第6話 魔法剣士の魔法剣士たる由縁
「そ、そんな!? クラウス様、火系統だなんて聞いてないですよっ! それも中級だって!?」
狼狽したジョルジュが思わず詰問してしまう。
「私が知るかっ! どういう事なんだ、これは!?」
クラウスは背後を振り返り、自分の陰に隠れているアントンへ怒りをぶつけた。
何らかの事情でサンダーソードを手にした、聖水教会に属する者。そんな思い込みが的外れだったという、それだけの事実を彼は受け入れずにいる。
「しっ、知らない。だって、昨日は電光魔法しか使っていないから!」
「バカなことをっ!? 別系統の魔法など使えるはずがない!」
「でも、本当なんだよ!」
「……ちゃんと人の話は聞いてやれよ」
アントンを弁護する義理などなかったが、相手の言葉を否定するだけのクラウスに、ソーマは思わず口を挟んでいた。
「俺は火炎魔法も電光魔法も使える。まだ誰にも見せてないけど、氷結魔法もな」
「あり得ん! そんな人間がいるなど聞いたこともないぞ!」
「……ついでに言っておくと、こうやって剣に魔法をかけることもできる」
「そんなことが人の身でできるはずがないっ! 教会に頼らず、武器に属性を付与するなど人間には不可能だ! そのようなでまかせを口にして、私を煙に巻くつもりか!」
せっかく有益な情報を聞かせてやっても、クラウスは聞き入れようとしない。
「煙に巻く? 勘違いしてるんじゃないか? 俺はお前を叩きのめすっ……てっ!?」
意識がクラウスへ向いていたソーマへ、手斧を引き抜いたザジが瞬時に間を詰める。
「……くっ!」
身を包むオーラが刃を阻み、体に傷はない。しかし、オーラを削られた痛みから逃れることはできなかった。
反撃を望むソーマの剣がザジを襲う。
あるいはかわし、あるいは受ける。
本来ならば、武器の打ち合いだけで物理ダメージは発生しないが、ザジは痛みから顔をしかめていた。
「ファイアソードなのは確からしいな。それも、中級……か」
属性武器同士の戦いでは相性による影響が大きく、手斧の電撃はソーマに届かず、剣の炎熱がザジを焼く。
鍔迫り合いともなれば、圧倒的に有利なのはソーマの方だ。
後方へ退いたザジが、左側へと回り込もうとする。
「こいつの言っていることが真実かどうか……、そいつはどうでもいいんだ。問題はファイアソードを持っているという事実の方でね。まあ、相手が一人なら、なんとかなるだろうさ。うまく剣をかわせれば……」
ソーマに向けていたザジの視線が、軽く左右に揺れる。
「……後ろだっ!」
あがった声はアストレアのものだ。
ザジのアイコンタクトを受けたジョルジュが魔法を発動させる。
「中級・放電網」
後背を振り向いたソーマは、薄く広がった電撃を目にする。
起動が始まったばかりで発動には至っていない。瞬時にそう判断したソーマは、ザジを無視して火炎剣を後方へ向ける。
バチバチと空気を震わせて放電が始まり、無軌道な電撃が無数に迸った。
正面から伸びてくる電撃は火炎剣が打ち消してくれたが、回り込んでくる電撃がソーマにまで達する。
それでも、中級・電光魔法の直撃よりもはるかに傷は浅い。この魔法は、威力よりも命中率をあげることを目的に調整したのだろう。
しかし、隙を見せたソーマの背中へザジが斬りつけていた。
袈裟がけの太刀筋に走った痛みをこらえて、振り向きざまに振るった火炎剣が、ザジをしたたかに斬りつける。
「ちっ、さっきの一撃と手応えが変わらねぇな」
ザジの左手には、青く光るナイフが握られていた。
「……まさか、フリーズナイフ? そんなものまで」
アストレアが驚きの声を漏らす。
本来、属性武器は値が張るため、教会の外で見かけることは珍しい。それが、別属性で二つともなればなおさらだ。
「あんたが火属性なら、こいつで仕留めるつもりだったんだよ」
「そっちも、火属性が平気みたいだな」
魔法を行使するには神との契約が必要で、その場合は恩恵と共に弱点も背負うことになる。
ザジ本人は属性武器の所有者にすぎず、ソーマは魔法剣士の特性として無属性であった。
どちらも負属性を持たないことから、ソーマへのフリーズナイフも、ザジへの火炎剣もともに決定打とはならない。
「それなら……、電光魔法」
ザジに向けて電撃を放つ。火炎魔法ではナイフ、氷結魔法では手斧で受けられると考え、ソーマは通用しやすい手段を選んだのだ。
魔法は、名を唱えてから発動までにタイムラグが発生する。
馴れた者ならば回避も可能で、ザジは横っ飛びすることで電撃をかわしていた。
そのため、すぐさま身を翻したソーマを追うのに、一歩遅れてしまった。
ジョルジュは自分に向かってくるソーマへ向けて慌てて魔法を放つ。
「めっ、中級・電光魔法」
起動を知りながら、ソーマは足を止めずに魔法へ飛び込んだ。
電撃を身に浴びつつ、火炎剣で斬り破ったソーマがジョルジュの前に到達する。
「……ひっ」
ジョルジュが身に纏うオーラは、火炎剣に浸食されてその切っ先は胴体にまで届く。
さらに、二撃、三撃と撃ち込むソーマを、ザジが止めに入った。
火炎剣がザジに向けられたことで、ジョルジュが慌ててソーマの間合いから逃げ出そうとする。
しかし、彼はソーマの間合いを把握して損ねていた。
「火炎魔法」
ソーマの右手が火炎放射器のように炎を噴き出し、ジョルジュの背中を焼いた。
体力が大幅に減少すると、身を守るオーラの薄れた瀕死状態となり、体に受けた傷はその場で回復しなくなる。対処法は二つで、傷を覚悟して反撃や離脱の行動を起こすか、動かずに力を温存して防御力の上昇に務めるか、だ。
ジョルジュの例で言えば、気絶したらしいので問答無用で後者であった。
「面倒なことになっちまったな……」
嘆きながらも、ザジに諦める様子は見られなかった。
ザジは、これまで右手の手斧を突き出した構えを取っていたが、現在は火炎剣へ対処するため左手のナイフをソーマに向けている。どんな属性持ちが相手でも戦える様に、二つの武器を使い分けるのがザジの戦い方なのだろう。
これは『トラフロ』においても有効な、定番の戦い方と言える。
しかし、ザジがどれほど一系統を相手に実戦経験を積んでいようと、ソーマがこれまで相手にしてきたのは二系統だ。なにしろ、『トラフロ』においては魔術師の契約も二系統が標準なのである。
「魔法剣士の厄介さは、まだまだこんなもんじゃないぞ」
魔法剣士という職には、魔法剣の技能が必須となる。
つまり、魔法を使えるだけでは成り立たない。
術士系が魔法を行使するように、戦士系にも体力消費を代償とした体術が存在する。
「全開・四方連撃」
これは、そのうちの一つ。
体力を瞬間的に燃焼させたソーマが、瞬時にザジの間合いへ踏み込み、続けざまに上下左右からの四連撃を繰り出した。
そのうち、初撃だけはフリーズナイフが受け止めたものの、二撃目三撃目は反応もできずに体へ叩き込まれ、最後の攻撃はかろうじてサンダートマホークが阻んでいた。
地面に倒れたザジは、横転することでなんとかソーマから距離を取る。
左肩と右脇腹から、負傷を示す血の霧が立ち上っていた。
「こいつは、お手上げだな……。俺の負けだ」
肩をすくめたザジが、ナイフと手斧をしまうとくるりと踵を返す。
「こんな戦いで傷を負うのもバカバカしいからな……」
「……え? おい」
こちらが呆気にとられているうちに、ザジは人混みを割って一目散に逃げ出していた。
「なっ!?」
呆気にとられたのはソーマだけではなかった。
取り残されたクラウスも同じ思いだったらしい。
「バカなっ! 貴様には大金を払っただろう! 戻ってこい!」
果たしてその声が届く距離にいるかどうか……。
それなりに実力を認めたつもりのソーマも、躊躇無く逃走を選んだザジに驚いていた。
「……だからこそ、強いのかもな」
無茶な戦いに固執せず、退くべき時に退く。それが、もっとも賢い戦い方なのかも知れない。
瀕死状態で負った傷は、薬草などによる治療が必要で、この傷痕は後々まで残ってしまう。傷を弱さの表れと見る者もおり、ザジが逃走を選んだのもそれが一因となっていた。
「まあ、あっちは放っておいてもいいか……」
ソーマの目的は、ザジとの勝負ではない。それをちゃんと理解しているからこそ、ザジは逃走を選んだとも言える。
向き直ったソーマの視線を受けて、クラウスは慌てて周囲を見渡した。
ジョルジュは倒れ、ザジは逃走し、アントンもまた姿を消していた。
従犯はこのさい放置だ。
ソーマにとっては、主犯たるクラウスが一番の問題なのだ。