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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第6章 歩き出す人々
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第42話 勇者達の道行き

 ソーマとエメラルダが、クローナの街を出て平原を歩いている。

 行く手にはモンスターも徘徊しているが、ソーマが常に纏っている精神威圧が低級モンスターを寄せ付けずにいた。

「孤児達へはどんな勉強をさせるつもりなの?」

 ふたりにしてみれば散歩の様な認識で、周囲への警戒もおざなりで、今後の方針について検討中だった。

 ソーマが明言したとおり、読み書きなどは孤児達にとっても必要な知識なのだ。ソーマが関わらずとも、教会で行う基礎教育に含まれていた。

 コルウィン司祭から、簡単に了承を得られたのも、教師がふたり増えるという認識だったためだろう。


「『こっちの世界』については、私たちが教わるくらいなんだし……」

「常識とか知識については、俺達の方が疎いとは思う。だけど、教育方法については、向こうで教育を受けた俺達の方が知っているはずだ」

「なにか、アイデアはあるの?」

「まあ、ひとつは。エメラルダは絵はかけるか?」

「え? ……絵のこと?」

「ああ」

「そ、それなりに……」

「それなりじゃわからない。どの程度描けるんだ? 美術部に入ってたとか?」

「えっと、その……、マン研なんだけど」

 狼狽えたように目線を泳がせるエメラルダ。

「恥ずかしがる事ないだろ。俺もコミケに行った事あるし」

「そっ、そうなの!?」

 地獄に仏といった調子で、エメラルダの表情が明るくなる。

「『トラフロ』プレイヤーなら珍しくないだろ。少なくとも、『トラフロ』に手を出さない人間より、プレイヤーの方がコミケ経験者は多いはずだし」

「そうは言っても、趣味は結構別れるから……」

 サブカルチャーも好みが細分化されており、ゲーム好きが、同人誌にまで手を出すとは限らないのだ。


「それで、私に何か描かせるつもり?」

「文字を教えるのに、絵本を使おうと思ってるんだ」

「それって普通の事でしょ?」

「この教会では違う。教会の外でも、絵本は出回ってないらしい」

「あれ? ひょっとして紙がないとか?」

「紙もあるし、本も存在してる。だけど、知識階級向けに限られているんだ。学術資料や歴史書に使われるのが普通で、教育に使うことはないらしい。基本は手書きだから希少だしな」

「作る絵本は1冊でいいの? 全然足りなくない?」

「1冊じゃ足りないだろ。ほんとなら53名分、全部欲しい」

「無理! いくらなんでも53冊なんて絶対無理! って言うか嫌!」

 絵を描く当人としては、断固拒否の構えだ。50回以上も延々と同じ絵を描き続けるのは誰だって嫌がるだろう。

「版画はあるらしいから、描くのは元絵だけでいい」

「……そうなの? 良かったぁ」


「どんな絵本がいいと思う?」

「『パンの人』とか?」

「俺は原作の絵本自体は読んだ事無いんだけど、エメラルダは内容を知ってるのか?」

「あ……私も知らない……」

「俺としては、おとぎ話なんかは避けたいんだよな」

「どうして?」

「突飛な展開が多いだろ? 脈絡もなく王子が通りかかったり、開けたら駄目な玉手箱渡したり、灰を撒いたら桜が咲いたり。子供から何でって聞かれても、俺には答えられない」

「そう言う部分は……あるかも……」

「成長したせいかも知れないけど、思い出してみてつまらなく感じるってのもある」

 実年齢では成人しているソーマにとって、当時読んでいた絵本など記憶の彼方だ。


「それじゃあ、どんな話にするの?」

「希望としては、『龍玉』や『海賊王』をやりたい。あれなら絶対受ける」

 ソーマが自信を持って断言した。

「それはそうでしょ。凄くずるい気もするけど」

『現代日本』におけるマンガ界の怪物作品だ。海外でも高評価なのだから、『この世界』でも受け入れられるのは間違いない。

「だけど、長編マンガだと山場が来る前に飽きられそうだからな。できれば1冊で完結するような短編にしたいんだ」

 子供達が絵本そのものに慣れていない以上、わかりやすい内容を優先したかった。

「それに主人公が海賊だと、教会で扱うには不向きだしな。その点じゃ、戦闘ものも同じだ。……有害図書なんて制度は大っ嫌いだけど、子供への影響は考えないとな」

 なにもPTAを気取るわけじゃないが、無数のマンガであふれかえる『現代日本』ではないのだ。多種多様な作品が氾濫していれば、1作品の重要性も低下するだろうが、最初の1作に選ぶものは厳選しておきたい。

 ソーマだって犯罪者が主役の話を楽しんだりするが、そのテの作品を見せるのは、きちんとした判断力がついてからで十分なのだ。

「アクション物も、絵本だと盛り上げづらいよね? コマ割りだって、読み慣れていない人にはわからなかったりするから」

「映画でも絵本にするには長すぎるからな。もっとシンプルな話で、短くて、連作可能で、もっと子供向けの……。なんだ! いいのがあった!」


 ソーマが思いついたのは、『現代日本』における国民的アニメで、未来から来た『猫型ロボット』の物語だ。

『この世界』向けに翻案するなら、下記のような形だろうか。

 おちこぼれ少年が、未来の子孫から『青色猫型自律式ゴーレム』を送られ、ゴーレムの魔法道具を借りて自体を解決し、調子に乗リ過ぎて失敗してしまう。

 起承転結のハッキリした短い物語であり、想像もしない魔法道具や、そこから生じる騒動は、子供達の興味をかき立てる……はずだ。

 ある意味、『子供向け』の代名詞とも言うべき作品である。



 ○



 ゴーレムとの戦闘を回避しつつ、抜け穴をくぐったふたりは、ホーラのいる古代遺跡への潜入を果たした。

 なんの障害もないまま奥へと進み、例の路地の前でソーマが足を止める。

「ホーラ、聞こえるか!? 俺の隣にいるのは風神に召喚された勇者だ! 今から奥へ向かうけど、できれば妨害しないでくれ!」

「大丈夫かな?」

「大丈夫じゃなかったら、サンドドラゴンと戦う事になる」

「ふたりなら大丈夫だよね?」

「この前は俺ひとりで倒してるから、死んだりは……」

『大丈夫じゃ。通るがよい』

「……大丈夫だってさ」

「うん。私にも聞こえた」

 遺跡の主からの承諾を受けて、ふたりが通路を進む。

 ソーマが戦った広間も、倒したドラゴンも、全て仮想現実によるものだ。ホーラがふたりの意識へ介入しない限り、ただの細長い通路でしかなかった。

 通路の突き当たりの部屋で、姿見大の魔鏡に映し出された黒髪の美女がふたりを出迎えた。


「それで、わしに何用じゃな?」

 興味がそそられているのか、ホーラ自身が前置きもなしに尋ねてくる。

「魔神や魔物について知っていることがあれば教えて欲しい」

「……どこでその話を聞いたのじゃ?」

「つい最近も聖女に憑依したアクアリーネが、『出現する魔神の眷属を倒すのが勇者の役目だ』と俺達に言ったんだ」

「ふむ……。そういう事ならば、教えておくとしようかのう」

 咳払いしたホーラが改めて口を開く。

「まずは、この世界の成り立ちからじゃ」

「え……? それはさすがに、話が遡りすぎじゃないか?」

「手早く進めるから、まずは聞いておけ」

 怪訝そうなソーマを、たしなめるようにホーラが話を進める。


「原初の世界にあったのは、大地であり、風であった。やがて、火の山が吼え、雨が降り注ぎ、稲光が走る。小さな想いしか持たぬ精霊達が、集合離散しながら、川のような大きな流れを産んだ。それが神々の自意識じゃ。神々が己を自覚したことによって、わしも生まれたのじゃ」

「神様の中じゃあ、ホーラが一番若かったのか」

「いや、それは違う」

「だって、6番目だろ?」

「じゃから、わしの次に生まれた神がおろう。それが魔神じゃ」

「ああ……、7番目の神になるのか……」

「その点については、話が進めば明らかになるぞ」

「わかった。話を続けてくれ」

「海に生まれた原生生物は海を泳ぐ魚となった。さらには、環境や行動に応じて様々な変貌を遂げた。海に陸に空に命は満ちたが、それらは本能のままに生きる獣でしかなかった。そこでわしは、神々の様な意志を持たせたいと考えた」

「……じゃあ、人間が生まれたのはホーラのおかげなのか?」

「そうとも言える。最初に風神の手を借りて生み出したエルフは、精霊に近いためか成長意欲に乏しかった。土神の協力を得て生み出したドワーフは、細工物にはこだわりを見せても土地を離れようとせん。そこで、炎神、水神、雷神とともにヒトを生み出した。彼等は旺盛な探求心や競争心で広い世界へ散っていった。造物主としては、生まれてから代わり映えのしないエルフやドワーフより、自ら変ろうとするヒトの方が見てて飽きぬな」

 実験動物のように思えて、ソーマとしては単純に喜ぶ気になれなかった。


「肝心の魔神の話はどうなったんだ? まだ出てこないみたいだけど」

「当然じゃろう。魔神はまだ生まれておらんからの」

「え? エルフとか人間が生まれてるのに?」

 ファンタジー小説などでは、創造神と破壊神が世界の成り立ちに関わる事が多い。『この世界』における魔神もまた、古くから存在していたとソーマは思い込んでいた。

「当然じゃ。魔神が生まれたのはつい最近の話じゃ」

「神様レベルで最近って言われもな。何年くらい前なんだ?」

「500歳程度じゃな」

「……意外に若いんだな」

 西暦で2000年という『現代日本』を基準にしたソーマがそんな感想を漏らす。エメラルダの感覚も似たようなものだ。

「魔神を生み出したのはヒトの心じゃからな。ヒトが増大した事によって、ヒト全体の抱える歪みが溢れ、魔神を形作ったのじゃ」

「……え? 魔神が生まれたのは人間のせいなのか?」

「精神というものは不定形で、どんな歪みだとて時を経れば散ってしまうものなのじゃ。……本来はな。しかし、ヒトの作り上げた秩序が、心の淀みを他者へ押しつけてしまった。弱者が常に虐げられ、侮蔑を向けられ、憎しみを募らせてしまった。空気や水も流れねば淀んでしまう。悪しき念は、堆積し、醸造され、魔神という形をとったのじゃ」


「それは……、それぞれが独立した存在なのか?」

「どういう意味じゃ?」

「つまり、人間が絶滅したら魔神も消えてしまうのか? 逆に、魔神を滅ぼしてしまうと、人間の全てが聖人君子になったり、植物人間になったりするのか?」

「すでに別個の存在じゃな。ヒトが滅びようと、魔王が滅びようと、どちらかが影響を受ける事はあるまい」

「それなら一安心だ」

「じゃが、その前ならば大きな影響を及ぼすじゃろう」

「前?」

「人が増えれば……、つまり、悪意が増せば、魔神の得る力も増大しよう。逆に、魔神の力が高まれば、世界への影響力も広く深くなる。相互に干渉し合い、多くの悲劇が生まれるであろうな」

「例えば……、戦争が起きたりするのも魔神のせいなのか?」

「……いくらなんでも戦争の罪を押しつけるのは、身勝手と言うものじゃ。戦争を起こすのはヒトの都合であろう?」

「一応聞いてみただけだよ」

 バツが悪そうにソーマが答える。

「妬みや恨みを抱えたものは、魔神の力に染まりやすい。また、魔神の力が溢れる場所におれば、取り込まれる事もあろう」

「たまたま、その場にいた人間が戦争の原因となるなら、やはり、魔神のせいと言えるんじゃないか?」

「原因に、全ての罪を求めるのならば、魔神を生み出したヒトの罪も問わねばならん。魔神を、魔神の様な存在として生み出したのは、それこそヒトの罪じゃ。当時のヒトが漏れなく背負うべき罪じゃな。そして、今も魔神を育てつつある、全ての人間も同罪と言えよう」


「……じゃあ、原因の話は置いておく。魔族って言うのは、その魔神の力が流れ込んだ人間……動物のことか?」

「魔神がヒトの心に生み出されたとしても、その影響が及ぶのはヒトだけではない。動物や、植物や、器物もあろう。魔神の力に染まる全てが魔族なのじゃ」

「魔族は、500年前から何度も生まれてるのか?」

「いいや。この500年ほど、現れてはおらん」

「え? 500年ぶりに魔神が動き出したのか?」

「結果論となるが、その頃は、ヒトが増えすぎたという時と、土地を奪い合う戦に満ちた場が揃っておった。そのために魔神が生まれ、血に酔った者どもが魔族と化した。魔族の暴虐は、戦乱に紛れ込み、とどまる事を知らぬ。皮肉にも、魔族の暴走によりヒトの数が大きく減じ、魔神の力すら削がれる結果となった。魔族ども、あるものは狩られ、あるものは自滅し、地上から魔神の影響は一掃された」

「今になって魔族が生まれたのは、ヒトが増えすぎたのが原因なのか?」

「ヒトとは限らんがな。エルフもドワーフモそれなりに増えたのじゃろう」


「神様は、魔神の事を放置したままなのか?」

「言うておらんかったか? そもそも、わしがこの遺跡に残されたのは、魔族の出現に備えるためじゃ。魔族の出現を早く本体に知らせるためにな」

「そうだったのか?」

「うむ。深緑の森はわしの探知範囲外じゃが、お主等に聞いた情報は全て本体に上げておくとしよう」

「それって見張り役って事だよな? 駆除するための戦力は持ってないのか?」

 ソーマの深刻な問いに、ホーラがきょとんと見返した。

「何を言っておる。だからこそ、勇者が召喚されたのじゃろう? それこそが、お主等の仕事じゃと思うぞ」

「……俺達に丸投げするのか?」

「神とは強大であっても全能ではない。地上の全てを神々が自由にしていては、人間に生きる意味や価値はあるのか? 神の介入は少なければ少ないほど良いと思うがのう」

 納得はしづらいものの、ホーラの主張はかろうじて理解できるものだった。


「えっと……、私も質問していい?」

 黙って聞いていたエメラルダが問いかける。

「なんじゃ?」

「勇者には、何か特別な力が与えられてるの?」

「力を与えて済むのであれば、別の世界から召喚する必要がないのではないか? むしろ、何かを見込んで召喚したはずじゃから、自らの力を信じれば良かろう」

「それじゃあ……、他の勇者と連絡を取る方法とか、見つけ出す方法はないの?」

「それぞれの神が勇者を召喚したのであれば、互いに示し合わせた可能性は高い。じゃが、本体の仕事じゃからのう。連絡手段も勇者の特徴もわしではわからん」

「虚神の勇者の居場所も?」

「うむ。直接会うならまだしも、探知範囲から外れてはまず難しかろう」

 そのまま信じるなら、ホーラに頼れる事はほとんどなさそうだ。


「……こう言っちゃなんだけど、頼りにならないな」

 あまりにも正直なソーマの感想。

 言葉を交わしてきたせいで、どこか気を許してしまったらしく、本心をそのまま口にしている。

「以前も言ったが、わしは虚神の一部にすぎんからの。また、本体が必ずしも協力するとは限らん。そこは誤解せんようにな」

 当のホーラは、まるで気分を害しておらず、平然としたものだ。

「じゃあ、ここのホーラから情報を得ているのも、本体が認めない可能性もあるのか?」

「そうなるのう。今のわしはかまわんと思っておるが、本体から規制を受ければ、お主等への協力を拒むかもしれん。場合によっては敵対もあり得るじゃろう」

「まとめると……、敵対するまでの間は協力者と思っていていいんだよな?」

「どう対応するかは、お主等次第じゃな」

「これからも助言をもらいたいから、ここに『転移石』を置いてもいいか?」

「『転移石』とはなんじゃ?」

 ソーマがアイテムポーチから実物を取り出してみせる。

「これを割った半分をこの遺跡に置いておくと、もう半分の持ち主がいつでもこの遺跡へ転移してこれる」

「それは断る」

「なんでだ?」

「道具を奪えば、誰でも使えるのではないか? それでは、よけいな輩がここまで侵入しかねんからの」

 ホーラの拒否理由から、エメラルダが代案を提示した。

「こっちの『伝声札』ならどうかな? これなら、誰かに使われても、黙っていればいいだけだし」

 こうして、3枚セットの『伝声札』を各自が持つ事となった。


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