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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第5章 森に潜むモノ
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第40話 クローナ教会へ帰ろう

 騎士達が、ケルベロスの死体から素材にも扱われる牙を集めていく。

 昨夜は不在だったためソーマは知らないが、森の外で倒した敵も騎士達がありがたく頂いていた。討伐した証拠でもあるし、被害を受けた村民の補償にも当てるためだ。

「クレメッティ、ケルベロスはまだ残っているかしら?」

 カティヤの問いに、第5騎士隊長兼討伐隊隊長が答える。

「あの猿がケルベロスを従えていたのは、まず間違いないでしょう。余剰戦力があるなら、身の危険を感じた時点で呼び寄せたはずです。ケルベロスはあの場にいたのが全てだと私は考えます」

「……私もそう思うわ。今回はアクアリーネ様より言葉を賜った上、『勇者』とともに『敵』を討ち果たしたわ。期待以上の成果と言えるでしょう。神殿に報告すべき事が増えたわね」

 誇らしげに告げるカティヤに、騎士達も強く頷いていた。


 騎士達の承諾を得て、エメラルダは彼等に混じり、宿営地のある森の西側へ向かう。

「アクアリーネは勇者『達』って言ってよな?」

「……うん。やっぱり、ソーマの想像が当たってたみたい」

 騎士達の耳をはばかり、小声で会話する勇者達。

「エアロファから何も聞いてないのか?」

「最初に聞いてたら、もっと勇者らしい仕事もしてたってば。放り出されっぱなしで、ホント困ってたんだから」

「それを考えれば、俺は初めから助けられてたって事になるのかな……」

 異世界へ迷い込んだという状況は、ソーマもエメラルダも変らない。しかし、水神の神託があったために、ソーマは一応の目的や自分の立場を知っていた。

 エメラルダの様になんの助言もなく放置されては、使命感や責任感が沸くはずもなく、おおまかな指標すら持ち得ない。現に、彼女が行動を起こしたのもソーマと遭遇した後のことだ。

「正直言って、最初のお告げ以外にも、手助けしてもらえるとは思ってなかったけどな」

 ソーマ達は気がついた時にはこの世界へ迷い込んでいた。極論すれば、神々は彼等の意志などお構いなしに、神々の都合を押しつけたのだ。

 その事もあって、最初の顕現以降、再び現れなどとソーマは思いもしなかった。

「少なくとも、エアロファよりは親切みたいね」

「神様の性格を愚痴っても仕方ないだろ。ゲームデザイナーがいるわけじゃないし」

 こちらの不満を、神様が聞き入れてくれるとは思えなかった。そのつもりがあるなら、もっと広範な支援をしてくれてもおかしくない。


「あの猿が魔物だったとして、狙いはヒトとエルフを敵対させる事なのか?」

「ソーマもそんな事言ってたもんね」

 ソーマは長老を前に、『王国とエルフの関係悪化』を狙った帝国の策略という推論を口にした。敵が魔物だとするなら、その目的は『ヒト全体とエルフの関係悪化』なのだろう。

「魔物はどれだけの規模で動いてるんだ? まさかあの猿だけが行動してるはずもないし。……アクアリーネ達が掴んでる情報を明かしてくれれば、目安にはなるんだけどな……」

 勇者を必要としているのは、神々やこの世界の方だ。巻き込まれた勇者としては、サポートが不足しているとしか思えない。

「……私とソーマで知ってる事が違うんだし、他の勇者はもっといろんな事情を知ってるかも」

「その可能性はあるかもな。もっと親切な神様とか、アクセスしやすい神様を見つければ、情報を入手しやすくなる。全部の神様が不親切という可能性もゼロじゃないけどな」

「ホーラとも話したんでしょ? そっちはどうだったの?」

「あくまでも端末に過ぎないらしい。俺が水神に召喚された事も知らなかったし、本人が言ってたとおり、限定された力とか情報しか持っていない」

 残念ながら、『神に選ばれた勇者達』の実情はこういったものだった。


 撤収作業を進める一団を、森の端にたたずむハヴェルが、悔しそうに眺めている。彼が言葉を尽くしても、もはやエメラルダを連れ帰るのは無理だと諦めているのだ。

 別れを前に、ただ眺めるしかない彼は、背後に迫る足音に気づかなかった。

「御子は何をしている?」

「リヒャルト! 来てくれたの!?」

 ハヴェルの合図を聞きつけたエルフが、ようやくこの場へ姿を現した。

 リヒャルトの他に4名のエルフが顔を揃えていた。

「途中でケルベロスの死体を見た。ヒトの言葉は事実だったようだが、御子が共に動いているのはなぜだ?」

「エメラルダが森を出るんだって! それもヒトについて行くって言うんだ!」

「なに?」


 騎士隊に混じる1名のエルフへ、リヒャルトが大声で問いかけた。

「エメラルダ! なぜ森を出る!? それもヒトなどと共に!」

 その声でようやく彼女も、リヒャルト達の存在に気づいた。

「私にはやるべきことがあるの! 森の中ではできない事が!」

「迷っていたお前を救ったのは我々だ! 御子として、村のため森のために報いるべきだ!」

 自然の調停者。或いは奉仕者という意識は尊いものだ。

 しかし、『現代日本』に生まれた者は重要性を認識すると同時に、個人の意志や自由や権利を優先するものだ。エルフ的な価値観に束縛されたりはしない。

「私にとって、エルフだけが全てじゃない! ヒトもドワーフも含めた、広い世界を知りたいの! ヒトを拒絶していては、絶対に『この世界』を知る事はできないから! 私は『エルフが望む世界』ではなく、『本当の世界』を知りたい!」

 宗教で尊重される滅私ではなく、彼女が求めているのは知識なのだ。

「風神の御子たるお前が、そのような身勝手を許されると思うのか!」

 力ずくで連れ戻すつもりなのか、リヒャルトを先頭にエルフ達がエメラルダの元に駆け寄った。


「待て! お前達は、誰の許しを得て森を出ているのだ!?」

 豊富な声量で一喝したのは、クレメッティ隊長だ。

「許しだと!?」

「お前自身が言ったはずだろう! エルフの領域に入るのは許さんとな。ならば、森の外はヒトの領域だ。勝手に『侵入』されては迷惑だ」

「それは身勝手なヒトの理屈だ。エルフ内の問題に介入するのはやめてもらおう」

「森全体が自分達の縄張りというのも、エルフ側の主張にすぎん。昨日はお前達の顔を立てのだから、森の外で身勝手な言動は遠慮してもらおう」

 昨日は、目立った怒りを見せずにいた隊長だが、彼もまたエルフに対する憤りを募らせていたようだ。

 双方の持っている縄張り意識は、互いの合意を得ていないため、どれだけ言い合っても所詮は水掛け論である。


「……お前達は、再び森を踏み荒らした」

「昨日も言った通り、ケルベロスを退治するためだ! なによりも、ケルベロスを従えていたのは、お前達が守ろうとしている猿なのだぞ。もしかすると、昨日、お前自身がかばった猿なのかもしれん!」

「な……、馬、馬鹿な事を……」

「そのエルフの子供もその場に居合わせた。疑うのならば聞いてみるがいい!」

「……本当なのか?」

「う、うん。猿がケルベロスを操っていたのは、本当だよ」

「エルフが主導していたとまでは思っていない。だが、お前達のせいで決着が遅れたのだ。お前達の判断ミスを、我々が尻ぬぐいをした事は忘れないでもらおう!」

 状況的に優位な立場なので、クレメッティは非常に高圧的に対応した。

 エルフの肩を持つ理由もなければ、エメラルダの件も押し通しやすいため、ソーマも口を挟まずにいる。

「昨日の一件については謝罪してもいい。だが、エルフの御子を連れ去ることは別の話だ。森を出るエルフは拒むのではなかったのか?」

「その娘は我々に手を貸してくれた。それに勇者の客人であれば拒むつもりはない」

 いささか微妙な扱いだった勇者も、ようやく騎士隊に容認してもらえたようだ。この点は、アクアリーネ顕現の副作用だ。

 騎士隊を相手に、数名のエルフでは対抗できっこない。また、クレメッティの言い分に理があることも、彼等の行動の枷となった。


「……待って!」

 立ち去ろうとした騎士隊に、ひとりだけ声をかけた。

「僕も一緒に行く!」

「何を言っている? 戻れ、ハヴェル!」

 リヒャルトの制止を無視して、ハヴェルが追いかけてくる。

 エルフ側の事情は無視して、騎士隊の面々がエメラルダに視線で問いかけた。追い返すべきか、受け入れるべきか、彼女の判断を求めているのだ。

「ハヴェル! ヒトと仲良くできるの? 私は貴方をかばったりできないよ!」

 エメラルダが意外と厳しい言葉をかけた。

 彼女自身、ヒトに混じって生活するならば、他者からエルフとして扱われる。ハヴェルが『エルフ的な常識や理屈』でヒトと衝突した場合、どれほどエメラルダが正しいと感じても、彼女の擁護は身内だからという色眼鏡を向けられてしまう。

 そんな事が繰り返されると、人間社会での生活も困難となる。

 エメラルダの庇護に納まるのではなく、ハヴェル自身がヒトと関わり、積極的に親交を深めなければならない。

「それでもっ! それでも、エメラルダと一緒にいたいんだ!」

「……仕方ないわね」

 苦笑を浮かべながら、エメラルダが少年を受け入れた。



 ○



 聖水神殿へ帰還してすぐ、討伐隊から事の次第が告げられた。

 ケルベロスの討伐を果たし、聖水神殿の威光を示すという目的も達している。

 しかし、パーテライネン卿だけは非常に渋い表情を浮かべる結果だ。

 彼の子飼いとも言える第5騎士隊の半数近くが、水神の顕現に立ち会ったのは喜ばしい。しかし、同時に気に入らないソーマが、勇者であるという啓示も事実と認識されてしまった。

 非常に不満を抱える展開だったが、彼の不幸はこれでは終わらなかった。


「待ってください、カティヤ様。本気で仰っているのですか?」

 動転したパーテライネン卿が、焦りも露わにカティヤに詰め寄った。

「ええ、もちろん。私は今回の件で力不足を痛感したのよ」

「なにを仰います! 見事にケルベロス討伐を成し遂げたではありませんか! それも、ゆ、勇者……の敵までも討ち果たしたと聞いております!」

「『猿』を倒したと言っても、私ひとりの力ではないわ。特にエメラルダは、エルフだというのに、上級氷結魔法を使って見せた。彼女の前では恥ずかしくて、とても聖女などとは名乗れないわ」

「ですが、あくまでもあのエルフは例外でしょう! 聞けばエルフの『勇者』だと言うではありませんか!」

「……言い変えるわ。誰かと比べて力が劣っていることは、それほど重要ではないのよ。問題なのはそこで満足していたこと。未熟さに気づくことなく、安住していたことよ」

「百歩譲って修行が必要だとしても、それはこの神殿でもできるではありませんか! なにも、神殿を出て行かずとも!」

 教会関係者にとって、神殿勤めであることはステータスでもある。

 カティヤが神殿へ招かれたのもその一環であり、彼女の存在がさらに神殿の権威を高めている。


「神殿にいては、やはり優遇されてしまうからよ。対外的な交渉を任される事もあるし、なにより、神殿内で政治的に利用されるのは本意ではないの」

 それはパーテライネン卿に対する、痛烈な批判と言えるだろう。

「貴女を見つけ、これまで世話をしてきたのは私のはずだ!?」

 思わず強く

「恩を忘れたわけではないわ。だけど、どれだけの代償を払うかは人それぞれで、捧げた金銭の多寡で信仰心を量ることはできないわ。貴方がしたのも、聖女への助力という、聖水教徒として当然のことでしょう?」

「なっ……!?」

「感謝しているし、恩も感じているから、これまで、貴方に対して便宜を図ってきたつもりよ。今後はそういう機会も減るけど、貴方が恩人である事は変らない。敵対するわけではないのだし、鷹揚に構えていてはどうかしら?」


「ならば……、なぜ、クローナ教会なのです? よりにもよって、クローナ教会へ行くなどと……」

「理由は幾つかあるわ。すでに聖女がいるのだから、対応を心得ているでしょう。それに、エメラルダも滞在するから、魔法の研鑽にも都合がいいわ。一番大切なのは、シシリーの存在ね」

「あの見習い聖女がどうしたというのです?」

「彼女の身体を依り代として、アクアリーネ様は2度も顕現しているのよ。彼女の実力次第では、もっと回数や時間が伸びるかも知れない。顕現の場に立ち会って私は悟ったのよ。アクアリーネ様が私に魔法の研鑽を積むように告げたのは、シシリーを導くためなのだと」

「そのような事……、そのような事はあり得ません」

「パーテライネン卿の解釈を聞きたいわけではないわ。私はそう感じ、そうすべきだと感じたの。それが聖女の判断よ」

「し、しかし……」

 シシリーの言葉はあくまでも聖女として、なにより、仕えるべき水神の意志に沿っての行動だ。

 パーテライネン卿の反対理由が、個人的な都合である以上、彼女を押しとどめることなど不可能であった。



 ○



 かくして、審問を受けに神殿へ向かったソーマ達は、帰還時に、深緑の森のエメラルダとハヴェルを連れ帰った。

 さらに、彼等から数日遅れで、聖女のカティヤが騎士を随伴してクローナ教会に転籍となる。

 随伴者はソーマも世話になったトビアス・アルーンだ。貴族の多い第五騎士隊員は神殿を離れたがらず、今回も彼は押しつけられた形である。ちなみに、権威主義の貴族騎士から離れられたので、当人は喜んでいた。


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