは理屈に合わない。思い上がりを正すためにも、たまには痛い目にあっておいた方が、お前の将来のためにはいいんじゃないか?」

『トラフロ』ではオーラが体を保護するため、傷が残ることはほとんどない。昨日と今日の戦いを通じて、この地でも同様の法則が働いていることを彼は理解していた。

 ただし、オーラの減少には痛みが伴うため、おしおきとしては有効だろう。

「親父にも殴られたこと無さそうだけど、……まあ、諦めるんだな」

 これ見よがしに火炎剣を振り上げたソーマを前に、クラウスはパクパクと口を開閉させたまま、言葉を発することも逃げ出すこともでない。

 クラウスの左肩から右脇腹へ、袈裟がけに剣が振り下ろされた。

 服が裂けて血しぶきが舞う。

「ぎゃあああぁぁぁあぁっ!」

 絶叫をあげてクラウスが仰向けに倒れた。

 そして、そのまま動かなくなる。


「……あれ?」

 歩み寄ったソーマが顔を覗き込むと、クラウスは目を剥いて苦痛に叫ぶ表情のまま固まっていた。

 その一撃だけで、クラウスはあっさりと死んでしまったのだ。

「いや、だって、その……、あれ?」

 唐突な状況変化に、ソーマがうろたえ始めた。

 彼に人を殺した経験などあるはずもなく、自分の行為と現れた結果が頭の中でうまくつながらずにいる。

「カリアスとは違って、クラウスは戦いの経験もないはずだからな。ひょっとしたら、カリアスへの対抗心から、雷神の洗礼を受けていたのかも知れない」

 アストレアの声が冷静に分析する。

「それに、まだ完全死には至っていないと思うが?」

「あっ……!?」

『トラフロ』のゲームでは蘇生が存在する。

 交戦状態になると体力や魔力が失われ、どちらかが尽きた時点で仮死状態になるのだ。強大な一撃を食らったり、分不相応な魔法を使用すると、瀕死を飛び越えて仮死状態に陥ることもある。

 体力か魔力のどちらかが残っていれば、これを消費しながら仮死状態は続き、どちらも空になったところで完全死となる。この完全死まで達していなければ蘇生も可能だ。

 クラウスは負傷によって体力は尽きたものの、魔法は使用していないため魔力は残っているはずだ。

 昨日のアストレアとの会話でも、ソーマはこの件を聞き出していたのだが、始めての状況にすっかり動転してしまっていた。


「教会で蘇生してもらえるかな?」

「……今回はアントンが絡んでいるようだし、司祭様も応じてくださるだろう」

 安堵したソーマは、仮死体となったクラウスの手から、ミスリルソードを取り上げて、マジックポーチの中にしまい込んだ。

 その革袋を、落とさないように腰へしっかりと結びつける。

「とりあえず、こいつらを教会まで運ぶとするか……聖光回復レストア

 ソーマが回復魔法をかけると、瀕死状態にあったジョルジュの体がぼんやりと黄色に輝いた。

 教会で洗礼を受けると、最初に使えるようになるのが回復魔法だ。これには、属性の優劣は存在せず、合致した属性魔法ならば回復効果は高くなる。

 数分をかけて徐々に回復していくため、強敵との戦闘中では使いづらいものの、戦闘後であればなんの障害にもならない。

「おいっ、起きろ」

 うつぶせに倒れたジョルジュの肩を軽く揺する。

 小さく唸ったジョルジュが、意識を取り戻すなり跳ね起きた。

 すぐ近くにソーマの顔を確認して、怯えた表情で身を退こうとするが、ソーマに腕を捕まれていてはそれも不可能だった。

「クラウスはそこで死んでるけど、続きをやるか? 傭兵と子供はもう逃げ出してる」

 一応は自由意志を確認してみた。

「俺としては、おとなしく教会まで来て、素直に白状してもらえると楽なんだけど」

「わ、わかった。白状する。クラウス様が子供に命じて、その革袋を盗ませた。俺は護衛として雇われていただけで、その件には関わっていない」

 あっさりと口を割った。

 クラウスという後ろ盾がいない状況で、聖水教会と事を構えるのはさすがに避けたいようだ。


「聞いての通りだ!」

 周囲の野次馬に向かってアストレアが宣言する。

「この者達は聖水教会で預かる。伯爵家には教会から使いを出すから、知らせに向かう者がいるのなら、その件も伝えて欲しい」

「こいつ運べる?」

「え……、私は魔術師なので……そんな力は……」

 ソーマの無茶ブリを受けて、ジョルジュはなんとか拒もうとする。

「……仕方ないか」

 できれば避けたかったが、ソーマはクラウスの亡骸を担ぎ上げた。

 人を肩に担ぐのは初めての経験だったが、ゲームのステータスによる影響か、肩にかかる重量はたいして気にならなかった。



 ○



 ソーマ達が教会へ戻ると、当然のごとく一騒ぎあった。

 貴族の死体を持ち込んだのだから、当然の帰結と言えるだろう。

 予想外の反応を示したのはカリアスだった。

「くっ、くくくくく。はははははははははっ」

 肩を揺すっていたと思ったら、カリアスが大笑いし始めた。

「こんなに笑ったのは久しぶりだぞ。貴様は平民だが、間違いなく勇者だ。私が認めてやろう」

 兄の死体の前で爆笑しているカリアスに、少しばかりソーマは退き気味だったが、まああの兄では仕方がないと思い直す。

「それでコイツを蘇生させてもらおうと思ってるんだ」

 カリアスが笑いを納めて真剣な顔で問いかけた。

「何故だ?」

「何故って……、貴族を殺すのは問題にならないのか? 俺もそうだし、教会だってそうだろうし、……伯爵家としては死んだままでも平気なのか?」

「それは、父上次第だな」

「父上?」

「この兄に蘇生させるだけの価値があると認めれば、儀式用の寄進をするかもしれん。私なら、こんな奴には銅貨一枚払う価値はないと思っているがな」

 随分と辛辣な意見だった。

「兄は光系統の傭兵を雇っていたはずだが、お前が倒したのか?」

「ああ」

「同系統を相手に一人でか? あの女では役には立たなかったはずだ」

「火炎魔法を使ったからな」

 その返答にカリアスがぎょっとなった。

「火炎魔法まで使えるのか? もしかして、氷結魔法も?」

「全部使える」

「…………」

 二の句も告げないという様子のカリアス。

 この辺りを理解して、自分へ突っかかることを自粛してもらえれば、ソーマとしては非常にありがたい。


 司祭のコルウィンは、さすがに動じることなく、こう言ってのけた。

「これもまた、アクアリーネ様の御心なのでしょう」

 それで押し通すのも問題がありそうに思えたが、教会の見習い僧侶が発端と言うこともあって、彼は蘇生まで請け負ってくれた。

 おかげで、ソーマは殺人犯とならずに済む。

 ごくごく個人的な感覚だが、彼はできるかぎり人殺しは避けたいと考えていた。教会へ迷惑をかけないというのは二次的な理由に過ぎず、人殺しをするという罪を自分で背負いたくはなかったからだ。

 本当に怒り狂っていたり、憎しみを持っていたのであれば、もう少し事情は変わるだろう。

 しかし、ソーマにとってのクラウスとは、皮肉でもなんでもなく『殺す価値のない』存在だった。あんな、手応えも感慨もなく、殺した罪悪感だけを背負うなんて、罰として重すぎる気がするのだ。

 殺された当人にしてみれば、到底納得のいかない主張だろうが、これは紛れもないソーマの本心である。

 今回の事件を通じて、ソーマは実感と共に二つの教訓を心に刻んだ。


 一つ、持ち物は盗まれないようにしよう。


 一つ、人は殺さないようにしよう。


 全7話では、『章』と呼ぶにはちょっと短く感じるのですが、導入部はここまで。

 次話からは、第2章となります。

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