第41話 今後を悩む勇者達
「……勇者?」
「ああ。教会に来た日と、ついこの間も、水神が憑依した聖女から、俺はそう呼ばれた」
ハンター仲間のブリジット相手に、勇者について説明したのはこれが初めてだ。
「その『勇者』ってなに? みんなの前で無茶な事をやってみせるの?」
まるで大道芸人のような扱いである。
「水神の話だと『魔族と闘う』のが使命らしい」
「魔族ってのは?」
「突然変異で凶暴化したり、こう……なんて言うか……、怪物に変貌したモンスターの事だ」
「そんなのおとぎ話の中でしか、聞いた事無いんだけど?」
「ケルベロス退治で俺達は直に会ってる。ケルベロスの群れを率いていたのは、人の言葉を話せる猿だっった。なあ?」
「うん、そう」
水を向けられて、エメラルダがこくこくと頷く。
ブリジットへ彼女を紹介するにあたり、勇者に関しても説明することにしたのだ。
「もしかして……、エメラルダにもソーマみたいな力があるのかな? 複数の属性魔法が使えたり、珍しい魔法道具を持ってたり」
「そのふたつは当たってる。魔法剣士より少ないから、使える魔法は風属性と水属性のふたつになるけどね。魔法道具は私の方が数は多いみたい」
クローナ教会到着後に、ふたりで所持アイテムを比較してみた。
ソロプレイ主体でアイテム数を絞っていたソーマに比べ、彼女は『伝声札』等を大量に抱えていた。
「単純な戦闘力だと……ソーマよりちょっと低いくらいだと思う」
エメラルダの正確なレベルは124と、むしろソーマを上回る。ただし、非戦闘スキルを取得してることもあって、ステータス配分に汎用性を持たせたことから、戦闘専門のプレイヤーには及ばない。
「それは凄いね。さすがは『勇者』ってとこかな」
ソーマの強さを知るブリジットは、素直に賞賛した。
「だけど……、だから……かな? 魔法の基礎とか知識が乏しくて、学んだり教えたりするのが苦手なの」
正直に告げるエメラルダ。
『トラフロ』プレイヤーの強さは、ステータスやスキルといったゲームシステムによる恩恵によるものだ。分析や開発といった作業には向いておらず、カティヤが期待したような魔法の研鑽には非常に向いていない。
「教会の仕事も慣れないものばかりだったから、ソーマみたいにハンターでもやろうかと思って」
「ソーマと同じくらい強いなら、問題なくやっていけるんじゃない? ゴーレムだって狩れるでしょ?」
「ゴーレムはちょっと……。エルフと相性が悪いのよ」
ゴーレムの特徴は攻撃力や防御力であり、これはドワーフとも重なるものだ。
ファンタジー小説に登場するお約束通り、『この世界』でもエルフとドワーフは仲が悪い。険悪なわけでなく、互いに無視に近い関係だ。
これは、力を極めたエルフとドワーフの方向性が、両極端に別れてしまうことによる。ドワーフの誇る強力な一撃は身軽なエルフにかわされてしまい、エルフが手数で押してもドワーフの防御力にものともしない。とにかく、戦闘スタイルがかみ合わないのだ。
そして、ヒトはその中間に位置することから、どちらとも戦いが成立してしまう。痛し痒しといったところだ。
「それなら、ゴーレム以外っていうのは?」
「エメラルダは、ブリジットと会った頃の俺みたいなものなんだ。狩りの経験がまったくないから、ブリジットがアドバイスしてくれ。俺も他人に教えられるほど経験を積んでなしな」
ソーマの言葉にブリジットが苦笑する。
「『勇者』ってそういう人が選ばれるものなの?」
「たぶん、そうなる」
『トラフロ』プレイヤーが前提であるなら、高確率でインドア派が対象となるはずだった。
ソーマとしては、あまり笑ってられない事情である。
○
一仕事終えた3人がクローナの町に姿を見せる。
「ようやく帰ってこられた……」
エメラルダの漏らした言葉には疲労感が滲んでいた。
初ハントでソーマが見せた動揺を、エメラルダが拡大再生産しただけで、特筆すべき事柄はなんら起きてはいない。それでも、当人にとっては記憶に深く刻まれる経験となったようだが。
「戦闘そのものに不安はなさそうだし、すぐに慣れるって」
「あんまり、慣れたくない……」
ブリジットの慰めに、エメラルダが力無く応じる。初めての戦闘は彼女にとってなかなかの負担となったらしい。
目当ては珍しいと言える素材だったが、強力なモンスターの体内器官というわけではなく、市場に出回っていない薬草の採取が目的だ。
遭遇した敵の多くが初級モンスターなので、弱いだけに威圧感のない姿をしていた。エメラルダにとって問題だったのは、正にこの点なのだ。
角兎とか吸血モモンガとか歩行鳥とか、ふくらんだ体毛で全体的に丸いフォルムは愛嬌があって、攻撃するのに心理的な抵抗が大きい。ゲーム内ならまだしも、平和ボケの『現代日本』人には、殺しにくいモンスターと言えた。
深緑の森にいたエメラルダは、確かに『風神の御子』として守られていたのだ。
「でも、あの風鈴草や夕暮れ草を薬に使うなんて聞いたことないけど?」
「エルフの秘伝みたいなものなの」
『トラフロ』では、ドワーフが武器を製造できるのと同様に、エルフは製薬に長けている。
中でも、魔力回復用ポーションは露天ではそこそこの高値で売れる。ただし、『トラフロ』における素材の入手場所は、経験値効率の悪いモンスターが多かったり、広い範囲に分布していて捜すのが面倒だ。
「手間がかかるから、高値で売れないと困るんだよね。需要にもよるし……」
「……それこそ、ハンターにでも収集を依頼すべきかもな」
ソーマぐらい力があれば、直接ゴーレムを狙った方が早い。依頼に応じるのはもっと実力の劣るハンターとなるだろう。
「食堂に張り出してみる気? でも、ハンターは地道な作業に向いていないよ」
それなりの経験を積んでいるブリジットが実情を告げた。
基本的にハンターを目指す人間は、一攫千金を夢見て、力ずくで事態を解決するのが大半なのだ。
「……よう。あんたがソーマって奴か?」
ダミ声が会話に割り込んできた。
3人の行く手を阻むように姿を現したのは、大量の筋肉を豊かな脂肪が覆う巨体の男だった。
「そうだけど……、なんか用?」
「俺もハンターをやっててな。先輩として手を貸してやろうってんだ」
「……間に合ってる」
男の申し出をソーマは言下に拒んだ。
冒険者ギルドが成立してからならまだしも、現状でソーマが求めているのは知識や技術の方だ。目の前の相手がブリジット以上に優秀とは思えなかった。
「ハンターってのは何よりも力がものを言うんだぜ。お前みたいなガキと嬢ちゃんだけじゃあ、食い物にされるだけだ。俺は親切で言ってやってるんだよ」
かがみ込むような体勢で、ソーマの眼前に強面の顔面を突きつけた。言葉だけは善意を感じさせるが、その態度は明らかな威圧である。
「もう、断ったはずだけど?」
「おいおい、状況をよく考えろよ。凶暴な奴が絡んできたら、嬢ちゃん達をどうやって守るつもりだ? 腕っ節の強
い仲間が必要だって事ぐらい、わかんだろうが?」
「…………」
意訳を試みたソーマは、どうやら彼が『ソーマではブリジットやエメラルダを守れない』と主張しているのだと推察する。
容姿や体格のせいでソーマは侮られがちだ。若すぎるために、喧伝されている彼の噂の信憑性を疑わせてしまうのだ。
「そもそも、このふたりも強いし、俺だけで守り通す事も可能だ」
だから、彼の発言は2重の意味で間違っている。
「あの教会が安全じゃない事は身にしみてるだろ? なんなら、俺が安全な宿の手配もしてやるぜ」
「教会を襲った連中は返り討ちにしたし、今後は狙われる可能性もない」
「お上品な騎士と一緒じゃ、堅苦しいだろ? せっかく金があるんだから、酒でも女でも楽しんだらどうだ?」
「教会からはなにも禁止されてないから、あんたに言われなくても好きやるよ」
言葉を変えて誘ってくる男に、ソーマは繰り返し拒絶の言葉で応じる。
「俺にも噛ませろって言ってんだ。この町じゃそれなりに顔が利くんだぜ。魔石でたんまり稼いでるんだし、俺に分け前払ったところでたかが知れてる。そうじゃねぇのか?」
しびれを切らしたらしく、男は直接的に言及してきた。
「はっきり言っておくけど、あんたには銅貨1枚だって渡すつもりはない。それでも親切にしてくれるのか?」
「ちっ! 女を連れてるからって、意気がってんじゃねぇぞ! 実力って奴を思い知らせてやらねぇと、生意気な口は消えねぇらしいな!」
男は凄んだが、『この世界』での喧嘩沙汰や戦闘に慣れたソーマは、いまさら怯んだりはしなかった。
「俺ひとりでも、3人の聖火騎士を撃退したけど、その噂を聞いてないのか?」
「くだらねぇ噂ひとつで俺を騙せると思ってるのか? それに、俺だってお上品な教会騎士に負ける気はねぇよ!」
一般的に、教会騎士は尊敬を集める一方で、剣技編重主義に対する侮蔑の対象ともなりやすい。
彼等の実力を正しく知る者は、犯罪者等で入牢済みだったり死亡していたりするので、世間に喧伝される機会は少なかった。
「あんたの言葉はひとつだけ正しいみたいだ。力の差を思い知らせてやらないとわからない奴っているよな」
「……この、クソガキがっ!」
男が腰に吊してあったフレイルを両手に握る。珍しい事に、彼は1m弱のフレイルを両手に1本ずつ握って武器とした。
「ふたりは下がってろ。身体加速」
男のフレイルはリーチこそ短いが、その分だけ取り回しが簡単そうだ。その重量をものともせず、腕力にものを言わせて2本のフレイルを振り回す。
扇風機のように風を薙ぐが、虚しい事に、ソーマに届くのもその風だけだった。
マジックポーチに手をつっこんだソーマは、何も持たないまま引き抜く。
「武器は使わないの?」
心配そうにエメラルダが問いかける。
『トラフロ』内には素手の体術スキルは存在しないため、わざわざ格闘技で闘うものなどごく少数だ。
「心配は要らない」
短く答えたソーマは、神殿での一件を思い返していた。
考えてみれば、エメラルダもブリジットもあの場にいなかったので、不安を抱くのも無理はない。
右のローキックで男の左膝を狙い、ヒットアンドウェイを繰り返す。
「てめぇっ! 弱っちぃ攻撃ばかりしてねぇで、かかってこいや!」
威勢のいい声をあげるが、これは虚勢。空振りの屈辱と足に刻まれた痛みに、苛立ちを募らせた証だろう。
右のフレイルを振り上げた男は、踏み込もうとしたところで、左足の動きが鈍い事に気づく。
つんのめった体勢の男の左脇へ、ソーマが飛び込んだ。
関節技に力は必要ないと言われるが、それは、技が極まった後の事だ。
十分な腕力があれば、その分だけ、バランスを崩したりという手順が不要となる。もともとの技術が不足している人間ならばならなおさら有効だ。
男の左肩に右腕を絡め、男の背中に右半身を乗せていく。
脇固めの形で、左腕を後方へねじ上げる。
「はっ、離せ!」
「いやだ」
「痛っ、あああああーっ!」
ソーマは容赦なくのしかかり、男の左肩を背中側へねじ曲げる。
痛みから逃れようと男が暴れるせいで、固定された肩に負荷が生じ、さらに痛みが激しくなる。
ごきんと音がして、ソーマの押さえた左腕がおとなしくなった。
「やっ! やめ……、ぐれっ!」
関節の外れた左腕をソーマが離しても、男は左肩を押さえるようにしてその場にうずくまったままだ。
「……一応言っておくけど、俺もいずれは仲間が欲しいと思ってる」
ソーマを見上げる男の顔は酷いものだった。初めて受けた激痛に耐えきれず、彼の顔面は涙や鼻水や涎で汚れている。
「俺がゴーレムを倒せるのは事実なんだ。だから、俺に売り込むつもりなら、自力でゴーレムの魔石ぐらいは手に入れて来い。それができないなら、弱くて話にならない」
呆気にとられているエメラルダを促して、ソーマはその場を立ち去った。
「……あの、やりすぎじゃない?」
ケンカ沙汰に慣れていないエメラルダが控えめに非難する。
「どう思う?」
「うーん。ゆすりたかりへの対応としては、あんなものだと思うよ。舐められたままだと、何度でも起きるし、違う人間までやってくるしね」
問いかけを受け流したソーマに、ブリジットも軽い調子で応じる。
「それより、なんで素手で闘ったの? ソーマなら簡単に倒せるのに」
「武器を使うと『やりすぎ』てしまう可能性があるだろ。その点、関節技だとその心配がない。痛みが長引くほど本人は後悔するだろうし、他の連中への警告にもなるはずだ」
オーラの減少はポーションなどで簡単に回復させられる。
その一方で、身体に直接受けた外傷や内傷は、別途の治療が必要となるからだ。
「俺の生まれたところだと、素手でやる格闘技がよく知られてるんだ。ちょっと囓ったくらいの俺が、多少の知識は持っているくらいに」
聖水教会での模擬戦がなければソーマも思いつかなかっただろう。あの模擬戦も、多少はソーマに益をもたらしてくれた。
「ところで……、仲間にする条件がゴーレムの魔石だと、ボクにも無理だよ」
「私だってそうだよ」
「断るための方便だって。……まあ、こなせるなら考えてもいいけどな。信頼できる相手なら弱くてもかまわないけど、弱くて信用もできないのは問題外だ」
実質的に、ソーマが気にしているのは強さよりも、魔石で保証される経済力の方だった。
『衣食足りて礼節を知る』という言葉もある。貧しくて食事にありつけない人間は、食べ物を盗む罪悪感だって薄れるだろう。しかし、生活に不安がなければ、対面を取り繕う余裕も生まれ、社会的な信用を重視するようになる。
「ハンターがあんな連中ばっかりだと、冒険者ギルドってのは難しいよな……」
「そうだね。やっぱり、がさつなのが多いから」
ブリジットの感性はソーマに近く、だからこそ彼も行動を共にしている。
本人は未だに明かしていないが、彼女自身は生まれも育ちもいい。まがりなりにもハンターをやれている事が不思議なくらいに。
「正直言って、あんな連中を管理する自信ないなぁ」
ソーマが想定しているギルドとは、『現代日本』の会社である。『トラフロ』プレイヤーは日本人が多かったし、融通の効かないゲームシステム依存なので、冒険者側は粛々と依頼クエストをクリアするだけだった。
ところが、『この世界』のハンターは柄の悪い連中ばっかりだ。盗賊とあまり変らない印象だ。
「諦めちゃうの?」
「気が早すぎると思うよ」
ふたりの視線にソーマが首を振る。
「冒険者ギルドの仕事にはチュートリアルも入れるつもりだ。ハンターとしての基礎知識だけでなく、ギルドのルールを教え込んだり、達成後の報告書を書かせたりな」
「ハンターは面倒くさがりそう」
実情を知るブリジットが苦笑いを浮かべた。
「現状のハンターを教育するのは難しそうなんで、もうちょっと小規模から試してみる」
「どうやって?」
「教会の孤児達を冒険者の卵として育てる」
「それだと時間がかかりすぎるんじゃない?」
「子供の成長を待つ必要はないんだ。教育方法を形にできればそれでいい。失敗したら、改善すべき箇所もわかるし、次から上手くやれる。手を加えれば、ハンター用にも流用できるはずだ」
「それって……、子供達を冒険者にするの?」
エメラルドの懸念は『勇者』であればこその質問だった。
そもそも、ソーマが冒険者ギルドの立ち上げを目指しているのは、対魔王戦のための戦力確保という狙いもあった。いずれ魔王が出現した時、冒険者がその矢面に立つ可能性が高い。
「冒険者になりたい人間がなる分には問題ないだろ。それ以外は、好きな仕事に就けばいい。冒険者以外の道を選んだって、いろんな知識を覚えるのは無駄にならないはずだ」




